三話 人助け
山中は日に変わって月の光に照らされる。
夜間の行動は危険と判断したオールトとネムは、たまたま見つけた洞穴の中で休むことにした。
休むにはほどよい空間で、ネムはここでならぐっすり眠れそうだと落ち葉を集める。
しかしその時、こちらに近付いてくる多数の光を発見してしまった。
「オールトさん……!」
「うん。見えているぞ。松明の火だな」
数は十数個ほどだが、まっすぐにこちらに向かってきている。
まず間違いなく、追手だ。オールトとネムは覚悟を決め、逃走、もしくは撃退のタイミングを計る。
「おったどー!!」
「おぉー! 射かけぇ、狩り出せぇ!」
だが、先手を打ったのは追手側だった。オールトとネム側からですら追手の判別もつかない内から、追手側は仕掛けてきたのだ。
目がいいのか、それとも特殊な装備でこちらの位置を把握しているかのどちらかだ。
「矢だ。オブライエン、こっちに」
「は、はい!」
オールトは素早くネムを抱き寄せると、矢が当たらないように防御態勢を取る。放たれる矢の隙を突き、一気に逃げる。今はそれしかない。オールトは追手の攻撃に息を合わせるため、その動きを注意深く観察する。
攻撃の隙はすぐに訪れた。オールトはその隙を突き、その場から駆け出す。
「今だ。オブライエン、俺の前を走れ」
「わ、わかりました……!」
例え射かけられても、自分の背中に当たるだけならネムは守り切れる。木々の生い茂る山中という環境において、逃げる標的を弓矢で射るというのは非常に難しい。月明かりこそあるものの、夜という時間帯も逃げる者に味方する。
十分に逃げ切れるという確証を以て、オールトは山中深くへ逃げ込む。
「んんっ? お、おいっ! 撃ち方やめっ! やめーっ! あらぁ、人だど!」
「あんらほんと!? おぉーい! あんたぁーっ、人かぁーっ!? あまり深く行くと危ねえどー!」
ところが、オールトとネムへの攻撃は突然止むと、代わりに呼び止めるような声がし出した。その言葉には必死さが伺える。
「な、なんですかね。罠?」
「わからない」
念のため大木の陰に隠れ、背後の状況を確認するオールトとネム。
よく見ると、弓矢を構えていたのは兵士などではなく、狩人や農夫といった田舎の村人のような出で立ちの人々だった。
「あれ、追手の人たちじゃないですよね。武装はしてますけど」
「うん。普通の村人に見える」
オールトは大木の陰から出て、姿を露わにする。
「あぁーっ、やっぱり人だったかぁ! すまねぇなぁ、おらたち、勘違いしで……」
村人たちを指揮していた村長らしき男が、慌てた様子でこちらに頭を下げる。
「うん。俺たちも勘違いしていた。お互い怪我がなくてよかったな」
村長は勘違いと言ったが、それでもネムはまだ警戒しつつ木の陰から出る。村人たちの装備は物々しく、安全だとわかっていても相手を威圧してしまう。実際に射かけられたこともあり、ネムがまだ年端も行かぬ少女ということを考えれば無理からぬことだ。
「で、おじさんたちは大人数で何をしていたんですか? 危うく殺されるところだったんですけどこっちは」
ネムは村長に対し、不機嫌な態度で問う。
「山狩りだぁ。おらたちは反対側の麓に住んどるんだが、危ねえ獣さ山に出るようになってよぉ」
「あれぁ、魔獣だぁ……早く倒しちまわねえと、この山ははげ山にされちまう……」
村人たちはその話をしながら各々で怯えだす。山狩りにしては重装備に見えたのは、相手が魔獣だったからだ。
魔獣とは魔術を扱うことのできる獣だ。魔獣は強力な魔術師によって魔力を付与され生まれた個体がほとんどだが、稀に天然の魔獣も存在すると言われている。天然ものは人造の魔獣より強力とされ、探し続けるハンターも存在する。ただ、天然と思しき個体も実際は術者の制御を離れ野生化しただけだった、というオチが多い。
このような山間の村を襲って得をする魔術師はあまり想像できない。となると、魔獣は天然ものか、野生化したものだろう。
「おらたち側の山……段々畑がたった一晩で焼かれたんだ。炎がなかなか消えなくてなぁ……」
「なかなか消えない炎?」
村長の台詞にオールトは食いつく。それは彼にとって心当たりがあり過ぎるフレーズだった。
「あぁ、あいつの炎はいくら水をかけても消えなかったんだぁ。そのくせ、逃げたらあっさり消えやがった……あいつのせいで、何人が犠牲になったか……」
村長は悔しさに声を震わせながら言う。消えない炎に巻かれて焼け死んでいく仲間を、ただ指をくわえて見ているしかなかった歯痒さは、オールトには手に取るようにわかる。
「よし、その魔獣退治は俺が引き受けよう」
そんな村長を見たオールトは即座に提案する。
「お、オールトさん……?」
オールトのあまりにも突然の言葉に、ネムは驚く。ただ、オールトがなぜそんなことを言いだしたか、その理由については何となく理解している様子だ。納得はいっていないようだが。
「こんな山奥で助けを待っていたら、村も山も手遅れのところだっただろう。よかったな、村長。俺がたまたまいた」
「い、いや、あんたぁ……でも、それは、ちょっとなぁ」
申し出はありがたいが、明らかに無謀だとでも言いたげな村長。それも当然と言えよう。オールトは下手をすれば村長よりもひ弱に見える。そんな人物が魔獣を倒すと言っても、信じられるはずがない。
「大丈夫、魔術には自信がある。俺を教えた人はとんでもなく強くてな、その人にはよく褒められていた」
「はぁ……」
ポジティブな要素が一切ないオールトの自己アピールに、村長はあんぐりと口を開けて脱力している。
「俺が魔獣退治に失敗しても、余所者の死体が二つ増えるだけだ。みんなはその後に改めて山狩りすればいい」
「ナチュラルに私も巻き込みました?」
「さぁ、今日はもう遅い。村のみんなは一旦下山してくれ」
「私は死にませんからね? ていうか守ってくれるんじゃないんですか?」
ネムは飛び跳ねながら抗議するが、オールトは完全に無視する。
「まぁ、おらたちも魔獣を倒したい一心で深く入り過ぎてたから、助かるがぁ……」
「うん。大人しく助けられてくれ」
「……じゃあ、あんたに賭けてみるだ。悪いんだけど、よろしくなぁ」
有無を言わさぬオールトの言葉に、村長もついに折れる。
村長は魔獣の特徴をオールトに教えると、村人たちを率い、来た道を戻っていった。
「消えない炎を操る魔獣、ですか」
「うん」
オールトが力を貸そうとした理由は明らかだ。炎の魔女と似たような力を使う魔獣となれば、調べないわけにはいかない。それがどうやってこの旅に繋がるかは今のところ不明だが、無視はできなかったのだろう。
「あんな提案をした理由はわかりますけど、随分と安請け合い……って、報酬の話すらしてないじゃないですか!」
「善意の申し出だからな。それに、あの村は畑を焼かれたんだから、報酬の要求はしづらい。欲しいけど」
ネムはオールトの言葉を聞き、大きな溜息を吐く。
「そんなの関係ありませんよ。ていうか気付いてます? あの人たち、これから魔獣を倒すって言うオールトさんに何の装備も道具も融通しようとしてくれなかったんですよ? 普通、何か助けになろうとしません?」
「人を悪く見ようとすれば何もかも悪く見える。オブライエン、あの村人たちは疲れ切っていた」
これが本当に、あのメフュラ帝国の第三王子なのだろうか、とネムは困惑する。覇道、侵略国家、恫喝外交、その乱暴さが強国たる所以とまで言われた国の人間とは思えなかったからだ。
オールトは所謂いい人なのだとネムは理解したが、その善人ぶりは癇に障った。善意を振り撒くのが人として普通のことだと思っている人間は、他者からの善意も期待し、その期待通りにいかないと見苦しく喚くことが多いからだ。
「そうか、オブライエンはあまり人を信じられないタイプなんだな」
「……当然でしょう? 短い人生の中の長い逃亡生活で、唯一得た教訓です」
自分は間違えたことなど言っていないとばかりに、ネムは胸を張る。しかしその胸は小さく、オールトには虚勢として映った。
短い人生の中で何があり、今のネムが作られたのか。想像するのはそう難しいことではない。
「裏切られたのか?」
「えぇ、そうです! よくわかりましたね、善人のくせに!」
「うん。俺は小さい頃から聡い子と言われて育ってきたからな。慈愛の心も溢れんばかりだ。で、何があったんだ」
いちいち気の抜ける台詞を挟んでくるオールトに、ネムは小さくため息を吐く。そして、妙な想像をされても困ると、自分のことを語り始めた。これまでに何があり、教訓を得たのかを。
「……まぁ、こんな力を持ってますからね。初めの内は、多少人助けをしながら逃げてたんですよ」
ネムの能力。それは致命的な傷を負った者には奇跡的なものと言える。助けられた者はネムが神の使いに見えたことだろう。
「当然、その時も指名手配はされてました。だから、助けてあげた人に、私のことは黙っててくださいと言ったんですけどね。あっさりチクられて全力ダッシュですよ。そんなことが何回もありまして……」
「何回も、か。やっぱりオブライエンも善人じゃないか」
想像通り、とオールトは深く頷く。しかし同時に、裏切られたその後も人助けをしていたネムに感心する。結局はその積み重ねで善意に対して捻くれた見方しかできなくなったわけだが、根の部分には大きな良心があると確信した。
「俺に恩返しをするといってついてくるのもそうだし、オブライエンは素直じゃない美少女だな」
「ふ、ふんっ! おだてたって恩返しの分しか働きませんよ! それに、善人なんてくそくらえなんですからね!」
ぷい、とそっぽを向くネム。顔は赤く、どうしてこんな話をしてしまったのだろうという後悔が見て取れる。
「私がこの力を使うのは、私を助けてくれた人にだけです! このラインは譲りませんよ!」
ネムはオールトを指差しながら、照れ隠しのように大声で宣う。それは決して心にもないことではなく、裏切りの連続の後は実際そのように生きてきた。そのことだけは否定させないという意思は、オールトにも伝わっている。
「うん。とやかく言うつもりはないぞ」
オールトにもネムの生き様に文句をつけるつもりなどない。悪意から身を守るためには当然と言えるし、それはこれからも必要となるだろうからだ。魔人と言うのはどちらかというと、密やかに生きるべきだとさえオールトは思っている。
「……で、その助けてくれた人に、私の力は必要ない、と。つくづく、世界は上手く行かないようにできてますよね」
声を張り上げていたネムは、現状を改めて認識してあっと言う間に消沈する。見方によっては、オールトとの相性は最悪と言っていいくらい噛みあっていない。もっとも、オールトと相性のいい能力など無いかも知れないが。
「とりあえず今は、魔獣退治が上手く行くように祈ってくれ。話をしてくれてありがとう、オブライエン」
「いえ……あー、恥ずかしかった」




