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白灰の国  作者: 陽下 捻
二章
11/15

四話 炎の魔獣

 二人は本格的に魔獣の捜索を開始する。

 魔獣の特徴は、村長曰く“炎のヘラジカ”。角が常に燃えており、通常のヘラジカとの区別は容易と言える。加えて今は夜。近くにいればすぐにわかるはずだ。魔獣が再び山を焼き払う前に、見つけ出さねばならない。


「気合入れて探そう。久しぶりの肉にありつけるかも知れないからな」

「えっ? 魔獣を食べるつもりだったんですか?」

「うん。正直、肉食いたい欲が限界だったんだ。そうしたら、いい話が舞い込んできたわけだ」

「あれっ、炎の魔女との繋がりを調べるつもりだったんじゃ……」

「それもある」


 逆では、というツッコミをネムは内心で抑える。

 オールトの言葉は、たまに冗談か本気かわからないことがあり、シンプルな言葉選びの割に難解だ。いや、正しく理解しようとするだけ無駄なのかも知れないというのが、ここ数日オールトと過ごしたネムが出した結論だった。

 その言葉が本気なのかどうかは、今のところ関係ない。とにかく魔獣の退治が今の目的だ。オールトの言葉を聞くたびに気が抜けていたら、命がいくつあっても足りない、とネムは気を引き締めようとする。だが丁度その時、東の空が白み始めたのを見てげんなりする。いつの間にか夜明けが近かったようだ。

 せっかく良さそうな寝床を見つけたというのに睡眠はおろか休憩すら取れずここまで来たネムは、睡魔と戦いながらオールトの後ろを歩く。最早、今日のところは見つからなくてもいいのでは、という気になっている。


「あっ、オブライエン、あそこを見てくれ」

「ふぇっ? うわ……」


 しかし、その眠気はオールトの言葉で吹き飛ぶ。オールトが指差した先には松明の火のような明かりがあったのだ。目を凝らしてみると、それは明らかに松明ではない大きさで、不規則に明滅を繰り返している。


「よし、行くぞオブライエン」

「は、はい。気を付けてくださいね」


 二人は魔獣と思しき炎へと駆けだす。

 その瞬間だった。その炎もこちらへ向かってきたのは。

 まだ距離があるからこちらの動きは察知されていないと思っていたオールトは、後ろのネムを背中で抑えながら足を止める。


「わぷっ!? な、なんですかっ!?」

「バレた。流石は獣、感覚が鋭い」


 加えてこちらには狩りの経験などないに等しい。オールトは王族がたまに行う狩猟会に参加したことはあるが、それは兵士たちが追い込んだ獣を射るだけの簡単な作業であり、獣と一対一になり、勝負の様相を呈する本物の狩りにはほど遠い。

 それだけではない。相手は通常の獣ではなく、魔術を使う魔獣だ。向かって来るということは、こちらを迎え撃つ気でいるということ。ならばどんな手段で攻撃してくるか。

 オールトの考えがまとまる前に、魔獣は標的を射程内に収めたとばかりに炎の塊を放ってきた。


「伏せろ、オブライエン」

「ひえっ!?」


 その炎はオールトの身の丈を遥かに超える火球であり、まともに受ければ一瞬で消し炭になるのは容易に想像できる。

 回避は間に合わない。身を挺して火球を受けても、身体ごと吹き飛ばされれば背後のネムにも危険が及ぶ。

 取れる行動は、一つだけだ。オールトは地面に両手を当て、体内で魔力を練る。


「対抗魔術、耐火領域Ⅱ」


 そして、自分を中心とした僅かな範囲に炎系魔術を遮るドーム状の領域を展開した。魔獣の火球はこの空間に遮断される。

 オールトの展開した魔術に、ネムは驚く。魔獣の火球は凄まじい威力だったにも関わらず、オールトの対抗魔術はそれを遥かに上回るものだったからだ。範囲を最低限に絞ることで遮断防壁の強度を上げたのだろうが、それでも異常な耐久力と言えた。


「対抗魔術!? しかもⅡ魔術……オールトさん、普通の魔術も……!?」

「まだ伏せてろ、オブライエン」


 魔獣の初手を防ぐも、安堵するには早過ぎた。何故なら魔獣は放った火球に追随するように、こちらへ突撃していたからだ。火球を打ち払った直後のオールトに、魔獣は凄まじい勢いで撥ね飛ばすように突進した。


「オールトさん!?」

「そこから絶対に出るな」


 目の前でオールトが魔獣の突進を受けるというショッキングな瞬間を目の当たりにして、ネムは思わずその場から動こうとするが、オールトに止められる。見れば、耐火領域の外はいつの間にか炎に包まれており、周囲の草木を燃やしていた。魔獣は突進と同時に消えない炎を放っていたのだ。

 オールトはと言うと、突進を受ける際に燃え盛る角を掴むことで魔獣の頭を抑えていた。角を掴む腕は灼熱の炎に焼かれて崩れていくが、オールトは手が焼失することで離してしまわないよう、再生を繰り返すことでしがみ付き続ける。

 魔獣はオールトがなかなか焼け死なないことに業を煮やしたのか、首を上下左右に激しく振りながら周囲の炎を強め、全身を焼き尽くそうと試みる。焼きながら何度もオールトを木に叩き付け、必死に振り解こうとしている。


「どうどう、どうどう。こらこら、熱いぞヘラジカおげふっ」

「だ、大丈夫なんですかオールトさん!?」


 対するオールトには余裕が見られる。

 両者のあまりの温度差に、ネムは思わず声を上げる。いくらオールトが不滅の存在だったとしても、されていることはあまりにも乱暴なのだ。遠目には魔獣にいたぶられているだけに見える。


「大丈夫だ。でも、ここからどうしよう。彼とは分かり合いたいと思うんだが。色々聞きたいことがあるしなばふっ」


 オールトが魔獣退治を願い出た理由は、勿論炎の魔女との関係性を調べるためだ。冗談のように聞こえる台詞だが、オールトがこの魔獣を知りたがっているというのは本気だろう。


「相手は魔獣ですよ!? ペットの犬や猫じゃないんですから!」

「でも、こうやって真正面からぶつかり合うことで心が通じ合うかも知れない」

「さっきは食べるって言ってましたよねぇ!? 心が通じ合った後に食べるとか人の心がないんですか!?」

「じゃあ乗り物にしよう。移動が楽になるぞ。山は寒いし、彼で暖も取れる」

「角の炎で顔炙られながら移動なんかしたくありませんよぉ!」


 なんでもいいから早く決着をつけてくれとネムは必死にオールトにツッコミを入れる。

 すると、その大声を発すると同時に、嫌な音がネムに届いた。音がしたほうを見ると、オールトの張った耐火領域に、わずかなヒビが入っていたのだ。強力な領域魔術は継続的に魔獣の炎に晒されたことで限界を迎えようとしていた。


「あわわわわわわ!? オールトさん、いまビキッて音がしたんですけどぉ!?」

「なに? それはまずい。わかった、急ごう」


 ネムの危機を察し、オールトは魔獣を仕留めにかかる。

 実は、この時点でオールトは魔獣から十分な情報を得ていた。心を通わせるまでもなく、焼かれることでわかったことがある。

 この炎は、やはり炎の魔女の炎と同じものだ。


「お前も生きづらかっただろう。草食だろうしな。いま、楽にしてやる」


 そう言うとオールトは角を掴んでいた片手を離し、魔獣の延髄に抜き手を刺し入れた。

 その激痛に、魔獣はもがき苦しみながら炎の勢いを更に強める。


「収束魔装、重棘氷刃Ⅰ」


 魔獣の体内で、オールトの魔力によって形成された氷の華が開く。

 その瞬間、魔獣は一度大きく痙攣したかと思うと、身体を硬直させて全ての動きを停止する。そして程なくして、大きな氷柱が折れるかのような音とともに、魔獣の首は胴体から落ちた。

 遅れて胴体が倒れたと同時に、周囲を焼いていた炎は徐々に鎮火していき、炎に包まれていたネムも解放される。


「あ、あぁ……助かったぁ」


 ネムは耐火領域から這い出すと、オールトと倒れた魔獣の側に駆け寄る。


「……で、何かわかりました?」

「うん。彼の炎はソリンの炎だった。レリベウス将軍の炎とも同じだ」


 予想通りの結果は得られたが、謎は謎のままだ。この魔獣とカーク、そして炎の魔女との関連性。全ては繋がっているのだろうが、繋げるためのピースが足りない。


「レリベウス将軍を変えたあの薬。この魔獣も、あの薬でこうなったっていうのが一番あり得る話だ」

「魔獣に魔力を付与するための薬というのはありますけど、炎の魔女レベルの魔力を付与できる薬なんて聞いたこともないですよ」


 予想はいくらでもできるが、そのいずれも突飛な発想と言えるものばかりだ。カークの飲んだ薬剤が本当に炎の魔女と化す薬ならば概ね全てを説明できるというだけで、そうなると今度はそんな薬をどうやって、という疑問が生じる。

 オールトは嫌な予感を覚える。

 ネムのしていた炎の魔女に関する噂。尾ひれが付いていると言われたそれらの内のどれかが、もしかしたら真実なのでは、と。


「考えてもわからないことを考えるのはやめよう。俺は頭が悪い癖に考えるからどつぼに嵌るんだと言われたことがある」

「聡い子って言われてたんじゃないんですか?」


 確証のないことを想像しても意味などない、とオールトは思考を放棄する。


「今はとりあえず、約束通り魔獣を倒したことを報告しに行こうか」

「そうですね。あの人たちに人並みの善意があることを期待しましょう」


 オールトは魔獣退治の証拠として、焼けた魔獣の角を折り、持っていくことにした。とにかく、これで消えない炎に苛まれる人々を救うことはできたのだ。今日はそれだけで満足しようと、オールトは思うのだった。




 下山し、結果を報告したオールトとネムは熱烈な歓待を受ける。全く期待していなかった報酬は、まるで村を挙げた祭りのようなものにまで発展し、オールトとネムは至れり尽くせりの状態で久しぶりのまともな食事にありつく。ちょうど隣の村から食料が届いたところだったそうだ。

 村にはやはり、ネムの指名手配書が出回っており、ネムの顔を見た村人たちの一部は多少ぎょっとした様子ではあった。

 しかし村長は、


『村長、あの指名手配書なんだが』

『ん~? どの指名手配書だぁ? おらには見えんなぁ~!』

『そうか。だそうだ、オブライエン』

『……まぁ、当然ですよね』


 と言った具合に、知らないふりを決め込んでくれた。オールトとネムにとっては、これ以上ない報酬と言えよう。ネムは善意を実感し、村人に対する態度は相変わらずつっけんどんだったが、少しだけ心を許したようだった。

 しこたま飲み食いしたオールトとネムが村を出発したのは、翌朝だった。

 村の守り神として留まってくれとしつこく引き留められたが、目的があるし自分たちがここにいれば村にも迷惑がかかるから、と断った。

 ならばせめてと食料を持たせようとした村人の申し出も断り、その代わり逃亡生活に使えそうな道具一式と服を受け取った。


「いい人たちだったな。多分、追手があの村に来ても、俺らのことは喋らないはずだ」

「相変わらず甘ちゃんですねぇ、オールトさんは。人にしてもらったことは簡単に忘れられるんですよ」


 もっともなことをネムは言う。どれだけ自分たちが助けられても、平和な時間を長く過ごせばその時の感謝を忘れると言うのは普通のことだ。


「その時はその時だ。一応、指名手配されてる身なんだから、あの村を責めることはできない」

「はいはい。わかりましたよーっと」


 腹が膨れたからか、久しぶりによく眠れたからか、憎まれ口を叩く割にネムの足取りは軽い。状況は変わらず、逃亡生活をしつつ炎の魔女を追う旅路はまだまだ長いと予想される。そんな中で、精神力を回復できたのは大きいと言えるだろう。


「さて、また西を目指しますか」

「うん。その前に吊るして血抜きしておいた魔獣を捌きに行こう」

「……アレ、ホントに食べるんですか」

「任せろ、保存食の作り方は知っている。鹿は美味いんだぞ」


 息を巻くオールトを見て、ネムは気味悪がる。勧められても食べないでおこうと密かに思う。

 ところが、そんな二人が昨夜の戦場に戻ると、吊るしてあった魔獣は何者かに奪われており、跡形も無かった。




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