三話 亡国の将
「は……? メフュラ帝国の、第三王子……? この人が?」
「うん」
オールトは狼狽えるネムに、短く答える。カークの言っていることは真実であると。
「殿下! よくぞご無事で! この愚将レリベウス、再びお会いできることをどんなに夢見たことか!」
そしてカークは勢いよく跪き、オールトに向けて首を垂れる。率いる兵士たちも同様に跪いたところを見ると、彼らも元メフュラ帝国の兵士なのかも知れない。
「レリベウス将軍、俺も会えて嬉しい。色々と大変だったみたいだな。かなりやつれている」
オールトはまず、カークの身を労う。メフュラ帝国の滅亡から、自治領の領主に上り詰めるまでの間には、様々な困難があっただろう。それらの困難全てを乗り越え、今のカーク・レリベウスという存在があるのだ。
しかし、そのカークの姿は、オールトが覚えている頃の彼とはかなり違っていた。
将軍らしい筋骨隆々の身体はそのままだが、立派だった黒髭と髪は真っ白に変色している。頬もこけているし、目の下の隈も酷い。白目は淀み、血走っている。確かオールトの記憶では、カークはまだ四十代半ばのはずだが、これではまるで引退間近の老将だ。
「何のこれしき。明日からはこの身も若返ることになりましょうからな」
「明日から? 明日、何があるんだ」
その質問を受けたカークは勢いよく立ち上がり、仰々しく両手を合わせ臣下の礼を示す。
「オールト殿下に、メフュラ帝国の再興を宣言していただきたい!」
そして、そう宣った。滅んだ帝国を再び、と。
「既にこの地はディカナイ王国に対して反旗を翻す準備が整っております! あとは、殿下の宣言次第でございます!」
カークの目には輝きが見える。老将と見まがう風体に、少年のような瞳。
彼は、本当にこの瞬間を待っていたのだ。
メフュラ帝国の滅亡と共に滅ぶ道を選ばず、恥辱に塗れながらディカナイ王国に降ったのも、全てはこの時のため。
燃え盛る帝都シェルスティアを脳裏に焼き付けながら、生き残った王族がいることを願っていた。
その願いが今日、成就する。
「メフュラ帝国ここに在り! その宣言は万里を駆け、大陸全土へ散り散りになった同胞を集結させるでしょう!」
焼き尽くされた過去を拾い集め、未来を描いてきた大将軍の姿に、後ろの兵士たちは感涙する。そして、生き残った王子に期待の目を向ける。この瞬間のため、自分たちは生きてきたのだと。
「さぁ、殿下!」
「それは、ダメだ」
しかし、オールトはカークの提言をただ一言で却下した。
カークの表情が消える。その後ろの兵士たちも同様に。
「メフュラは滅んだんだ。あの日、あの炎で。俺も、あの日に死んだ。だから、俺はいまこんな感じだ」
メフュラ帝国の滅亡を改めて突きつけるように、オールトは自身の手を崩して見せる。灰となったオールトの手は地面に落ち、その様に兵士たちは短い悲鳴を上げる。カークでさえも、目を見開く。
「レリベウス将軍。あなたは、ディカナイ王国でのし上がった。その力があれば、メフュラ王族の力なんていらないだろう」
オールトは当然とでも言わんばかりの口調でそう言う。メフュラ帝国は滅び、王族は皆死んだ。その中で、最大の家臣であるカークは他国に渡り、地位を上げていった。それのどこが悪いのか、と。
その言葉はこの上ない賛辞ではあった。
だが、それはカークにとって求めていた回答ではなかった。
臣下の礼として掲げた腕はいつしか降り、輝いていた目は濁りだす。
「そうですか」
「うん。それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
オールトはカークから感情が消え失せていることにも気付かず、ここに来た目的である話を始めようとする。
「あの日、戦場で何があった? 何が起きて、ああなった? 俺は、シェルスティアは、報告よりも早く滅んでしまって」
まるで聞きたかったことが噴出したかのように、オールトの台詞は早口だった。
「ソリンが、何をした?」
そして“ソリン”という名を出した瞬間、突然カークは背負っていた大剣を抜いた。
「ソリン・イルトイ……!! 炎の魔女! あの女が!!」
カークの表情は怒りに満ちていた。いや、狂気すら見て取れる。先ほどまで見せていた少年のような表情は消え失せ、眼光は凄まじい殺気を伴い、オールトに突き刺さる。
「思い出したくもないと思うけど、教えてほしいんだ。何があったか」
「……簡単な話です。我らに同行したあの女が暴走した。関を焼き、城を焼き、連合王国王都を焼き、同胞をも焼いた!!」
カークは憎々し気な声で答える。端的に、何が起きたか。
五年前、メフュラ帝国は“グレイ・デボンテ連合王国”という大国と争っており、その日は決戦の日だった。そしてメフュラ帝国を焼き滅ぼした炎の魔女、ソリン・イルトイは、メフュラ帝国の人間だった。炎の魔女は、祖国を焼いたのだ。
「何があったかは、あなたのほうがお詳しいはずだ! あの女は、あなたの婚約者だった!」
それだけでなく、第三王子であるオールトの婚約者でもあった。
カークがオールトに向ける声と目は、もはや憎しみ一色に染まっている。国を滅ぼした婚約者を持ち、再興の道まで閉ざした憎き男。敬愛し、奉るべき王族は、彼の前から消え失せたのだ。
「あの女を我が軍に編成したのは王の意向だ。ならば、その子息たる殿下にはその任命責任を取って頂こう」
カークは血錆に塗れた大剣を、真っ直ぐにオールトへと向けた。
「本当にごめん」
素直に謝るオールト。
だが、その態度が逆にカークの癇に障った。カークはオールトの言葉の直後、オールトに斬りかかる。
カークの斬撃は、オールトの肩口を捉えると、そのまま袈裟に両断した。オールトの首と肩は傷口を滑るように地面に落ちる。
「ひっ……!?」
目の前で人体が真っ二つにされたところを目の当たりにしたネムが、短い悲鳴を上げて腰を抜かす。
「あ、あ、いや、なんてことを……」
しかしネムは腰を抜かしながらも、動かなくなったオールトに近寄ろうとする。先ほど自分を助けてくれたばかりの人物が斬り殺されたのだ。もはや自分にできることなどなくても、寄り添ってあげるくらいのことは、と言ったところだろうか。
「近寄るな、小娘」
そんな健気な想いすらも、カークは許さない。カークはネムの前に大剣を突き立て、その進路を塞ぐ。
その行為に、ネムは怒りの目を向け立ち上がる。
「こ、この王子様はきちんと謝ったじゃないですか! 悪いのは炎の魔女だし、こんなの、ただの憂さ晴らしでしょう!?」
「いや、いいんだ、オブライエン。下がってくれ」
その声はカークの後ろで倒れるオールトのものだった。先ほど斬り殺されたオールトが喋っていることに、ネムは驚いている。そしてオールトはネムが見ている前で復活する。両断された傷口は痕すら残っておらず、完全に無傷だ。
オールトの頭上には、光輪が浮かんでいる。
「……どうやら、あなたが死んでいるというのは本当のようだ。しかしまさか、あなたまで魔人と化していたとは」
この世界には“魔人”と呼ばれる者たちが存在する。魔術らしき力を使いながら、体系化された魔術では説明できない現象を引き起こす者。それが魔人だ。魔人はその力を行使する際、“光輪”が発生すると言われていた。
オールトは、この魔人と呼ばれる人外の存在だった。
「レリベウス将軍は理解が早くて助かる。そしてごめん、俺はもう、将軍のために殺されてやることもできない」
申し訳なさそうに、オールトはそう言う。
自分は死者であり、身体は灰になり、それでも何故か動いている。身体を砕かれても死ぬことなく、何度でも復活してしまう。恨みを晴らさせてやりたいが、それはできないのだ、と。
「おいたわしや、オールト殿下! ならばこのレリベウスが救済いたしましょう!」
オールトの言葉を真に受けてなお、カークは怯まない。むしろ戦意を上げたように、再び斬りかかる。オールトは反射的に防御の態勢を取るが、カークの剛力はその防御をあっさり斬り裂きオールトの身体を破壊する。
「何があったかなど、お聞きしません! あなたは、ここで死んでください! メフュラの見た夢と共に!!」
破壊されたオールトが再び再生する暇も与えぬよう、カークは続けざまに斬撃を繰り出していく。初めの内はオールトも削られるようにその形を崩していったが、ペースは徐々にオールトの再生が上回っていく。
「将軍、そろそろ」
「があッ!!」
オールトの言葉を聞く耳など持たぬと言わんばかりに、カークはオールトの顔面を突く。
「諦めてくれないか」
「黙れぇッ!!」
何もかもが無駄。それはもう、カークにも理解できただろう。オールトを殺すことはできず、そもそも殺す意味など何もない。ネムが指摘した通り、これは憂さ晴らし以外の何物でもない。それでも、カークはやめようとしない。
そして数十回に渡る斬撃の後、カークは初めて大剣を空振り、態勢を崩す。
「はぁ、はぁ……!」
一撃ごとに最大限の力を込めていたカークは既に疲労の極みに達していた。実戦から離れて久しいこともあったのだろうが、もはやその動きには初撃ほどのキレはない。
「レリベウス将軍、もう」
「まだだ!」
もう諦める頃だ。そう思ったオールトはカークに歩み寄ろうとしたが、カークは大剣を杖に立ち上がると、懐から小瓶を取り出した。そして、蓋をあけると中身の液体を一気に煽った。
「う、ぐ……!」
液体を飲み込んだ直後、カークは苦し気に蹲る。
「将軍、どうしたんだ。何を飲ん……」
オールトが慌てて駆け付けた瞬間、カークから炎が噴き出したかと思うと、近づいたオールトを焼き払った。炎は射線上に留まり燃え続ける。その燃え方に、オールトは見覚えがあった。




