二話 牢屋での出会い
「入れ!」
「うん」
乱暴に独房へと入れられるオールト。ここに至るまで、彼は素直に従い、抵抗する素振りを全く見せなかった。理由は、このまま連行されるるほうが目的を達成しやすいと考えたからだ。
オールトの今の目的は、領主カーク・レリベウスに接触すること。恐らく、自分が捕まったことを知れば、カークは確認に訪れるはず。その際に言葉を交わすタイミングがあるはずだ。確証はないが、カークは捕らえた者が何者なのかを理解しているはず、と。
オールトの入れられた独房は、石造りの壁に鉄格子という、見た目には一般的なものだった。
「ウィルコックス・マイナー式多重魔術防壁。すごく厳重だ。出る気はないけど」
しかし、壁や鉄格子には魔術を遮断する特殊な防壁が施されており、強力な魔術による壁の破壊などは難しい造りになっていた。牢を破るには人を遥かに超える膂力を以て鉄格子を破壊するほかにはないが、筋力に作用する強化魔術を使おうとすれば、すぐに牢番が駆け付けるだろう。
取り付けられた手枷と足枷にも魔術の使用を抑制する効果が付与されていると見られ、脱獄は考えるだけ無駄だ。
もっとも、先の通りオールトに脱獄する意思は今のところ無い。カークが来るまでは、ここにいることがベストなのだから。
「……たすけて~……」
日が傾き、月明かりが牢屋内を照らす中、独房の中でリラックスしていたオールトの耳に、かすかな声が届いた。少女の声で、助けを求めているようだ。
ここは牢屋なのだ、捕まった人間がとんでもない方法で拘束されていても何の不思議もない。むしろ、呻き声で溢れていてもおかしくはない場所なのだ。オールトは少し気になりつつも、この声を無視する。
「うぅ~……いくらなんでも、こんなのはあんまりですよ~……牢番さ~ん」
気になったのは、その声が妙に幼いことだった。まず間違いなく、助けを求めているのは少女の類。そんな少女を拘束するのに、そこまで厳重な拘束が必要だろうか、とオールトは首を傾げる。
「もう脱獄しようとなんてしませんから、普通の牢に入れてくださぁ~い……」
弱々しい声は懺悔の色を帯びる。どうやら少女は、脱獄しようとした罰を受けているらしい。
なら、仕方ないかとばかりにオールトは再びリラックスした態勢でカークを待つ。
「うぅっ、苦しい……このままじゃ私、夜明け前に死んじゃいますよぉ……殺すならあっさり殺してくださいよぉ……」
少女の声は既に涙声だ。牢番はそんな少女の言葉を信じていないのか、反応がない。しかし少女がもし真実を言っているなら、それはそれで問題だ。そしてオールトには少女の苦しそうな声が嘘とは思えなかった。
「おーい、牢番。女の子が死にそうだって言ってるぞ」
オールトは何となく無視できなくなり、近くにいるであろう牢番に声をかける。
ところが反応が全くない。牢番が捕らえた犯罪者と一切口を利かないというのは恐らく規律通りなのだろうが、オールトはあまりの反応の無さを妙に感じる。というのも、オールトは今、鉄格子に張り付いて声を発している。だと言うのに、牢番が脱獄を警戒してこの独房に近付いてこないのはおかしいのだ。
「あれ、いない? おーい」
つまり、今このエリアには牢番が配置されていないということになる。
そんなバカな、とオールトは思いつつも、ここまで反応がないとそう思わざるを得ない。
「う~……う~……」
そうこうしている内に、少女の声は弱っていく。もはや、喋る余裕も無くなってしまったようだ。
「仕方ない。まぁ、一度出ても戻れば怒られないだろう」
オールトはそう言うと、鉄格子の前で目を閉じる。
次の瞬間、オールトの頭上に光の輪が現れたかと思うと、瞬時に身体が粉々になった。
そして直後にオールトは元通りの形を成し、立っている場所は独房の外だった。
オールトは人間ではない。
本人でも自分がどんな存在なのか、はっきりとしたことは言えないのだが、とにかく身体には異常な特性がある。
彼の身体を構成しているのは、無数の灰だ。灰が人間の形を成し、各箇所はそれらしい振る舞いを見せているだけ。
無数の灰を閉じ込めるには、穴一つない、完全に密閉された箱に閉じ込める以外にはない。オールトにとって、この厳重極まりない独房は、実際には穴だらけだったのだ。
「訳の分からない身体だなぁ」
オールトはまるで他人事のように呟きながら地面に落ちたフードを羽織り直すと、少女の声がするほうへと向かう。
やはり、この牢屋には牢番というものが配置されていないようで、誰ともすれ違わない。牢が厳重なため、牢番は必要ないという判断だろうか。確かに堅固な独房ではあったが、もしそうなら、杜撰と言う他ない。
程なくして、オールトは声の主の元に辿り着いた。
「おおう、これはむごい」
そこは独房ではなく中庭らしき空間で、少女はまるで花の代わりかのように、頭だけを出して土に埋められていた。月明かりがご丁寧に彼女を照らし出すことで、悪趣味なインテリアとして機能している。
「あう……た、助けくださぃ~」
「うん、いま引っこ抜いてやるぞ」
オールトはすぐに助けを求める少女の頭を掴み、土中から引きずり出そうとする。
「あだだだだだだだ!! 頭が身体から引っこ抜けますってええええ!!」
「なに? それはまずい」
少女の身体は埋められた際に周囲の土を踏み固められたせいかか、中々引きずり出せない。
「しかし、元気そうでよかった。顔がちょっと紫色で、なすびみたいだが。なすび、土の中で少し足掻けないか?」
「元気じゃないですしなすびじゃないですよぉ! いやもう土がガッチリ身体をホールドしてて、身動き一つ取れないんですが」
そうなると、力で引き揚げるのは難しい。オールトは少し考え込むと、土に手を当てた。
「おぉ、そうか、ここはそう言う場所か。これは都合がいい」
オールトはその土から何かを感じ取った様子だ。
「ちょっと気持ち悪いかもしれないけど、我慢してくれ」
そしてそう言うと、オールトは土の中に魔力を流し込む。
「はい? うおわ!?」
すると、少女は土を割って伸びる植物の芽のように飛び出した。
「た、助かりましたぁ……今のは、土の魔術ですか?」
少女はボロボロの衣服やぼさぼさの長い黒髪に着いた土を払いながら問う。立って深く深呼吸しているところを見ると、ただ窒息しかかっていただけのようだ。致命的な外傷は見当たらない。
「いや、違う。お前を助けてくれたのはこの下に埋まっていた死体だ」
「へ」
オールトの回答を受け、少女は自分が埋まっていた穴を見る。
穴からは半ば腐乱した複数の腕が伸びており、各々こちらに向かって手を振るかのように左右に動くと、土の中へと戻っていく。
「どうやらそこは死体を捨てる場所か、処刑場だったみたいだな。凄い数の死体が埋まっていたぞ」
「ま、またまた~! 土を触った時に小さな土人形でも埋めて、演出したんでしょ? もう、無意味に脅かさないでくださいよ」
「いや、本当なんだが」
これもオールトの持つ能力の一つだ。彼は死体を意のままに操作することができる。白骨死体でも、ミイラでも、たった今死んだフレッシュな死体でも、死んでいれば何でも。
しかし、オールトの死体使役術はこの世界の魔術的常識から大きく逸脱していた。
少女が言うように、土人形を作ってそれを使役するという魔術師は存在する。これを応用し、何らかの生命体の死骸を人形として使役するという亜種も存在するのだが、これをまともに操るには長い期間をかけて魔力を込める必要がある。いま、オールトが見せたように少し魔力を流し込んだだけで操作できるものではないのだ。
故に少女がオールトの力を信じられないのは当然で、それが常識だ。ただ、先ほど独房から出た際の動きと言い、オールトはその常識から逸脱した存在だった。
「とにかく、ありがとうございました! 私はネム・オブライエンと言います! さぁ、一緒に脱獄しましょう」
ネムと名乗った少女は、オールトの手を取りこの場から逃げ出そうとする。
「でも、お前はさっきもう脱獄なんてしませんと」
「んなもん嘘に決まってるでしょうが! こっちは死にかけたんですよ!?」
「確かに。でも待ってくれ、オブライエン。俺は残らないと」
死にかかっていたネムを助けたのはいいが、オールトは脱獄の手助けをしたつもりもないし、自分が脱獄しようとしていたわけではない。オールトはネムの手を離す。
「は、はぁ!? こんな酷い牢屋にいたいなんて、あなたマゾなんですか!? えーと、あなたは……」
「名乗ってなかったな、ごめん。俺は」
「……オールト・セカンスター=メフュラ」
オールトが名乗ろうとするより前に、他の男がその名を口にした。
「誇り高きメフュラ帝国の第三王子に在らせられるお方だ、小娘」
そう付け加えて現れたのは、多数の兵士を率いたカーク・レリベウスだった。




