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白灰の国  作者: 陽下 捻
一章
2/15

一話 自治領レリベウスにて

 オールト・セカンスターは、旅の始まり第一歩目である最初の街に辿り着いた。

 この街は以前にも来たことがあり、オールトにとっては故郷の隣町みたいなものだった。そのため、まだ旅をしている実感など湧かないだろうと思っていたのだが、久々に見た街の景色は大きく変わっており、新鮮な感覚を覚えていた。


「自治領レリベウス? 今はシューラ市じゃないのか」


 そもそも、街の名前が変わっていた。方向は間違えていないのだから、別の街に辿り着いたはずはない。どうやら故郷で引きこもっている間に、外界では大きな変化があったようだ。

 オールトには「レリベウス」という名に覚えがあった。予想が正しいなら、ここの領主は知り合いかも知れない。

 今はとにかく情報が欲しい。オールトはここ数年で何があったか話してくれそうな人間を探すため、まずは酒場に向かった。


 オールトは見物しながら酒場を目指す。

 すれ違う人の一部はオールトを見て軽く一礼をしていく。そのたびにオールトも軽く会釈をするのだが、ただそれだけのことで人々は首を傾げてその場を後にしていく。何か怪しかっただろうか、余所者が珍しいのだろうか、とオールトは不安になり、一応羽織っていたローブのフードを深く被る。

 街の中を見渡すと、あちらにはチャンバラで遊ぶ子供たちがおり、そちらには肥えた飼い犬がおり、どこにも浮浪者の姿はない。

 一見すると栄えた街に映る自治領レリベウスだが、井戸端会議をしている婦人たちが怪訝そうな表情でしきりに東を指差しているところを見ると、どうやらそうとも言い切れないようだ。

 正午過ぎの晴れ渡る青空をも霞ませてしまう正体不明の陰気が、この街には蔓延していた。


 街の掲示スペースには数枚の指名手配書が貼られていた。中にはまだ幼い少女と見られる人相書もあったが、どうやら自分の指名手配書はないようだとオールトは安心した。そして掲示スペースの隣に、酒場はあった。


「やあ、やってるかい?」


 極力気さくな感じを心掛けて、オールトは店内に入る。


「おいおいお客さん、まだ真っ昼……」


 呆れたような物言いをした酒場のマスターだったが、オールトの姿を見てぎょっとした顔を浮かべる。


「……王国の上級魔術師様でしたか、これは失礼」


 そして、マスターは丁寧に頭を下げた。


「上級魔術師? あぁ、この服はその人のものだったのか。ごめん、違うんだ。ちょっと色々あって」


 何か大きな勘違いが起きていることに気付いたオールトはすぐに弁明する。同時に、道理ですれ違う人々が自分に頭を下げていくと思った、とオールトは合点がいく。今着ている服は、この街では身分の高い人物のものだったようだ。

 オールトは申し訳なさそうにフードから顔を露わにする。白い髪、白い肌には頭に“異常に”という言葉がよく当てはまり、まるで石膏像が動いているかのような印象を受けるだろう。マスターもその姿に呆然としている。


「これは道に転がっていた仏さんのものを拝借して、えーと、ほら、俺、その時ほぼ全裸で」


 苦しいか、と思いつつも全て事実なのだから仕方ない、とオールトは言い切る。


「仏さんねぇ、なるほど……大体わかったよ。まぁ、上級魔術師を相手に追い剥ぎできるとは思えねえしな」

「理解してくれて助かるよ。マスターは凄い理解力だな」


 話のわかるマスターで助かった、とオールトは胸を撫でおろす。


「で、なんにします? まだ開店前なんだけど、酒くらいなら出せるぜ」

「あー、じゃあ一番強いのを試したい」

「ははっ、何か嫌なことでもあったのかい? 旅人さんよ。強ぇ酒は奥にあるんで、ちっと持ってくるぜ」


 流石は酒場のマスター、客とコミュニケーションを取る能力が高い、とオールトは感心し、これなら色々な話が聞けそうだと期待する。と言っても、主だって聞きたいことはとりあえず一つだけ。「レリベウス」という名前についてだ。


「お待ちどうさん。ほれ、グイっと行きな」

「ありがとう」


 オールトは注がれた酒を促されたままにあおる。


「ふう」

「……こりゃ驚いた。随分な酒豪だねぇ、アンタ。弱いヤツなら一発でブッ倒れるんだが……気に入ったぜ」

「ありがとう。こんな風に酒場で酒を飲むなんて初めてなんだ。作法とかは問題なかったかな?」

「ハハハハハ! いやいや、本当に面白いお人だ!」


 酒の席は一杯目から華やぐ。オールトは酔い潰れてしまう前に本題に入ろうと、二杯目を飲みながらマスターに問う。


「この街の名前、レリベウスってのは領主の名前なのかな?」

「おうさ、元メフュラ帝国の大将軍、カーク・レリベウス様だ。ここらじゃ通った名前だろ」


 オールトの予想通り、この街は知り合いが治める地だったようだ。

“メフュラ帝国”は、この東ノイギャリア大陸最強とも言える軍事力を誇った帝国だった。そんな国の大将軍なのだ、カーク・レリベウスの名前は広く知れ渡っている。領地を一つ与えられ、自治を認められるようになったのは十分に考えられることだ。

 だが、メフュラ帝国は滅んだ。ならば彼の名も地に落ちたはずだ。それが何故、領主にまでなっているのだろう。


「五年前、メフュラ帝国が滅んだ後、彼はすぐにこのディカナイ王国に降ったのさ。その後、僅か二年くらいかな、元メフュラ帝国のシューラ市を与えられたのは。驚異的な出世スピードだろ」

「あぁ、ここはディカナイ王国の勢力範囲だったのか」


“ディカナイ王国”はメフュラ帝国の北西に位置する国だ。軍事力は低く、高山に阻まれている上、北方に位置しているため国土の大半が雪に閉ざされるなど、攻めるメリットがなかなか見出せない国だった。当然、その領土は狭く、険しい山々を盾にそれ以上の領土拡大は行っていなかった。

 メフュラ帝国は、そんなディカナイ王国と比較的友好な関係を結んでいたとオールトは記憶していた。恐らく、カークがディカナイ王国でのし上がれたのは、そう言った背景があるからだろう。

 王都から遠く、帝都にほど近いシューラ市が与えられたのは、外様だからか、はたまた他の理由があってのことか。


「……アンタ、そんなことも知らずにこの街に来たのかい?」

「いやあ、本気で故郷に引きこもってたんだ。五年ほど。まるで知らない、とまではいかないけど」


 オールトの台詞に、マスターは僅かに眉をひそめた。


「五年、ね……故郷はどこだい?」


 華やいでいた酒の席に、不穏な空気が流れる。


「あー……メフュラ帝国、シェルスティアだ」


 オールトは明らかに怪しまれていることに気付きつつも、そう答えた。今は亡き国、その都であるシェルスティアから来た、と。


「バカ言っちゃいけねぇ。アンタ、この五年間、あそこがどんな状況だったか知らねえのかい?」


 嘘をつかれたと感じたのか、マスターは声に怒気を孕ませ、言葉を続ける。


「帝都は燃えてたんだよ、五年もの間、消えない炎によってな。あぁ、あの炎の魔女のクソッタレな炎のせいだ」

「……」


 オールトは黙ってマスターの話に耳を傾け続ける。

 メフュラ帝国は“炎の魔女”と称される女によって滅ぼされた。

 広大な版図と、複数の衛星都市を抱えながらも、帝都を焼かれたことによって一夜で滅んだのだ。

 そしてその時の炎は、五年もの間帝都を焼き続けていた。そんなところにオールトが居られたわけがないのだ。嘘をつくにしても大概にしろ、とマスターは口にしないまでも顔には書いてある。


「で、だ。その炎は、この間いきなり消えちまったんだ。どうしてだと思う?」


 マスターは、まるでここからが本題だ、とばかりに顔を近づけ、オールトに迫る。その様はまるで尋問だ。

 そしてその一言で、オールトはマスターの真意に気付く。


「どうしてだ? 教えてくれよ、お客さん。あそこで、あの夜、アンタは何をしたんだい?」


 完全にバレている。その鎮火には、自分が関わっていることが。

 オールトが言葉を失い、どう弁明したものかと考えていると、慌ただしい様子で十人ほどの兵士が酒場に入ってきた。

 オールトは逃げる間もなく槍を突きつけられ、床に制圧された。武器を携えた兵士の他にも、魔術師らしき者の姿もある。この状況から脱するのはほぼ不可能に近い。


「ご苦労さん。シェルスティアの件の被疑者みてえだぜ。お客さん、続きは牢屋で話してやりな」

「マスター、話を聞かせてくれてありがとう。そしてごめん、酒代は払えそうもない」


 情報収集は突然終わってしまったが、必要な情報は得られた。


「ハハハ……気にすんなよ」

「店主殿、ご協力、感謝いたします! それでは連行する! ついてこい!」


 まさか旅の第一歩目で逮捕されるとは予想していなかったオールトだが、よく考えればそのリスクはあったと反省する。

 だが、事はきっとなるようになる。前向きに考えながら、オールトは牢へと連行されていった。




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