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白灰の国  作者: 陽下 捻
三章
14/15

一話 ネムと王都アナハスタ

「いつまで言ってるんですか、オールトさん」

「しかし本当に口惜しいぞ、盗っ人め」


 オールトとネムは相変わらず山間に潜みながら西へと進んでいるのだが、オールトは未だに魔獣の亡骸を奪われたことに憤慨していた。

 ネムはそんなオールトを窘めながら歩いており、いい加減嫌気がさしてきたところだった。

 ただ、オールトがわかりやすい感情を発していることには少しだけ安心している。オールトは死んだ折に喜怒哀楽が欠落してしまったのではないかと考えていたからだ。相変わらず表情には現れていないが。


「って言うか、普通に考えてただの盗っ人なわけないですよね。そっちのことを考えましょうよ」


 オールトは肉を盗まれたと怒っているが、実際はそんな小さなことではない。炎の魔女と似た炎を使う魔獣の死骸が、一晩で何者かの手によって回収されたのだ。因果関係は不明だが、自分たちに関わりのある人物が行った可能性が高い。

 一連の流れを考えると、死骸を回収したのは自治領レリベウスから来た人物だとネムは推測する。


「……追手はもう、私たちの位置を把握しているかも知れませんね」

「えっ、もう追いつかれたのか」


 現状を把握していないオールトの反応に、ネムは溜息を吐く。いちいち説明するのも面倒そうだ。


「多分、魔獣を持ち去ったのは自治領レリベウスの人ですよ。斥候ですかね」

「となると、すぐに本隊が来るってことか。どうしよう」


 そう言うオールトには慌てた様子はない。が、オールトはその様子だけでは本当の感情を掴めない人物だということをネムもこれまでの旅でよく理解している。普通に考えれば、焦っていないわけがない。


「やり過ごすのが一番だと思いますが……斥候に見られているなら、あの村に匿ってもらうこともできないですし」

「うん。これ以上、他の人たちを巻き込むのはやめておきたい。でもまぁ、とにかく進もう」


 特に考えた風でもなく、オールトは今後の方針を一瞬で決めてしまう。


「そんな適当な……」

「後ろから来るんじゃ、どの道前に逃げるしかないぞ」


 ネムは天を仰ぐ。そんなことはわかっていて、それでは逃げきれないだろうからどうするかを聞いているのに、と。

 それに、もう一つ問題がある。


「まだ先ですけど、このまま進めば王都アナハスタなんですよね」


 アナハスタは自治領レリベウスの所属する国家、ディカナイ王国の都だ。つまり西に進んでいる限り、オールトたちは自治領レリベウスから、ひいてはディカナイ王国から逃れられないのだ。

 最悪の場合、本国にオールト追撃のための援軍が要請されているということも考えられる。そうなると、決着は更に早い。前後から囲まれ、山の中で逃亡生活終了だ。


「いいな。一年のほとんどを雪に閉ざされる都、一度見てみたかったんだ」


 だと言うのに、オールトは観光気分だ。追われている身だという実感がないのだろうか、とネムは脱力する。


「オブライエンはディカナイの人間だったな。アナハスタ生まれなら、案内を頼めないか」

「絶対嫌ですよ!!」


 その拒絶は、感情が籠り過ぎていた。

 言葉を発したネムでさえ、自身の発した大声に驚いている。

 本意ではなかった。

 度重なるオールトの気が抜ける発言に、溜まっていたストレスが爆発したわけでもなかった。


「ごめん」

「い、いえ、あの、いいんです。ちょっと、アナハスタには、色々ありまして」


 素直に謝るオールトの申し訳なさそうな声に、ネムは冷静さを取り戻す。

 ただ、オールトは何故ネムがそこまで怒ったのか分かっていない。

 ディカナイ王国で指名手配されているのだから、その中枢に飛び込みたいわけがないのだ、色々あるのは当然だ。だが、それ以上に行きたくない理由があるのだろう、とオールトは推測する。


「オブライエン、どうしてお前は指名手配なんてされたんだ」


 ここまで共に過ごしてきて、オールトはついに初めてその疑問に踏み込んだ。脱獄した犯罪者同士、犯した罪に関しては曖昧にしておくのがお互いのためだと考えていたのだが。


「悪いことをして逃げたわけじゃないんですよ。少なくとも、指名手配された理由は、ですけど」

「ふむ?」


 オールトは頷いた首をそのまま傾ける。


「ただ、ディカナイ王国にとっては許されないことでして」


 国を離れるというのは犯罪ではない。国民の出入りが厳重に管理されている国もあるにはあるが、ほんの一部だ。少なくとも、ディカナイ王国やメフュラ帝国では法を犯したことにはならない。

 そんな法の下、国を離れただけで指名手配を受ける理由があるとすれば、第一にスパイ容疑だ。国の重要な機密を知った上で逃げたというのは十分に考えられる。


「オブライエンはスパイだったのか」

「は? いや違いますけど……」

「あれ」


 だが、そうではなかった。

 であれば、ディカナイ王国がネムという魔人の流出を防ごうと指名手配しただけという可能性もある。国家の名の元、無実の人間を犯罪者にして確保するというのは、古来より権力者が行ってきた常套手段だ。珍しくもない。


「あー、なんて言いますかー……言わないとダメですか?」

「うーん、聞いておきたいけど、オブライエンが言いたくないならいい」


 答えは何一つ得られていないというのに、オールトはあっさり引き下がる。


「悪いことはしてないのに追われている美少女なんだろう。オブライエンは」

「はい」

「それならいい」

「はぁ……」


 ネム・オブライエンの罪に、オールトはさほど興味が無かった。ただ、ネムが吐き出したいと思ったなら言ってくれればいい程度に考えていただけだ。

 問題はここからだ。

 オールトは進路を変えられない。炎の魔女の気配が西から感じられる以上、アナハスタを避けては通れない。


「オブライエンがアナハスタに行きたくないなら、無理しなくていい。ここで別れよう」

「えっ……」

「アナハスタには嫌な思い出でもあるんだろう。指名手配されたことに関する何かが」


 ネムには自分の旅路に付き合ってもらっているだけだ。ネムが心をかき乱されるほど行きたくないという場所に連れて行くというのは、オールトとしても本意ではない。


「うー……それは、そうなんそうですけどぉ……」


 ネムは考え込む。アナハスタに行くのは嫌な様子だが、この上なく興味を持ってしまったオールトから離れるのもまた嫌、といったところだろう。西の方角とオールトの顔を交互に見ては地面を睨み、うんうん唸る。

 嫌悪感が勝るか、好奇心が勝るか。


「あーもー! わかりましたよう! アナハスタでもなんでも付いて行きますっ!」


 そうしてネムは決心した。こうなれば、どんな地獄でも付いて行ってやる、と。


「え? いや、ついて来なくてももいいぞという話だったんだが」

「いやいやいや! ついて来たいなら好きにしろ、っていうニュアンスを感じましたよ!」

「そうだったか?」

「第一、私の答えを待ってたじゃないですか! 一人で行くこともできたのに!」

「確かに。俺もオブライエンと離れるのが寂しかったのかも知れん」

「そ……! そりゃ、そう、ですか……」


 不意打ちに近い言葉を受け、ネムは声を抑えて身体を縮める。距離感どうなってるんだ全然わからない、とばかりに非難がましい視線をオールトに向ける。


「さて、そうと決まれば進もう。急がないと後ろから追手が来る」

「はいはい……」


 二人は再び爪先を揃え、目的の方角へ向かう。




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