二話 仇討ちの少女
ところが、ネムの決意とは裏腹に、二人はあっと言う間に危機を迎えてしまう。
「鹿の群れとかだといいんだが」
「鹿が金属音出しますか!? 明らかに鎧だの武器だのの擦れる音でしたから……!」
背後に気配。しかも、相当な人数のものだ。まず間違いなく、自治領レリベウスからの追手だろう。
まだ追いつかれてはいないものの、接敵までは時間の問題。真っ直ぐ逃げても無駄なことは目に見えており、かと言って隠れてやり過ごせそうなスペースも見当たらない。
「隠蔽系の魔術とか使えますか? いや、この距離で使っても魔力の流れとか読まれますよね……」
魔術を使用する際には魔力粒子の動きが必ず起こる。魔術師の中にはこの動きを察知することに長けた者がおり、潜伏者や逃亡者の追跡には必ずそんな魔術師が同行する。まず間違いなく、追手の中にもいるだろう。追いつかれたのも、恐らく昨日の戦闘による大規模な魔力粒子の動きを察知されたからだ。
二人は上手く木や岩と言った障害物を利用して追手から距離を取ろうとするが、徐々に両者の距離は詰まっていく。
それだけではない。追手は人員を展開し、包囲するような動きを見せ始めた。もはや大まかな位置は把握されているようだ。
逃げられない。やり過ごせない。ならばやることは二つに一つだ。
投降するか、戦うか。
「諦めて出てこい! オールト・セカンスター! 貴様は完全に包囲されている!!」
覚悟を決める前に、追手が声を上げた。
その声はまだあどけなさが残る少女の声だったが、意志の強さが感じられる凛然さがあった。
「追手がはったりをかけてきたぞ。しかし、そう易々と引っ掛かってたまるか」
「はったりなわけないでしょ。どうしたらそんなポジティブな発想になるんですか……完全に詰みましたよ、どうします?」
どうもこうもない、と頭の中ではわかっていても、ネムは念のためオールトに妙案があるかを問う。
追手は復讐のためにオールトを追ってきた。投降は受け入れられないに決まっている。ならば、戦う他にはない。だが、オールトは魔人としても異常な存在だ。その能力を活かして、退かせる方策があるかも知れない。ネムは少なからず期待していた。
それはあくまでも、この局面を生き延びるためではなく、オールトがどういう手に出るかに興味あってのことだった。
「詰んだのならもうダメだ。言われた通り諦めて出るしかない」
「へ……!?」
言うや否や、オールトは物陰からその姿を露わにする。そして、声のした方向を見る。
視線の先には声の主と思しき赤い長髪の少女が憤怒の形相で立っていた。
年の頃はネムよりも少し上のように見えるが、瑞々しい肌には怒りによる皺が深々と刻まれており、老け顔の印象を受ける。辛うじて後ろでまとめられている長髪も、しばらく手入れがされていないのかあちらこちらで跳ねており、総じてその姿は、ここに至るまでの道が彼女にとってどれだけ険しいものだったかを物語っている。
「ようやく会えたな、オールト・セカンスター……! 父上の、仇……!」
「父?」
怒りに肩を震わせる少女の台詞に、オールトは首を傾げる。
「ということは、レリベウス将軍の娘か?」
「そうだ! 我が名はヴィヴィアン・レリベウス! 誇り高きメフュラ帝国大将軍カーク・レリベウスの娘だ!」
名乗った少女、ヴィヴィアンは背負っていた身の丈ほどもある戦斧を構える。
それと同時に、彼女が率いる自治領レリベウスの兵士たちも武器を構え、オールトとネムを逃がさない陣形を取った。
「大人しく投降しろ。お前のしたことはディカナイ王国に対する大罪である」
意外な言葉を放ったのは、ヴィヴィアンの後ろに控える副官と思しき男だった。弓でこちらに狙いを定めているが、弦は引く手に力が込められていない
「ビーター副官! 余計なことを言うな! 領主殺しの罪が死罪以外にあり得るか!?」
「しかし、このセス・ビーター、王国の法を遵守することを誓っておりますゆえ」
セス・ビーターと名乗った男は、どうやらオールトをディカナイ王国の法で裁くことを考えているようだ。如何に相手が死罪相当の犯罪者と言えど、領主の娘が勝手に裁きを下すのは問題があるのだろう。
「あなたの国に対する忠誠心はよくわかる! だが、私の怒りも……あなたならわかってくれるはずだ!」
「それは、わかっておりますが……」
対してヴィヴィアンは殺意に満ち溢れている。もはや仇討ちのことしか考えられていないのだろう。この先、自分がどうなろうが構わないからとにかく憎き敵をこの手で討たせろ、と目で訴えている。
「……なんだかわかりませんけど、もめてますよ」
「そうだな」
ネムは相手の足並みに乱れが生じていることを察し、何とかこの状況を打破できないかと考え出す。
見れば、トップの二人が言い合っているのを目の当たりにし、包囲する兵士たちには若干の動揺が見られる。上手く隙を突いて魔術による攪乱や隠蔽を駆使すれば、この場面から抜け出せる目も僅かにある。いや、オールトほどの魔術の使い手ならば十分にこの危機を乗り切れるはずだ。
しかし、ネムが大きな期待を寄せるオールトは、ヴィヴィアンとセスのやり取りに注目してしまっている。
その様子に、ネムは頭を抱える。死地だという実感がないのか、逃げる気がそもそもないのか、とにかくオールトには危機感というものが感じられない。それも今さらと言えば今さらだが。
「それなら構わない! 私があの男を討ったあと、あなたが私を捕えて本国に送るがいい!」
「……」
そうこうしている内に、ヴィヴィアンは勝手に結論を出してしまう。
散々に怒鳴られたセスももはや反論する気も失せたのか、肩をすくめて目を伏せてしまった。領主の娘に対し強く出られない性格のようだ。
「皆も手は出さなくていい! 父の仇は、私が討つ!」
更にヴィヴィアンは包囲している兵士たちを下がらせる。兵士たちは戸惑いながらも一人、また一人と武器を下ろして後退する。念のためオールトとネムが逃げても追いつけるような距離は取っており、セスももしもの時に備えて弓は構えているが、ヴィヴィアンは彼らを当てにしていないだろう。
包囲は遠巻きになったとは言え、隙を突く機は逸した。ネムは俄かに焦燥感を覚える。
「オールトさん、チャンスを逃しましたよ……! ど、どうしま……」
「オブライエン」
そんなネムの言葉を、オールトは遮る。
「は、はい……?」
その時、ネムはオールトの身体が震えていることに気付いた。
恐怖しているのだろうか。いや、この人に限ってそんなことはない。だとしたら、何故。
ネムの脳内に、疑問符が乱舞する。
「ちょっと、俺から離れてくれ。すぐに」
「は? はい……」
オールトに何かが起きる、もしくは何かを起こすつもりだということを察し、ネムはオールトから離れる。周囲にいる兵士たちとの距離に気を配ることもなく、とにかく『巻き込まれないよう』に、それだけを考えて。
「行くぞ……オールト・セカンスター!!」
ネムが離れた瞬間、戦斧を構えたヴィヴィアンが一気にオールトとの距離を詰めた。
ヴィヴィアンの持つ戦斧の一撃を受ければ、その巨大さから人体がどのように破壊されるかなど容易に想像がつく。剣で受けても、頑丈な鎧を身に着けていても、恐らく意味をなさず防御ごと抉られてしまうだろう。
だが、ネムは知っている。オールトの身体に通常の武器による攻撃は通用しない。カークの剛剣を何度受けても、その都度復元した身体なのだ、ヴィヴィアンの攻撃も結果は同じはず。
そして恐らく、決着のつき方も同じ。オールトはヴィヴィアンが諦めてくれることを願って、ヴィヴィアンに相対したのだとネムは察する。恨みを一身に受け、懺悔を示しつつ無駄であることを悟らせる。死者であり、灰の塊であるオールトにのみとれる手段だ。
「覚悟ッ!!」
しかし次の瞬間、オールトは動いた。身体を一瞬大きく震わせたかと思うと、突如右手に真っ白な大剣が出現したのだ。
オールトはその大剣で、ヴィヴィアンの戦斧による一撃を受け止めた。
「くッ……!」
大剣による迎撃で、ヴィヴィアンは大きく弾かれる。
何が起きたのかはわかっている。だが、ネムにはオールトがどうしてそうしたのかがわからなかった。
そしてそれは、オールトも同様のようだった。オールトは自分のしたことに、明らかな戸惑いを見せている。大剣が握られた右手を、左手で抑えているのだ。まるで右手が勝手に動いてしまったかのように。
「貴様、それは……その剣は……」
攻撃を防がれたヴィヴィアンは一瞬驚愕の表情を見せたかと思うと、先ほどより一層険しい憤怒の形相をオールトに向ける。
「父上の……父上の大剣ではないか……!!」
ネムはヴィヴィアンの言葉で、あの夜目の前に突き立てられたカークの大剣を思い出す。色こそ違うものの、それは確かにカークがオールトを何度も切り刻んだ大剣だった。
そんなものを、何故オールトが持っているのか。
考えるまでもない。
オールトはあの日、カークを喰らったのだ。




