夢
「お見事です、殿下。お疲れ様でした」
「はぁっ、はぁっ……し、死ぬかと思った」
水塊牢獄Ⅰから溺死寸前で脱出した俺を、ソリンは労う。
今日の訓練も凄まじくスパルタだった。
今からあなたを水の中に閉じ込めますから、脱出してください、なんて言われて始まった拷問か処刑のような訓練だったのだが、何とか脱出することができた。
ただ、何をどうやったかはあまり覚えていない。
「ご理解いただけましたか? それがⅡ魔術です。体内にある魔力粒子ではなく、周囲に漂う魔力粒子を操る、魔術師の奥義」
Ⅱ魔術とは高級技だ。通常、魔術師は体内で生成される魔力粒子と呼ばれる物質を操り、放出することで魔術を実行するのだが、Ⅱ魔術と呼ばれる技は世界に遍く存在している魔力粒子を操るものだ。理論上、無限に魔術を行使することができる。
ソリンの口ぶりでは、俺はそれを使って水塊牢獄Ⅰから脱出したらしいのだが。
「殿下は私が放った魔術を乗っ取って操作したのです。これはⅡ魔術の応用編と言ったところですが」
Ⅱ魔術に堪能な高位の魔術師同士は、どちらが上手く相手の魔術を利用できるかという勝負になるらしい、ということは座学で聞いている。俺はその片鱗に触れたということか。
「実感がないな……俺は水の中で必死にもがいただけだ」
「それが殿下の非凡なところです。感覚的に、魔力粒子を操る技に長けている」
ソリンは薄く笑みを見せる。厳しい性格が災いしてか常に険しい表情を浮かべているため、せっかくの美貌を無駄にしているのだが、俺の統計では一日に一回は優しく微笑んでくれている。
「だから、追い詰めれば追い詰めるほど、あなたは強くなる……楽しくなってきましたよ」
だが、今の笑みはちょっと違うようだ。どちらかと言うと、実験動物を見る狂気の研究者のような笑みだ。
「俺はいつかお前に殺されるな……」
「ご冗談を。死なせるものですか」
冗談で済めばよかったんだが、実際にそうなってしまったな。
「ソリン……!?」
あの夜、ソリンはまるで流星のように、俺の目の前に墜落した。
身体は炎に覆われ、とても抱き締められなかった。
戦争から無事に帰ってきてくれて嬉しかったのに。
抱き締めてあげようと思っていたのに。
俺はソリンに手を伸ばすことができなかった。
いや、一歩踏み出すことすらできなかった。
怖くて足が震え、手が震え、口が震えた。
「お……おかえ……」
次の瞬間、視界には赤い炎が広がった。
俺の記憶はそこで途絶えている。
熱かったかどうかすら、覚えていない。
その瞬間にソリンがどんな顔をしていたかも、覚えていない。




