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7.繰り返す悪夢(2)

 夏休みになると、楠見さんたちも受験を控えて夏期講習などで忙しくしていて。さすがに俺の相手ばかりしていられない様子だったが、それでも何度か遊びに誘ってくれた。

 音葉のことは、今でも心に重くのしかかっていたが、いつまでも引きずっていては楠見さんたちに申し訳なくて。 二学期が始まる頃には、内心はともかく、表面上はどうにか取り繕うことが出来るようになったのだが。

 俺は、楠見さんが秋には自殺してしまうことを思い出した。


 ***


 楠見さんと親しくなったことを幸いに、彼女が何か悩んでいるのではないかと探りを入れたのだが、全くそんな素振りも無く。

 速水さんと那須さんにも聞いてみたのだが、彼女らも全く気付いていない様子。逆に、どうかしたのと尋ねられたのだが、俺には何も言えなかった。


 十月に入って。前回、神林さんが何かに気付いていた頃。楠見さんに変化が現れた。

 時折、思いつめた様子を見せるようになったのだ。

 俺は、彼女に何かあったのかと聞いたのだが、彼女は答えてくれなかった。

 速水さんと那須さんも、その様子に気付いて、しつこく聞こうとしたのだが、やはり何も教えて貰えなかったのだった。


 前回、彼女が自殺した日。

 早朝に彼女の自宅まで押し掛けたのだが、既に外出していた。

 前回彼女が何処で自殺したと聞いたのか必死に思い出して、その場所に駆けつけた。

 そのとき。彼女はとあるビルの、屋上のフェンスの向こう側に居た。

 「楠見さん!」

 必死に彼女を呼び止める。

 「榊君……」

 今にも飛び降りてしまいそうにしていた楠見さんだったが、どうにか俺の方に振り向いて貰えた。

 「楠見さん……死なないでくれ……」

 もう、近しい人に死んで欲しくは無かった。

 「私が死ぬ気になっていることに……気付いてくれたんだ。でも……もう、手遅れなの……」

 彼女は、静かに涙を流した。

 「何があったのか、教えてくれよ……」

 俺は、必死に懇願して。

 彼女は、自殺に至るまでの理由を、細かく教えてくれたのだった。

 そして。

 彼女は心情を吐露した後、背を向けて。

 俺が見ている前で、ビルの向こう側に、消えていった。

 「そんな……楠見さん……」

 もう立っていることもできなくて。がっくりと膝を突いて、楠見さんが消えていった方に手を伸ばして。ただ泣くことしか出来なかった。


 そのまま楠見さんの自殺現場にいた俺は、駆けつけてきた警察官に連行されて、警察署で事情聴取を受けた。

 俺は、楠見さんが何かに悩んでいた様子に気付いていたことと、彼女が思いつめた様子でいるのを見かけて後をつけたのだと嘘を交えて説明したのだった。

 聴取が終わって。通路に出たところで、担任と、うちのお袋と、もう一人知らない婦人が待っていた。彼女は楠見さんの母親らしい。

 「何があったの?」

 お袋が俺に問う。だけど俺は、何も言葉に出来ずにいて。

 一緒にいた警察の人が、俺の代わりに口を開いた。

 「彼は、楠見絵梨菜さんが自殺しようとしているところに駆けつけて、彼女に思い留まるよう説得していたらしいのです。近隣のビルの防犯カメラに映っていた内容からも、そのことが確認されています」

 警察官の説明に、音葉が死んだときの俺の様子を思い出したのか、担任は俺を見て涙を流した。

 既に泣き暮れていた楠見さんの母親は、俺の傍まで来て、俺の手を取った。

 「娘を……助けようとしてくれたんですね……ありがとうございました……」

 感謝の言葉を言われて。俺はまた泣き出してしまった。感謝されるようなことは、何も出来なかったのに。

 「俺は……彼女を助けられなかった……彼女が何かに悩んでいることには気付いていたのに……でも……手遅れだった……俺は、何の役にも立てなかった……」

 「理由は……遺書を残してあったから、知っています。あなたが気付いたときには手遅れだったことも。それでも、娘のことを気に掛けてくれたあなたには、感謝しています……」

 泣きながらそう言われて。俺は、自分の無力さに号泣してしまった。


 翌日。俺は学校に行く気力も無くて、休んでしまった。

 俺は無気力に、ごろごろとベッドの上で転がって。楠見さんのことを思い出しては、涙を流していたのだった。

 朝からは何も言わずにいてくれたお袋だったが、昼過ぎに俺を呼びに来た。

 「智哉のクラスの子が……来てるわよ。居間で待って貰っているから」

 まだ午後の授業中な筈。そんな時間の訪問に疑問を感じながら、階段を降りる。

 居間に入ると、速水さんと那須さんが呆然と立ち尽くしていて。

 そして俺の姿を見て、二人とも涙を浮かべた。

 「榊君は……絵梨菜のこと、止めようとしてくれたのね……」

 速水さんは俺に近付いて。俺の手をそっと握った。

 「どうして、それを……?」

 「担任から聞いたの。朝礼で担任が……榊君が欠席してることを……仕方ないよねって、言ったのよ……だから、何かあったんだろうって、事情を聞こうとして……ようやくお昼休みに担任を捕まえたの……」

 速水さんは、俺の手にしがみ付いて、泣き出してしまった。

 「担任から事情を聞いたの」

 那須さんが話を引き継いだ。

 「榊君が絵梨菜のことを止めようとしていた、って……榊君の目の前で、絵梨菜は自殺してしまったんだって──ごめんなさい!」

 唐突に、那須さんが俺に抱きついた。

 「榊君にばかり……そんな辛い思いをさせてしまって……本当なら、私たちが……駆けつけなければいけなかったのに……」

 彼女はそれがとても悔しそうだった。

 そんな風に言われて。俺はまた涙が溢れてしまった。

 「ごめん……俺……あの場所まで辿り着いたのに……彼女を引き止めることが出来なかった……」

 俺は、がっくりと項垂れて。泣き出してしまった。

 「やめて! あなたの責任じゃないじゃないの……だから、謝らないで……」

 「そうよ……あなたに謝られたら私……自分のことが許せなくなってしまうから……」

 彼女らは、俯く俺の顔を無理やり引き上げて。三人で抱き合って、涙を流したのだった。


 更に次の日。俺が教室に入ると、教室がざわついた。

 尚康は、最早俺に声を掛けることも出来ない様子で。

 速水さんと那須さんは、俺のことを暖かく迎えてくれて。

 一部の男子からは、俺が関わったことで、楠見さんと音葉は死んでしまったんじゃないかと邪推する言葉を掛けられて。

 だがクラスの女子たちは、俺に同情してくれていて。そんな男子たちに文句を言っていた。

 俺は、何も答えることが出来ず。女子たちに礼すら言えずにいたのだった。

 そんな俺に、神林さんが声を掛けようとしたのが見えた。だが、その彼女を、多田が阻んだ。多田も、邪推の言葉を掛けた一人で。俺に神林さんが近付くのを快く思わなかったらしい。暫く神林さんのことはよく見ていなかったのだが、どうやら最近は多田と親しくしていたらしかった。

 神林さんは、そんな多田のことを何やら詰って、教室から出て行った。


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