6.繰り返す悪夢(1)
その日の放課後も、俺は呆然としていた。もうひと月ほど経っているのに、未だにショックから抜け出せずにいるのだ。我ながら、こんなに情けないやつだったのかと失望する。
神林さんからは今でも避けられているみたいだったのだが、それでも遠巻きにして心配そうに俺を見ていた。
俺の悩みの大半は音葉とのことだったのだが、その彼女が追い打ちをかけてくる。
「あんた、何やってるの? 見てるとイライラする」
これでも気にかけてくれているのだろうか。イライラするのなら見なければいいのに、とも思うのだが。それでも付き合っていた頃の優しい音葉も俺は知っていて。邪険にすることも、言い返すことも出来なかった。
「あ~っ、もう! 何か言い返しなさいよね!」
音葉は忌々しげに、鞄を掴むと教室を後にしたのだった。
俺は、音葉から罵倒されても、切ない気分になるだけで。しょぼくれて俯いていたのだが、ふと、あることを思い出す。
携帯を開いて、日時を見た。
「まずい!」
俺は一人叫んで教室を飛び出した。
下駄箱ではなく、最短ルートで校門へ向かって。上履きのまま飛び出す。
だが。
校門の辺りに音葉の姿を確認出来るところまで辿り着いたところで。無情にも、黒のワゴン車が校門の辺りをスピンしながら通過した。
ドン、という鈍い音が響く。
校門から飛び出したときには、既に手遅れだった。
ワゴン車は少し離れたところで電柱にぶつかって停車していて。
その手前に、うちの制服姿の女子が倒れていた。
「どうして……」
始業式からこれまでの間。俺に絡んでいた音葉だって、前のときとは違う行動をとって来た筈なのに。どうして同じ結末になってしまうのか。それが運命だとでも言うのか。
「音葉──」
ふらふらと彼女の元に辿り着いて。仰向けに転がっている彼女の傍に膝をついて、彼女の顔を覗き込んだ。
「……さか……き……?」
まだ、彼女に息はあった。
彼女が事故に遭う可能性を、俺は知っていたのに。色々あったせいで、そのことを失念してしまっていて。彼女に注意することも、助けることも出来なかったのだ。明らかに、俺の失態だった。
そう思うと、涙が止まらなくて。
「すまん……音葉……俺……間に合わなかった……」
泣きながら、そう詫びるのが精一杯だった。
「……なん……で……あんたが……謝るの……よ……」
俺の泣き顔が珍しかったのか。それとも、変なことを言い出したからなのか。音葉は、俺に微笑んで。そして、小さく咽て血を吐いて。そのまま息を引き取ったのだった。
「音葉……音葉……」
いくら呼んでも、彼女が再び動き出すことは無く。俺は、そのまま音葉にしがみ付いて、ただ号泣することしか出来なかった。
次の日。俺は、ショックから立ち直れ無いまま、ふらふらと学校には出た。
昨日のアレは、実は夢か何かで。学校に行きさえすれば、また音葉から罵声を浴びせられるんじゃないかと、呆けた頭で考えていたのだ。
だけど、そんなことは無くて。
学校の目の前で起きた事故だったからか、クラスの何割かは、昨日の事故のことを既に知っていて。俺が音葉にしがみ付いて泣いていたところを見ていたやつもいるみたいで。俺のことを、遠巻きに見ていた。
やがて、担任が朝礼に現れて。
音葉が亡くなったことを皆に告げた。
俺は、ようやくそれを現実として再認識して。
声こそ出さなかったが、俯いて、ただ涙を流していた。
担任は、昨日の俺のことを見ていたから、俺が出欠確認に返事をしなくても、何も言わないでくれたのだった。
昨日、救急車が到着したとき、音葉の亡骸から離れられずにいた俺を引き剥がしたのは担任だった。そして、一歩も動けずにいた俺を、家まで車で送ってくれたのだった。その後、担任は音葉が運ばれた病院へ向かったらしい。
朝礼が終わった後。クラスの連中は、俺の周りに集まった。
「智哉、お前……三城谷のことが好きだったのか?」
二年から俺と音葉のことをずっと傍で見ていた尚康が、不思議そうにしつつも、皆を代表してその疑問を口にした。
「音葉も一年の頃から榊君のこと見てて満更じゃ無い様子だったから、実はこっそり付き合っていたとか?」
楠見さんは、場を和ませようとでも思ったのか、そんなことを言い出して。
今回の俺たちは付き合っていなかったが、前回付き合っていた記憶は未だに鮮明で。そんな冗談にも俺は、心を抉られてしまって。顔を歪めるだけで、何も答えることが出来なかった。
「ちょっと……マジだったの?」
楠見さんは、やらかしてしまったとでも思ったのか、心配そうに、俺の腕を掴んだ。
さすがに俺は、ありもしないことで批難するつもりも、引け目を感じさせるつもりも無かったから、ただ首を横に振った。
尚康は、そんな俺の様子を見て、それ以上何も言えずにいたのだった。
その後もずっと。俺は、音葉の死から立ち直れずにいて。
そんな俺を見かねてか、楠見さんたちのグループが、頻繁に声を掛けてくれるようになった。
クラスでは腫れ物扱いになっていた俺のことを、慰めてくれている彼女らをからかう者もおらず。生暖かく見守ってくれていた。
やがて、彼女らと会話が出来るくらいには回復したのだが、それでも以前のようには全然出来なくて。俺は、静かに微笑む程度の感情しか表さなくなっていた。
それでも彼女らは、懸命に俺のことを慰めて、励まし続けてくれた。特に楠見さんは、一年のときは音葉と仲が良かったらしくて。彼女も辛いだろうに、ずっと俺の相手をしてくれて。音葉との思い出を俺に話してくれたのだった。




