閑話3.高梨
※高梨視点です。
タイミングは、榊と剛志が対面し逃走した直後と、対決後の二つ。
榊君は、仁美からあんな風に詰られたのに。それでも仁美のことを庇うように、剛志という上級生から仁美を引き離して、どこかへ消えてしまった。
「剛志先輩」
呆然と仁美らを見送る彼に、私の方から声を掛けてみた。仁美に対して、彼があの事件のことを聞き出そうとしていたから。
彼は振り返って、私を見て。不審そうに目を眇めた。
「私、さきほど剛志先輩が相手をされていた、遊佐仁美の友達なんですよ」
にこやかに、彼に近付いて。そして、至近距離で、
「──迎町の高架下の話。聞きたいですか?」
小声で彼に囁く。
彼は驚いた様子で。だけど、その眼光は鋭くて。彼の事情が私の期待通りであることを確信した。
彼も私に顔を寄せて。
「放課後──と云っても、特殊科は終わるのが遅いから六時過ぎになるが──話が出来ないか?」
案の定、食いついてきた。
「いいですよ。私、寮生ですので時間は大丈夫です。先輩の都合がいい時間になったら、連絡してください」
その場で、彼と携帯番号を交換した。
私も榊君に倣って、剛志先輩をカラオケボックスに誘った。他人には聞かせられない話になるだろうから。
それが判っているのか、彼は大人しく従った。
「それで、どんな話を聞かせて貰えるんだい?」
その言葉遣いは丁寧だったけれど。その表情は、今にも襲い掛かって来そうに見えた。
「初めに断っておきますけど。私は、剛志先輩と同類ですので」
彼は、私の真意を理解しているのか判らなかったが、それでも大人しく続きを待っていた。
「遊佐仁美のお兄さんは……迎町の高架下で殺されたらしいのです」
「……ほう……」
私の言葉に、彼は獰猛に、歓喜の笑みを浮かべた。獲物を見つけて、喜んでいるらしい。
「だが、何故それを俺に? お前はあの女の友達だと云っていたが……」
「云ったでしょう? 私も同類ですって」
事情を説明するつもりは無かったけれど。それでも、彼はそれを理解した様子で笑みを零した。
「女ってやつは、怖いな。平気で友達面して傍に居れるんだからな」
彼は肩を竦めた。
そんな話でも無いんだけどな。
「あら、失礼ですね。私がその事実に気付いたのは、つい最近のことだったんですよ? 仁美とは一年の頃から友達でしたけれど。そして、私自身は……そのことで仁美を咎めようとは思って無かったんですよ」
剛志先輩は身を乗り出して、私に顔を近づけて。
「お前は、あんな連中の家族が、のうのうと生きていることが赦せるのか?」
彼の怒りも判ってはいるけれど。
「あの連中がしでかしたことは赦されないことだけど。家族に罪は無いと思うの。仁美は、彼女の兄がどんなやつで、何をしでかしたのか全く知らないんですもの」
暫く睨み合って。
見解の相違については、彼もそれ以上何も云わなかった。
「じゃあ、なんで俺にその話をしたんだ? お前の代わりに、俺に裁かせようと思ったんじゃ無いのか?」
そう。敢えてスタンスを崩したのには理由があった。
「仁美が被害者面しだしたからよ」
仁美の中では、あくまで兄は謂れも無く殺されたことになっていて。そして、榊君を一方的に悪者と決め付けて、責めていたから。いくら私が、仁美には罪は無いと思っていても。そんな暴挙は赦せない。
「どういうことだ? あの榊が何か噛んでるのか? 榊のやつ、あの女に人殺しとか詰られてたのに、あの女のことを俺から庇うようにしていやがったが」
剛志先輩も、ようやくそこに辿り着いた様子。
「榊君は……善良な人なんでしょうね。私が彼の立場だったら……とてもあんな風に、仁美に接することは出来ないと思う」
つくづく、思う。彼が異常なのか、私の感覚がおかしくなっているのか。
「仁美のお兄さんたちを殺して回ったのが……榊君らしいの」
「なん……だと……?」
さすがにこの話は予想外だったらしく。腰を浮かして、驚愕の表情を浮かべていた。
「榊君は……そのことをはっきりと話してくれた訳じゃないんだけど……たとえ話として、語ってくれたの。親しくしていた女性が、あの連中にレイプされて、その様子を動画に撮られて、脅迫されて。それを苦にして、自分の目の前で自殺されてしまったら、残された者はどうすると思う? みたいな話を」
もしこれが、榊君自身が体験したことだとしたら。そう思うと、私は仁美の所業を赦すことが出来なかった。
「榊のやつは……それでも……あの女を庇うつもりなのか……」
剛志先輩は、信じられないみたいで。愕然と、私を見ていた。
「云ったでしょう? 彼は、善良な人なんでしょうね、と……。善良だから、咎人には容赦しないけど、自身に咎が無い者は赦してしまうのか。それとも、深い悲しみに傷つき過ぎて……大抵のことは赦せてしまうようになってしまったのか」
「俺には……理解出来ん。この手で相応の報復を果たすまでは、俺は何者をも赦すつもりは無い!」
彼は拳を握り締めて。獰猛さを隠そうともしなかった。
「それなら……仁美なんかに構ってる暇は無いと思いますよ」
私は彼が喜びそうな資料を差し出した。
彼はそれに目を通して。
「……なるほど。お前の云う通りだな。これは、忙しくなりそうだ……」
彼は嬉しそうに、舌なめずりしたのだった。
***
「貴女……みゆきさん?」
元彼に墓前での報告を終えて。帰ろうとしたところで、彼の母に出会ってしまった。もう、会わずにいようと思っていたのに。
「ご無沙汰しております」
あたしはペコリと頭を下げた。
「命日でも無いのに……今日はどうしたの?」
暗に、今年は彼の命日に来なかったことを批難されている気がした。多分、本当はそんなつもりじゃないんだろうけど。
あたしは、もうこれっきりだと自分に言い聞かせて。彼女にも報告をすることにした。
「彼に……最後の報告をしに来たんです」
「最後の……?」
彼女は怪訝そうに、私を見つめた。
「ええ。彼の敵討ちが終わったことを」
不穏当な言葉に、彼女はギョッとした様子で。それでも、あたしが敵討ちなんてするとは信じられないみたいで、目を細めて話の続きを待っていた。
「……あたしが手を下した訳ではありません。あたしには、そんな力も……勇気もありませんでしたから。あたしの知り合いに……他の被害女性の遺族と……あの連中に知人を襲われそうになったところに駆けつけて、助け出した人が居るんです。彼らが、あの連中を全員、亡き者にしてくれました。あたしは、ただその報告をしに来たんです」
呆然とする彼女を残して、あたしは足早に立ち去った。




