23.夏休み(2)
三週目は遊佐さんの発案で、花火大会の見物をすることになった。
場所が学校からそう遠くなかったこともあり、学校の屋上から見ることにした。
学校自体は結構遅くまで部活動や課外で使われていたから、制服なら中に入るのは問題なく。さすがに屋上は開放されてはいなかったのだが、そこはこっそり忍び込んだ。
「へぇ……結構よく見えるんだな」
「綺麗……」
俺たちは特等席で、まったりと打ち上げ花火を見ていた。
花火も終盤になった頃、携帯が震えていることに気付いた。
土原さんからのメールだった。
俺たちが暫く無言だったことで何か怪しんでいるのか、などと暢気なことを考えながら開いて見て。思わず声を漏らしそうになった。
『最近、遊佐の兄の元仲間が次々に不慮の死を遂げていて。昨日、最後の一人が死んだ模様。注意されたし』
花火大会が終わって。
俺は松原と駅まで一緒に帰る予定だったが、急遽土原さんが迎えに来ることになったと話して、校門で別れた。
その後、俺は寮に戻ろうとする二人に向かって。悩んだ挙句、遊佐さんを呼び止めた。
一緒にいた高梨さんも怪訝そうに俺を見て。俺が、
「遊佐さんに話があるんだ」
と切り出しても、
「あの件だったら、私も聞きたい」
高梨さんは食いついて離さなかった。
遊佐さんも、既に高梨さんがある程度事情を知っていることを承知していたから、彼女の同席を拒まなかった。
遊佐さんは俺と二人きりになるのを嫌がるだろうから、俺も高梨さんの同席を受け入れた。
俺はどこで話そうかと思案して。屋上に戻ることにした。
「遊佐さんに……悪い知らせがあるんだ」
俺からこう切り出されて。彼女の動揺が手に取るように判った。
「まず、先に言っておくけど……今から話すことに、俺たちは何も噛んでいないし、俺たちが誰かに情報を漏らした事実も無いんだが……君のお兄さんの、昔の仲間が……最近、不慮の死を遂げているらしい」
初めは、俺が何を言っているのか判らないみたいだったが、それが何を意味しているのか思い至った様子で。彼女はガクガク震えて、床にへたり込んだ。
「そんな……どうして……?」
「死因とかは聞いてないけど……多分、事故か何かなんだろうけど、特定の人間たちが次々に死んでいるという事実は……恐らくそういうことなんだと思う。昨日、最後の一人が亡くなったらしい。全部で何人居たのか、俺は知らないけど」
遊佐さんは愕然とした様子で俺を見ていたのだが。
「八人居たよ」
昇降口から突然声を掛けられて、遊佐さんはひっくり返りそうになった。
俺も、驚いた。いつの間にか、剛志先輩がそこに立っていたのだ。
「榊。連中は全部で十一人居たんだ。そして、お前が殺した三人を除いた八人が、のうのうと生きていやがった。だから、死んでもらった」
彼は淡々と、恐ろしい事実を告げた。
「……嫌……」
遊佐さんは、その場から動けずにいて。
高梨さんは、剛志先輩に気押されたみたいで、フェンスまで後ずさりしていた。
「剛志先輩……これから何をするつもりですか?」
俺は剛志先輩から遊佐さんを庇うように、遊佐さんの前に立った。
「知れたこと。そいつには、皐と同じ目に遭ってもらう」
自殺してしまった剛志先輩の妹と同じ目に。
それを理解して、遊佐さんは声にならない悲鳴を上げた。
「止めて下さい! 遊佐さんには……あなたの妹さんに対して罪は無いじゃないですか!」
そう。あれは遊佐さんの預かり知らないところで、彼女の兄がしでかしたことで。彼女に罪は無いのだ。
「見解の相違だな。まぁ、お前ならそう言うだろうとは思っていたけどな。俺に情報をくれたやつも、お前と同意見だったが、俺は違う。罪の有無の話なら……皐にはどんな罪があったと言うんだ?」
そう言われてしまうと、俺にも強く反論は出来なかった。だけど、
「それでも……あなたは……皐さんに、自分の兄が自分を襲った連中と同類だったなんて、思われたいんですか!?」
被害者が、加害者以外に対してまで報復を望むとも思えなかった。
「俺は、連中とは違う! 罪に対して相応の罰で贖わせる。ただ、それだけだ」
復讐と言う名の狂気に彼は呑まれていて。最早説得など出来る気はしなかった。
俺では彼を止められないだろう。彼我の力の差は認識していた。彼が俺に対して害意を持っているとは思わなかったが、それでも邪魔をすれば容赦はしないだろう。
それでも、俺は。それを承知した上で、彼に近付いて。彼の前に立ちはだかった。
「残念だな……復讐の一端を担ってくれたお前のことを、傷つけたくは無かったんだがな」
彼は構えを取って。じわじわと俺に近付いてきた。
俺も、構えて。彼の出方を待った。リーチは向こうの方が長い。間合いを見極めて、動かなければ。
などと思っていたら。
ゆらり、と彼の体が揺れたかと思うと。唐突に、視界から消えた。
──この動きは!?
俺は反射的に、右に飛んだ。
動きが追えた訳では無かった。ただ、土原さんのところで俺に色々教えてくれる教官から、こんなトリッキーな高速移動で何度も翻弄されていたから。その経験からの判断だった。
直後、左から彼の手刀が空を切った。
彼に向き直って。俺は一歩下がって、構え直した。
「やるな。初見でかわされるとは思わなかったぞ」
彼は脱力したように、構えを解いた。
そして、チラと遊佐さんの方に目をやった。
それは、俺を誘っているのだろう。かわしてばかりなら、俺に構わず遊佐さんを襲う、と。
それが判っていても、それに乗らない訳にもいかず。
彼や教官の様な動きが出来る訳じゃなかったが、それでも左右に体を振りながら、ジグザグに彼に突撃した。
そして、彼の目の前で横に飛んで、体を沈めて。両足を刈るように蹴りを繰り出した。
だが。
彼はそれに反応して、ふわりと体を浮かせて。そのまま俺に飛び掛ってきたところで──突然、バチバチと電気が爆ぜるような音が響いた。
「──ぐわああぁ!?」
彼は野太く悲鳴を上げた。
そのまま彼に圧し掛かられて、身動きが取れなくなってしまう。
「……遊佐さん……」
俺の視界に、遊佐さんが映った。
彼女は、冷たく俺たちを見ていて。その右手には、拳銃の様な物が握られていた。
「……き……さま……」
剛志先輩は、遊佐さんを睨んで。体を起こそうとしたが。
──バチバチバチッ!
「ぐおっ……」
彼は体をビクンと痙攣させた。
恐らくだが。遊佐さんが手にしているのは、射出型のスタンガンなのだろう。
その後も、何度も電流を流して。
その度に剛志先輩は痙攣して。そのうち彼は失神してしまった。
国内で販売されているスタンガンは、人を失神させるほど強くは無いと聞いた覚えがあったのだが。そもそも射出型自体、国内で売られているのかも知らないが。
「遊佐さん……止めるんだ」
俺は剛志先輩の体を押しのけて。起き上がろうとしたところで、
──バチバチバチ!
間近で音が聞こえたかと思うと、強いショックを受けた。
「かはっ……」
思わず声が漏れて。そして、地面に突っ伏してしまった。体に力が入らない。
どうにか顔を向けると。遊佐さんの左手には、普通のスタンガンが握られていて。彼女は、静かに涙を流していた。
「もう……こんなの耐えられない」
「遊佐さん……」
「どうして……こんなことになるのよ……私はただ、兄や好きだった人の潔白を証明して欲しかっただけなのに……」
彼女は、現実が、自分が望んだものと違っていたことに、ただ苦しんでいたのか。
「あなたが兄たちを殺さなければ……私はまだ夢を見ていられたのに……」
真実を知りたがっていたのは彼女だったから、さすがにそこには文句は言わなかったが。それでもそれは、自分勝手な望みでしかない。
「それでも……誰かが止めなければいけなかったんだ」
あれ以上、あの連中の暴挙を赦すわけにはいかなかった。いや、それは綺麗事か。単に俺が、あいつらをどうにかしたかっただけで。明確な殺意があった訳では無かったが、殺さないような留意も一切しなかったのだ。
「だったら! 兄たちが罪を犯す前に止めてきてよ! あなたには、過去を変える力があるんでしょう!?」
遊佐さんは、俺たちが土原さんの家で交わした会話を理解していたのか。
「それは……無理なんだよ。俺が過去に戻れたのは……そう望んだ訳でも、俺の力でも無いんだ。ただ、そういう現象に巻き込まれて……否応無しに起こった出来事でしかなかったんだ」
あれは、望んで出来たことでは無く。神林さんの力だったが、彼女にもコントロール出来た訳では無かった。ただ発生したその現象に巻き込まれて、俺はその中でやりたいようにやって来ただけでしかなかった。
「そう……それなら、もう終わりにしましょう……私は……あの人があんな人間だったとは知らなかったけれど……それでも好きだったのよ。好きな人を殺したあなたを……私は赦してはいけないのでしょう?」
彼女が言っているのは、あのとき土原さんに見せられた動画に出てきた内田とかいう男のことなのだろう。俺が殺した男の一人。
そして、俺のたとえ話になぞらえて、俺を殺すつもりなのか。
「それなら──」
唐突に、遊佐さんの背後に高梨さんが姿を見せた。そして、遊佐さんの左手を掴んで、無理やり彼女の体に押し当てて、スタンガンのスイッチを押した。
「きゃああっ……!?」
遊佐さんは悲鳴を上げて。膝を突いて、そして前に倒れた。
「高梨さん……?」
高梨さんは、遊佐さんを侮蔑の目で見下ろしながら、彼女の体を足で仰向けにひっくり返した。
「みゆき……どうして……?」
「仁美……私は……あなたがただの遺族で……あなたの兄たちの行為を悔いてさえくれれば、あなたを赦すつもりだったのよ……」
高梨さんのその冷たい表情には見覚えがあった。彼女が遊佐さんから色々事情を聞きだしていた頃に見せた、あの冷酷な顔。
「高梨さん……剛志先輩に教えたのは、君だったのか……」
「ええ、そうよ。私は、仁美のことは赦すつもりだったけれど。それでも、被害者面してあなたのことを責めるのは赦せなかったのよ」
高梨さんは奪ったスタンガンを遊佐さんに押し付けて、もう一度電流を流した。
「ひぎぃっ……」
「仁美? あなた、好きだった人のための復讐をするつもりだと言っていたけれど。復讐するなら、加害者よりも被害者の方が先でしょう? 常識的に考えて」
高梨さんは、悲しげな笑みを浮かべた。
「私が愛した男は……あなたのお兄さんたちに殺されたのよ。彼の妹さんが、あなたのお兄さんたちにレイプされて、脅迫されていることを知って。それを止めようとして、返り討ちにあったのよ。──それでも、私はあなたを赦すつもりだったのに!」
遊佐さんは苦しげに呻く。
「でも、それは……殺したのは私じゃないから……榊君は、わたしが好きだったあの人を殺したのだから……みゆきとは事情が違うじゃない……」
「あら……それなら、こういう理由ならどうかしら? 私が今現在愛している榊君を、あなたが殺そうとしたから、私は彼を守るためにあなたを殺すの。──それなら文句は無いでしょう!?」
高梨さんは、再び電流を流した。
「あがっ……」
遊佐さんは短く痙攣して、力なく横を向いた。
高梨さんは、スタンガンを左手に持ち替えて。そして、右手でポケットから折りたたみナイフを取り出した。
俺は、そのときどうにか動けるまでに回復出来て。ふらつきながらも高梨さんのところまで辿り着いて。そして、彼女を背後から抱きしめた。
「もう、止めて下さい……」
高梨さんの先ほどの言葉は、遊佐さんを言い負かすための方便なんだろうけど。それでも俺は、彼女にそんなことをさせたくは無かった。
そして、やはり遊佐さんのことも救いたかった。
「榊君は……どうしてそう、善良なのよ……善良すぎて、自分の命を狙う相手すら、死なせたくないのね……」
彼女がそう呟いて。いつぞやの土原さんの言葉を思い出した。
「違う……俺は……善良なんかじゃ無いんだ……ただ……わがままなんだよ。これ以上、俺の周りで……誰かが死んだり、辛い思いをしたりするのが嫌なだけなんだ……」
そう。俺は、自分のことを善良だなんて思ったことは一度も無かった。本当に、今言った言葉通りでしか無かったのだ。
俺の言葉に、高梨さんは息を呑んだ。そして、ナイフとスタンガンを床に落として。抱きしめる俺の手に、その手を添えた。
その時。
唐突に、背後で何かがぶつかる音がして。
振り向くと、剛志先輩がゆっくりと倒れるところだった。
いつの間にか、彼は回復していて。俺たちに襲い掛かろうとしていたみたいだった。
微かな音と風を感じて、横を見ると。
土原さんが銃らしきものを構えてそこに居た。
「えっ?」
空中の筈のそこには。音を立てずにヘリコプターがその場でホバリングしていたのだった。
「……無音ヘリとか、どこの特殊部隊だよ」
その後。
俺たちは、病院の処置室の前で呆然としていた。
遊佐さんにはどうやら心臓の疾患があるらしくて。スタンガンが原因かは判らなかったが、あのとき発作が起きていたのだ。
俺たちは暫くそのことに気付かずにいて。そのため、手当てが遅れてしまっていた。
土原さんのヘリに積んであったAEDでどうにか回復できて。そのままヘリを使って、土原家の息が掛かった病院へ運んだのだった。
「仁美……」
高梨さんは、心配そうに俯いていた。
遊佐さんにナイフを向けた彼女だったが、意図せず死なせたくは無かったのだ。
やがて、医師が出てきた。
「ここにくるまでの処置が良かったのか、経過時間の割に容態は安定しています。後遺症に関しては、経過観察してみなければはっきりしたことは言えませんが、おそらく問題無いでしょう」
そう報告を受けて。
俺は安堵のため息を吐いた。
「よかった……」
高梨さんは、涙を流しながら俺に抱きついたのだった。
「こほん」
土原さんのわざとらしい咳払いが聞こえて。振り向くと、いつの間にか土原さんが戻ってきていた。
遊佐さんを運び込んだときは、久瀬さんだけ残って手続きをしていて。土原さんはどこかへ行っていたのだ。
土原さんの後ろには、楠見さんの姿もあって。俺たちをジト目で睨んでいた。
高梨さんはと言うと。
俺に抱きついている状態のまま、彼女らを見て。俺の顔を見て。そして、ニヤリと笑ったかと思うと、抱きついた手に一層力を込めて、胸に顔を埋めたのだった。
「あ~あ……。やっぱりこうなっちゃうのね」
楠見さんは呆れた様に、ため息を吐いた。
俺は彼女がどこまで事情を知っているのか不安に思ったのだが、土原さんがスマホを振って見せたので、あの場での会話も聞いたのだと理解した。
だけど今は、とりあえずそれを無視しておく。
「土原さん……剛志先輩はどうなりましたか?」
俺の問いに、土原さんは肩を竦めた。
「あの男、頑強に出来てるわね。遊佐が使っていた射出型のスタンガンは、国内では販売されない強力なものだったのだけど。あんなものを何度も食らって、直ぐに動けたんですもの。私が撃ったゴム弾を受けて気絶したけど、それも直ぐに回復したわよ。拘束してあるから、話をしに行きましょう」
土原さんの家ではなく、どこかの施設に案内された。
俺と高梨さんの二人だけで、彼が入れられている部屋に入った。そこは、六畳ぐらいの部屋で、中央にテーブルが固定されていて。他にはボール状の椅子がいくつか転がっているだけだった。
剛志先輩は後ろ手に拘束されていて。ボールの一つに憮然として座っていた。
「……あの女はどうした?」
彼は獰猛な目で俺を睨んだ。
『彼女なら。病院に運んで、今は安静にしているわ』
テーブルに内蔵されたスピーカーから、土原さんの声が聞こえてきた。
「くそっ……。お前ら、俺をどうするつもりだ?」
今のところ、抵抗する意思は無さそうだが、それでも諦めた風でも無かった。
『それは……そこにいる智哉たちに任せるわ』
突然こっちに話を振られて。俺は高梨さんと顔を見合わせた。
高梨さんは一言「任せる」とだけ呟いた。
俺は、剛志先輩をどうこうするつもりは無かった。
「剛志先輩が……遊佐さんのことを……罪を犯した当人たち以外の人を赦すと、もう危害を加えないと約束してくれるなら。このまま開放して貰って構いません」
『だ、そうですよ。どうします?』
「その約束は出来ん……もし違えたら、俺を殺すか?」
『そのときは……あなたのご家族に贖ってもらいましょうか』
剛志先輩は勢いよく立ち上がって。
「どうして、そこまでしてあの女のことを庇う? お前らにとっても、あの女は敵でしか無いのだろう!?」
『智哉が……これ以上の復讐は望まないからよ』
土原さんの言葉を受けて。彼は俺を見据えた。
両手を拘束されてはいたが。その状態でも、彼は俺を人質に取れると思っているのか。
だが、土原さんが先に制した。
『先に言っておくけど。智哉を人質にとっても、私は交渉には応じないから』
「……何故だ?」
行動を読まれたことよりも。言い渡された事実の方に驚いている様子だった。
『それが……智哉との約束だからよ。智哉が、私の傍にいてくれるための条件として、唯一つ私に提示したのが……智哉が人質にとられても、一切交渉に応じないこと、というものだったのよ』
俺は肩を竦めて見せた。
隣で高梨さんが、驚いた様子で俺を見た。
剛志先輩は、目を丸くして俺を見て。そして、唐突に大声で笑い出した。
「……ったく。お前には敵わんよ。どんだけ善良なんだよお前は……」
彼も、俺に対してそんな言葉を使うのか。
「俺は、善良なんかじゃ無いですよ。ただ、わがままなだけで……」
俺は高梨さんに説明した内容を繰り返していた。
「まあ、いいさ。俺の復讐はここで終わりでも……。それで、俺のことは……警察に突き出さないのか?」
今更ながら、彼は普通の人の対応を思い出したみたいだった。
『どうして? 私たちの与り知らないところで、殺されるべくして殺された屑どものことを、私たちが何か気にする必要は無いでしょう?』
あっさり言ってのける土原さんに、
「ちげえねぇや」
剛志先輩は呆れた様に笑みを零した。
翌朝には、遊佐さんはすっかり元気になっていた。それでも、検査のために暫く入院することにはなったのだが。
彼女の両親は夜のうちに一度来ていて。父親は夜半のうちに戻ったらしい。母親は朝まで付き添って、遊佐さんが元気そうにしているのを見届けて、一旦家に戻ると言い残して帰って行った。
俺が現れても母親の前では動揺を見せなかった彼女だったが、二人きりになると何やら覚悟を決めた様子で俺を睨んだ。
「私をどうするつもり?」
自分が病院に運ばれて手当てをされている意味を、彼女は理解しているのだろうか。
「遊佐さんが……何もせず、何も知らない振りをして、これまで通りに俺のクラスメイトとして……高梨さんの友達として過ごしてくれるなら……俺たちは遊佐さんに何ら危害を加えないし、誰からも加えさせないつもりだ」
遊佐さんは俺の言葉をどう受け取ったのか、暫く俺を冷たい目で見つめた。
「それを……私に信じろと?」
彼女の問いに、俺は黙って頷いた。
「……これまでの、榊君の言動が……全て一貫していることは理解しているつもりよ。でもね。──どうしてそんなことをするのか理解出来ないのよ!?」
どうして、か。明確な理由なんて、無い。ただ、俺がそうありたいと望んだだけだ。
そんな説明では彼女は納得しないんだろうな、などと考えていると、唐突に病室のドアが開いた。
「──榊君が善良だからに決まってるでしょ」
そこに、高梨さんと剛志先輩が現れて。遊佐さんは、自分の命を狙った相手の姿に、体を竦めた。
「心配しないでよ。私は元々、仁美が何もしなかったら、あなたに危害を加えるつもりなんて無かったのだから。それとも、まだ榊君の命を狙っているの?」
高梨さんの言葉に、遊佐さんは安心したように首を振った。
「……でも……剛志先輩は……私が無事でいることを赦さないんでしょう?」
彼女は剛志先輩を見て。
剛志先輩は肩を竦めた。
「俺は……もう何もする気は無いさ……最早、何もかもがバカらしくなった」
遊佐さんは不審そうに剛志先輩を見つめた。
「俺も、お前が榊たちに何もしないなら、もう何もしないと言ってるんだよ」
「……今更脅迫なんてしなくても。十分に恐怖を植えつけられましたから、もう私には何も出来ませんよ」
遊佐さんはため息を吐いた。
剛志先輩は彼女の様子を見て。
「榊よ、お前は何でこんな女のことを、その身を挺してまで守る気になれるんだ?」
彼は大きくため息を吐いた。
「逆だよ。俺が、脅迫されてんだって。俺がお前に危害を加えたら、土原が俺の両親に贖わせると──ばかばかしいにも程があるだろう?」
遊佐さんは、最初彼が何を言っているのか理解出来ない様子で。やがて、不思議なものを見るような目で俺と剛志先輩を見比べた。
「お前が俺のことを信用できないのは判るが、榊のことを信じないのは罰が当たるぞ。こいつは、俺から人質にとられることも厭わず、俺の前にその身を晒してお前を襲わないよう説得し続けた、善良な男なんだぞ」
「そんな、大した話じゃないんですよ」
俺のことを大げさに言われて。実際はそうではない事を自覚していたから、即座に否定した。
「善良とかじゃなくて……俺は……遊佐さんのお兄さんたちを殺してしまったから……その罪悪感を拭いたいだけで……」
「そう思うこと自体、榊君が善良である証左でしょ?」
高梨さんに肩を叩かれるが、とてもそんな風には思えなかった。
そんな俺たちのやり取りを見て。
「是非も無し、か……」
遊佐さんはため息混じりに呟いたのだった。




