閑話4.遊佐
心室細動の後遺症は、何も確認されず。無事、退院することができた。
この病院は土原家の息が掛かっているらしい。榊君の彼女が手を回してくれたらしく検査とかも優先的にやって貰えたみたいで。そして、退院に際して会計を済ませようとした母は、費用すら請求されずにいて、驚いていた。
「……何がどうなってるのか、さっぱりだわ」
父の運転する車の中で。母は、微妙な顔でそう漏らした。
今の件だけではなく。最近の私を取り巻く色んなものに対しての感想なのだろう。
「色々あったのよ」
私はそう言うほかなかった。
母は私の顔を見て。
「ところで。見舞いに来てた同級生って、あなたの彼氏?」
気を取り直したみたいで、ニヤニヤしながら私にそれを問う。
父は運転しながら派手に咽て。車が左右にふらついた。
私はと言うと。そういう誤解を受けていそうだと意識していたから、あまり慌てなかったのだけど。
「違うわよ」
やっぱりそう思われていたんだと知って、ため息を吐いてしまった。
母は、意外そうに片眉を上げた。
「あら、そうなの? あなたが倒れたときも、学校の屋上で一緒に花火大会を見ていたって言ってたし。朝から見舞いにも来てたからてっきり──」
「なんでも無いって。榊君はただ……善良なだけよ」
みゆきに言われたからじゃないけど。彼の言動と私の言動を照らし合わせて見て、そう思うようになったのだ。
母は私が何を言っているのか判らないって顔で。続きを待っていた。
「彼は……私から殺されかけたのに、それでも私の命を守ろうとしてくれているの」
暫し沈黙の後。父は慌てた様子で、通りがかったコンビニの駐車場に車を突っ込んだ。
「どういう……ことだい?」
父が振り返って、私に問う。
母は呆然として、私を見ていた。
「お父さん……兄さんがどうして殺されたのか、知ってる?」
唐突に兄の話を持ち出されて、父が怯んだのが判った。
「……やっぱり、知っていたのね……」
「いや、具体的に知っている訳じゃないんだ。ただ、あれが悪い連中とつるんで、よからぬことをしていたらしいとは聞いている」
父は神妙な顔で。それでも具体的な話は避けた。どうやら、母は知らなかったらしくて。私たちの会話に、ショックを受けているみたいだった。
「お母さん……兄さんは……内田さんや他の仲間と一緒に……罪も無い女性たちを何人もレイプして、脅迫していたの」
「うそ……」
母は愕然として。父は難しい顔で私を見ていた。
今更、そんな話を聞かせるべきではないのかも知れないけれど。それでも、私自身の罪を告白する意味もあって、両親には聞いて欲しかった。
「私はそれが信じられなくて。自分なりに調べて、それを否定して。兄さんを殺した相手のことを調べていたのだけど……被害女性は七人もいて、そのうち四人は自殺に追い込まれているんだって……兄さんを殺した当人たちから事情を聞かされたの」
「……えっ!?」
当人たち、という言葉に、二人はギョッとした様子。
「榊君は……親しくしていた女性が、兄さんたちにレイプされて……そして、彼の目の前で自殺されてしまったの」
この話は、今のこの時間軸では無かった事らしいけど。彼にとっては現実だったから、そのことを話した。
「そしてまた……榊君の女友達がレイプされそうになって……その場に駆けつけた彼が、手加減する理由は無かったのよ」
「あの人が……殺したの?」
母は信じられない様子で。だけど私に頷かれて、愕然としていた。
「その彼が、どうしてお前の命を守ろうとする?」
私自身、未だに半信半疑なのに。父の疑問も尤もな話だった。
「彼が……善良だから、なんでしょうね。何の偶然か、私の周りに……兄さんたちにレイプされて、自殺してしまった女性の遺族やその関係者が集まって来ていたの。みゆきのこと、覚えてる? 以前うちに遊びに来てくれた、高梨みゆき。つい最近までは、みゆきも……恋人を殺した犯人が、私の兄さんたちだったとは知らなかったみたいなんだけどね。彼女の元彼の妹が、兄さんたちにレイプされて、脅迫されていたらしくて。妹を助けようと駆けつけて、兄さんたちから返り討ちに遭って殺されてしまったのよ」
母は大きく目を開いて。その目に涙を浮かべた。母は、みゆきとは何度も会っていて。彼女のことをすごく気に入っていたのだ。
「そして、学校には他の被害女性の遺族も居て……私が榊君のことを嗅ぎつけて、学校で兄さんたちのことを漏らしてしまったせいで、その遺族にバレてしまったの。その人は……兄さんの仲間の生き残りを全員始末した後、私のことを被害女性と同じ目に遭わせるんだって、襲ってきて。榊君はそんな相手からも、私を守ろうとしてくれたのよ」
「そんなことが……」
父は心配した様子で、だけど私の身に何も起きていないことに安堵した様子で、複雑そうに私を見つめていた。
「それなのに私は……その榊君を殺そうとしたの。スタンガンを使って、襲ってきた遺族と榊君の両方を動けなくして……。だけど、みゆきはそれが許せなかったみたいで、私からスタンガンを取り上げて、私に使ったの。みゆきは……私がただの遺族で、兄の罪を悔いているのなら私を赦すつもりだったみたいなんだけど……加害者側の私が復讐することは赦せないって……それで、みゆきは私を殺そうとしたんだけど……榊君はそれすらも止めてくれたのよ」
みゆきが殺意を顕にしたとき、私は既に意識を失っていたけど。見舞いに来てくれた当人から、そのことを打ち明けられたのだった。
母は、私とみゆきがそんなことをしていたことがショックだったみたいで。涙を流しながら、力なくシートにもたれ掛かった。
「……それで。彼らは、これからどうする、と?」
父は私の言動を受け入れて。何やら覚悟を決めた様子だった。
「……何も。私が、もう兄さんたちのことを忘れて。何もせず、何も知らない振りをしてさえいるなら。これまで通り、榊君のクラスメイトとして、みゆきの友達として過ごすなら。私には何ら危害を加えないし、誰からも加えさせないって。そう言ってくれているのよ。私なんか、彼に守ってもらう資格なんて無いのにね。彼は私を襲ってきた遺族に対しても、脅迫までして何もしないように約束させたのよ」
私の返事に父は呆然としていて。
母は、涙を流しながら、
「どうして……彼はそこまで……?」
再度、それを問う。やはり、善良だから、の一言では信じられないみたいだった。彼と何度も言葉を交わした私だってそうなのだ。状況だけ聞いても、とても信じられる話では無いだろう。
だけど、私にも他に言い様が無かった。
「言ったでしょう? 彼が、善良だから、なんでしょうねって。私自身、信じ難いことだけど……彼は、加害者当人以外には傷ついて欲しくないみたいなのよ。それが、自分の大切な人を死に追いやった相手の妹ですらも。みゆきも……彼の意向に従うと言ってくれているから……まだ私と友達でいてくれるって。そう言っていたわ」
私の説明に、母は手で顔を覆って俯いて、肩を震わせながら嗚咽を漏らして。
父も、涙を浮かべていた。
「私は……私たちは、その彼に会って、謝罪すべきなんだろう。だけど、会わせる顔が無い……」
「彼は、そんなことは気にしない人みたいだから。彼には、私が……私に何が出来るか判らないけど、必ず償わさせてもらうから、気にしないで」
彼が、私のことを受け入れてくれるとは思ってもいないけれど。それでも、私は彼のために何かしなければと思っていた。
蛇足だったでしょうか……




