8.繰り返す悪夢(3)
それ以降、俺は呆然と過ごす様になった。
速水さんも那須さんも、無理に俺に話しかけようとはせず、暖かく見守ってくれていた。
そんな俺だったが、土原さんの事故についてはずっと意識していた。
土原さんに特別な感情を抱いていた訳ではない。ただ、偶発的な事故でクラスメイトがあんな目に遭うという事実が単に気に食わなくて。そして、これ以上身近に死を感じたくはなかった。
いや、音葉と楠見さんを助けられなかったことに負い目を感じていて、それを払拭したくて土原さんを助けたいと思っているだけかもしれない。
とにかく、俺は土原さんのことを放置する気はなかった。
ただ、事故の場所や日時についてははっきりしていたが、事故そのものについて具体的には聞いておらず。それに、そんなことを土原さんに言っても信じて貰える筈も無い。俺は彼女に具体的な忠告らしいことは出来ずにいた。
事故の当日。
「土原さん、ちょっといいかな?」
放課後、下校しようとする土原さんを呼び止めた。単純に、ここで時間を稼いで、事故に遭うタイミングからずらすつもりだった。
最近は誰とも話をせず、ただ一人でひっそりと過ごしていた俺がそんな風に声を掛けたことに、教室中がざわついた。
妙に目立ってしまったことを気にしてか、彼女は俺を教室から連れ出して、そのまま中庭まで連れて行かれた。
「何かしら? 私、約束があるんだけど」
彼女は困惑している様子だった。
彼女に何て言おうか迷ったが、内容は暈しつつも素直に危険を告げることにした。
「実は……嫌な予感がするんだ」
俺が何を言っているのか判らない様子で、彼女はただ首を傾げる。
「土原さんに……危険が迫っている、という予感が。それも、今日」
不吉なことを言われて、彼女は片眉を上げた。構わず話を続ける。
「出来れば、今日は七条町の喫茶店には行かないで欲しい」
前回、彼女は七条町にある、とあるマンションの一階で営業している喫茶店に向かう途中、山菱デパートの西側を通って、そこで事故に遭ったと聞いていた。
「なっ……なんで!?」
彼女が何処に行こうとしているかを俺が言い当てたことに驚いた様子で。彼女は俺を険しい目付きで睨んだ。
だが俺は、それを気にすることも無く。
そして本題を告げた。
「駄目なら……せめて十五分でいいから、予定の時間より遅く行って欲しい」
結果的に、彼女は俺の申し出を聞き入れてくれた。待ち合わせは十七時頃で、彼女は十六時半頃に学校を出るつもりだったらしいのだが、きっかり十五分、その予定をずらして、彼女は目的の場所に向かった。
現在時刻は十六時四十五分を過ぎている。事故の起きたのは十六時五十分頃だった筈。ここから山菱デパートまでなら、走っても五分では辿り着かないだろう。
それでも俺は、一抹の不安を感じて。彼女に少し遅れて、後を追うことにしたのだった。
俺からあんなことを言われたからか、彼女は周囲を気にしながら歩いていた。だから、こっそり尾行している俺は、あまり近寄れず。少し離れて後を追うしかなかった。
山菱デパートの近くまで来て。
俺は愕然とした。
事故が起きていないのだ。
前回、彼女があれほどの怪我を負う事故だったのだ。起きていれば、まだこの時間に痕跡が残らないほどに片付けられているとは思えなかった。
出来事には色んな要素が絡み合うのは判る。だが、今日の俺たちがその事故に影響を及ぼすなんてことには……思い当たる理由は一つしかなかった。
俺は即座に猛ダッシュした。周囲には何事も起きていない。だが上空に、異変を感じた。山菱デパートの屋上付近から、何かが落下してきているのだ。
俺は土原さんのところまでどうにか辿り着いて。彼女の背中を突き飛ばした。
「きゃあ!」
彼女が悲鳴を上げる。
俺は足を滑らせて、勢い余ってヘッドスライディング状態になる。
滑りながら、轟音と共に右足に激痛を感じて。少し遅れて、体の他の部位も痛みを訴え始めた。
俺は激痛に声も出せず。転がったまま動けずにいて。
「……榊君……?」
薄れゆく意識の中。土原さんの呟きが聞こえた気がした。
再び意識が戻ったとき、俺は病院のベッドで横になっていた。
既に外は暗く、病室も消灯されていたのだが、部屋の中に気配を感じた。
「くっ……」
体を動かそうとして、鈍い痛みに呻いてしまう。
「気がついたのね……」
俺はまだ頭がぼーっとしていて。
麻酔でも効いているのか、体が自由には動かせず、声がした方を見ることすら出来なかった。
「よかった……昨日からずっと意識が戻らなかったから心配していたのよ。あなたには色々と聞きたいことがあったから、意識が戻ってくれてよかったわ。……でも、今日は無理そうね。明日、また来るわ」
声の主は、そういい残して。病室から出て行く気配がした。
次の日には、もう俺の頭はすっきりしていて。自分の状態をきちんと把握することも出来た。
俺は一昨日、落下する鉄骨から土原さんを突き飛ばして守ることは出来たのだが、鉄骨が俺の右足を掠めたらしく。骨には異常はなかったが、筋肉が大きく裂けていた。それ以外にも、鉄骨の落下によって飛散した歩道の石材やらが体のあちこちに当たって、色んな箇所を傷つけていた。
その日のうちに手術は終わっていて、それからずっと眠っていたらしい。そして、暫くは安静にしている必要があった。
朝からお袋が来て、土原さんが入院の手配やら色々と俺の世話をしてくれたのだと教えてもらった。
そして、俺が元気そうにしている様子を見て安心したのか、昼過ぎには帰っていった。
夕方には担任が来た。
土原さんから事情を聞いたのだろう、
「今度は助けることが出来て、よかったね……」
微笑みながら、涙を流した。彼女には、音葉のときも楠見さんのときも、そのことで俺が泣いているのを見られていたから、俺に同情してくれているみたいだった。
そんなことを言われて、俺もつい涙ぐんでしまう。
担任から顔を背けて、涙を拭って。ふと病室のドアが開いていることに気付いた。
入り口には、土原さんが立っていた。
「あっ……変なこと言って、ごめんなさいね」
担任は慌てた様子で、土原さんの横をすり抜ける様に病室から出て行った。
「榊君……もう、起きてて大丈夫なの?」
俺がベッドを起こして、座っている様子を見て。土原さんは心配そうに目を眇めた。
「ああ。まだ、動き回るのは無理だけどさ。ベッドの上では元気だよ」
俺の言葉を受けて。土原さんは何か思いついた様子で、ニヤリと笑みを浮かべたのだが、何かを言いかけたものの、咳払いして黙ってしまった。
彼女は何を言いかけたのだろう?
やがて、気を取り直した様にまじめな顔になった。
「本当は……今日、あなたから話を聞かせて貰おうと思っていたんだけど……」
土原さんは言い澱む。そして、入り口の方を目で追う様に見た。飛び出して行った担任の様子が気になったのだろうか。妙な誤解を与えてなければいいのだが。
そう言えば。昨日、そんなことを言い残したのはやはり土原さんだったのか。
「もう少し、裏を取ってからにするわ。あなたの人となりについて、ね」
言い残して、土原さんも病室を後にした。
次の日は土曜日だったからか、土原さんは昼過ぎに病室へ現れた。
「今、大丈夫かな?」
話がしたい、それもそれなりに長く、ということなのだろう。
特に検査などの予定は言われて無かったから、俺は頷いた。
「あなたは……何を知っているの?」
単刀直入にあの事故のことを指して言っているのだろう。
俺は正直に話すことにした。
「俺は……あの日、土原さんが……何事もなければ十六時五十分頃に、何らかの事故に遭って……大怪我をすることを……知っていたんだ」
端的に、自分の経験を話す。ただ、これでは意味が判らないだろうな。
彼女は黙って続きを待っていた。
「俺は……何て言えばいいのか判らないんだが……変化する未来を垣間見た、とでも言えばいいんだろうか。三年の始業式から、クリスマスイブまでの間の出来事を、一度見ているんだよ……だから、その間に起きる事故や事件のことを……上っ面だけかもしれないけど、見知っているんだ。そして、俺が何かをするか、逆にしないことを選択することで、未来は変わるみたいなんだよ。だから、土原さんのことも助けられるのなら助けたいと思ったんだ……」
土原さんは、俺のこんなトンデモ話を、真剣に聞いているみたいだった。そして、
「そっか」
あっさりと受け入れた。
俺は逆に面食らって、呆れ顔で彼女を見た。
「何、間抜けな顔をしているのよ? 担任から聞いたのよ。あなたが、三城谷さんの事故のときも、楠見さんが自殺するときも、事前にそのことを知っていたかの様にその場に駆けつけて。まるで彼女らの死が自分のせいであるかのように、彼女らを助けられなかったと泣き崩れていたって」
彼女は悲しげに目を伏せた。彼女も、俺に同情してくれているのか。
そして、俺が言ったことを受けて、何やら思案していた。
「私の話に戻すけど。つまり……私が蒙った事故は……時間をずらしても、私の動向に合わせて起きてしまったと言うのね、あなたは」
彼女も、俺が思い当たったことに気付いたらしい。
「ああ。あれは、作為的に引き起こされたものだと思う。土原さんには、その心当たりはあるの?」
俺の問いに、彼女は不敵に笑った。
「──結構、あるわね。でも、特定しないとどうしようもないかな。私、心当たりを探って見ることにするわ。情報ありがとうね」
彼女は意気揚々と、病室から出て行ったのだった。
俺の病室は、病院の正門側に面していて。ロータリーから正門の方に歩く土原さんに気付いて、彼女を見送っていた。
やがて、彼女が正門に辿り着く頃。病院の塀の向こう側で、タンクローリーが不自然な動きをするのに気付いた。何かに引っかかったかの様に、大きく曲がろうとして。速度が出ていたみたいで、普通には曲がれず、タンクが横転して。正門の近くにいた人々をなぎ払うように巻き込んで。そして、爆発した。
どう考えても、土原さんがアレを逃れられたとは思えず。
俺は、その事実をゆっくりと噛み締めて。
「うわあああああああああああああああ!!」
気がついたら叫んでいた。
気が狂いそうだった。
結局俺は、誰一人助けることが出来なかったのだ。
誰か教えてくれ……俺の周りで、一体何が起きているんだ!?




