閑話2.担任
※担任視点です。
彼の見舞いの後。今日の仕事は終わらせていたので、途中のコンビニで買い物をした後、そのまま帰宅した。
気力が湧かなかったから、コンビニの惣菜パンと紅茶だけで晩御飯を済ませる。
TVも点けずに暫く呆然としていたが、耐えられなくなって冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
ちびちびと半分ほど飲んだあたりで、酔いのためか、思考が加速する。実はあまり酒に強くはなかった。
彼のことが頭をめぐる。
ふと、思う。
彼の眼には、いったい何が映っているのだろうかと。
今年度になって、初めて彼の担任になったのだが、彼については──何を考えているのかよく判らないというのが正直なところだ。
HRでも授業でも、いつも呆然としていて、教師の話もろくに聞いていない。授業中に指され、よく聞いていなかったと謝罪しているのだ。そのくせ、設問を再度説明されれば、ちゃんと正解を答える。授業を聞いていない以外に態度も悪くはなく、なんとも教師泣かせな生徒だった。
テストの成績も結構よく、単に頭はよいが対人スキルに問題があるだけの生徒だと思っていたのだが。後々、彼の異常性に気付くことになる。
五月にあった、クラスの三城谷さんの事故。それが発生する前に彼が行動を起こしたらしいことは、後からの聴取でもはっきりしている。彼は、事故が発生する前に校舎から上履きのまま飛び出したのだ。
どうしてそれが出来たのかは、彼ははっきりとは言わなかった。ただ、『判っていたのに』とか『助けられなかった』などと、譫言のように繰り返していた。
誰かが救急車を呼んでいたらしく、私が事故を知って駆け付けてすぐ、救急車が到着した。
彼は三城谷さんにしがみついていて。救急隊員の邪魔にならないよう、私が引き剥がした。
本当なら、私は救急車に同乗して行くべきだったのだろう。だけど、状況の確認のためと、彼の様子が気になって、残ることにしたのだ。
彼と、周辺にいた他の生徒から事情を聴いた後。まだショックで呆然としている彼を、自宅まで送り届けることにした。
道中、彼はずっと後悔めいたことを呟いていたのだが、事情を聴いても何も答えてはくれなかった。
次の事件は、十月の楠見さんの自殺。
後から事情を聴いた範囲では、楠見さんの友人らは彼女が何かに悩んでいる様子だったとは証言したものの、事情を知っている者は誰もいなかった。家族も、当日に遺書を見つけるまでは何も知らなかったらしい。
それなのに。彼は、事件とは一切関わりがないにも関わらず、楠見さんが自殺する現場に駆けつけ、思いとどまるよう説得していたらしい。
そして、楠見さんの自殺を止められなかったと、かなり思い悩んでいた。それも、後を追いそうになるほどに。
それも無理からぬことか。三城谷さんの死後、彼はずっと楠見さんに慰められ、励まされていたらしい。その相手に、自分の目の前で死なれてしまったのだから。
幸い、彼が後を追うことはなかったのだが、彼の行動が他のクラスメイトたちに不信感を与えていたみたいで、クラスの一部の男子どもは彼のことを疫病神扱いしていたらしい。
そして今度は数日前。土原さんが事故に遭いそうになった。工事中のビルの屋上から鉄骨が落下するという大事故で、ちょうど土原さんはその場所に居合わせていたのだ。
だけど土原さんは、彼のおかげで擦り傷程度で済んだ。その代わりに、彼が右足に大けがを負うことになったのだが。
どうして、彼はその現場に居合わせたのか。
そのことについて、今日の見舞い時に聴こうと思っていたのだが、土原さんも見舞いに来たため、彼女には聞かせたくなくてそのまま帰って来てしまった。
──などと考えていると。インターフォンのチャイムが鳴った。
今時分に誰だろうかとモニターを見ると。先ほど病室で別れた土原さんが映っていた。
玄関先で話をするのもアレなので、家に入れる。
何か飲むか尋ねたが、「お構いなく」との返事だったので、そのまま部屋に案内した。
「夜分遅くにすみません。どうしても伺いたいことがありまして……」
事情を聴こうとしたが、先に言われた。
彼女が知りたいことなど、彼のこと以外にないだろう。
「今日、榊君の見舞いのとき、先生がおっしゃった『今度は助けることが出来て』とは、どういう意味なんですか?」
彼女は直球で質問を投げてきた。
やはり聞かれてしまっていたか。
生徒のプライベートなことを話すのは躊躇われたが、彼女は当事者でもあり、酔いも手伝ってか結局話すことにした。
先ほどまで思索していたことを、そのまま彼女に話した。
彼女は最後まで話を聞いて。疑問を口にすることもなく、「ありがとうございました」と礼を述べ、そのまま帰って行った。
***
翌日。私は土原さんに事情を話したことを、後悔することになった。
土原さんが、彼の見舞いの帰りに、交通事故で亡くなったのだ。
私の後悔は、彼女が亡くなったことに対して、ではなく。彼女を彼に近付けさせたことに対してだった。我ながら酷い。特定の生徒に対する依怙贔屓どころではなかった。
そうと自覚しても、止められなかった。
彼は病室から、土原さんの事故を見ていたらしい。そのとき彼の心中はいかばかりであったか。あんな目に遭ったのに、結局彼は土原さんを救えなかったのだ。
それが理解出来てしまったから。
彼に対して、もうどんな言葉を掛ければよいのか、何も思いつかなかった。




