第4章 正体①
その週の土曜日の夜。音環は駅前の居酒屋にいた。同級生が経営する居酒屋を貸し切りにして、同窓会の会場にしていた。
同級生は料理を持ってきては元のクラスメートとしゃべり、忙しく厨房に戻って行った。時折、幹事と仲の良かった人間が厨房に行っては出来上がった料理を運んでいた。
「あわただしくさせてごめんね」
と言う声が遠くから聞こえた。すると、オーナーである同級生は
「稼がせてもらって、かえって済まないね」
と答えながら、料理を運んでいた。
音環が席に着くと、隣の席の男から近況を聞かれた。銀行の合併のことを聞かれたのかと訝しんだが、そんなに付き合いのないやつだったことに気が付いて、適当にやり過ごした。
少し離れた女性のグループから、来なかった女性について話をしていた。出産予定日が近くて欠席だと聞かされ、驚きの声を上げていた。
……なんだ。小学校で仲が良くてもずっと仲がいいわけじゃないんだな。
音環は意外に思った。
それでも、久しぶりの邂逅に、話が尽きる様子はなかった。音環はあまり会話に参加せず耳だけそばだてていたが、それでもおおよそのクラスメートの近況は把握した。
「先生……お久しぶりです」
同窓会もだいぶ進み、座が崩れた頃、音環は担任の隣に座った。
「おお……音環か。門亜は?元気してるか?」
お酒でほんのりと赤い顔をした担任は、音環がビールを注ごうとするとコップを差し出した。
「はい。門亜はちょっと……ケガをしてしまって……。よろしく伝えてほしい、と言われました」
本当は……門亜はこういう場所には絶対来ないんだ。多分、先生も気づいているんだろうけど。
音環は急に喉がくっついたような気がした。
「仲良かったからなあ。音環と門亜は。音環が来て、門亜が生き生きとしたのを見てほっとしたんだよ」
担任の言葉に音環はびっくりした。
……先生からはそう見えていたのか。むしろ、俺は門亜に出会わなかったら、ここまで来れなかった。
そう、言葉が出そうになるのを音環は抑えた。
「そういえば……先生。もう1人俺たちと一緒にいたんですけど覚えてます?すべっタロー……隣のクラスの奴なんですけど……」
すべっタロー。その名前を聞いた途端、担任の顔が凍り付いたのを音環は見逃さなかった。
「最近まで一緒にいたんですけど、急に連絡が取れなくなってしまって……」
音環は担任の表情の変化に気づかないふりをしながら言った。目は担任の仕草を1つも逃さないよう見つめていた。
何か情報か……親戚関係が聞けたら御の字だ。
音環の言葉に、担任は沈黙した。しばらく担任は目を泳がせていたが、黙っていても仕方ない、と言うかのように大きく息を吐くと、そっと音環に言った。
「そうか……一緒に育っていたんだね」
懐かしむような、まるで自分に言い聞かせてているような声だった。
一緒に育っていた……とは?一緒に育つことのない存在だったということか?
音環の耳から、周りのざわめきが消えた。じっと耳を澄ませ、担任の次の言葉を待った。
担任は優しく、音環に言い聞かせるように言った。
「いいかい、音環。”彼”は昔から、それこそ私が教師になる前から、たまに現れてはクラスに紛れて小学校生活を送っていたんだ。
そして、ある程度たつと満足するのか、消えるんだ。その時は一緒にいた子たちの記憶からも消える。最近、全然見ないと思っていたが……」
担任の言葉に音環は耳を疑った。現れては消える?しかも、先生が教師になる前から?じゃあ、一体いつからいる存在なんだ?そして俺たちは消えても何で覚えているんだ?
驚いたまま声を出せないでいる音環に担任は続けた。
「音環たちといたから、小学校に現れなくなったのか……そして、記憶から消えないということは……きっと満足して帰ったんだろうね。彼が帰るべき場所へ」
担任は音環の目をじっと見ながら低くつぶやくように続けた。
「もう、休ませてやれ……すべっタローを……な」
音環は頭をがっくりと下げた。そして、カズヤから聞いたすべっタローの
『オレはもう、ここまで大きくなってしまったから、戻れない。もうじき生まれるから、そのうち会いに行く』
と言う言葉がよみがえってきた。
カズヤの話と先生の話は、色々と符合する。大きくならなければ戻るところがあった。そして消える存在。消えるときに記憶と痕跡を消す存在。少なくとも、俺たちの時も痕跡だけは消えた。
そして……。戻れないと言って、もうじき生まれると言った。就職直後の話だとしたら、もしかしたら、もう生まれているかもしれない。
今まで一緒にいた、すべっタロー、と言う人とはもう会うことが出来ないんだ。生まれ変わって出会ったとしても。
がっくりとうなだれた音環を、担任は優しく肩をたたいてつかんだ。
「とてもいい、仲間だったんだな……」
先生の声に、音環は何度もうなずいた。
読んでくださりありがとうございます。
第4章 正体です。
この章は4つに分かれます。
音環たちは、すべっタローを失いましたが、先生もまた、すべっタローを失ったんだなと思います。




