第3章 痕跡④
音環は事故、の言葉にドキリ、とした。何で、と言いかけたところで門亜の母は続けた。
違反車を緊急停止させ、その車の後ろにつけたところで、スマホ運転をしていた乗用車に追突されたらしい。
幸い、白バイから降りて違反者側の運転席に向かっているときに追突されたので、衝撃が少なかった、と母親は言った。
それでも、乗用車と接触した門亜は転倒し、利き腕を骨折した。頭を打ったわけではないので、天井を見つめたまま、と言うのは精神的なものではないか、と言うのが医者の見立てだった。
乗用車と停止車両の間に挟まれた白バイは大破した、と聞いたとき、事故の衝撃の大きさに音環は震えた。
会いに来てくれないか、と母親は言った。
何でこんな時に、事故に遭うのか……音環は戸惑った。すべっタローに引き続いて門亜も連れていかれるのか。
音環は恐怖した。その一方で、状況の割には比較的軽度のけがで済んだことに安堵した。すべっタローが守ってくれたのか?そんな気すら起きてきた。
面会の時間が夕方からと言うこともあり、仕事の帰りに向かう旨、門亜の母親に伝えた。そして、病院の場所を控え、定時で帰ると、上司に伝えた。
天井を見つめたまま動かない、なんて門亜の中で何があったんだ?会いに行って……俺を見ても反応しなかったら……本当に怖い。再び音環は恐怖した。
すべっタローの手掛かりがつかめれば、少しは良くなるのかな……。
音環はメールに来ていた、小学校の同窓会の案内を見た。クラスの同窓会だから、すべっタローを知っている奴も少ないだろうが……先生なら、覚えているだろう。
どう切り出したものか。さすがに、いなくなった、までは言えても……いや、小学校なら家庭訪問があるはずだ。
すべっタローの家に家庭訪問をしたことのある先生にたどり着ければ上々だ。
カズヤからは、あれから連絡がない。そして、すべっタローの連絡先が完全に消えて、つながるすべが無くなってしまった。
せめて、すべっタローのことを知りたい。痕跡が消えたって、今まで一緒にやってきたことは消えないのだから。
「門亜、入るよ」
音環は入口を軽くノックすると病室に入った。大部屋はふさがっていたとのことで、個室だった。
門亜は、ベッドに横たわったまま、天井を見つめていた。
電話で聞いた通り、身じろぎもせずただ1点を見つめていた。
音環はベッドの傍らにいた母親に軽く会釈をすると、枕元の小さなキャビネットに豆大福を置いた。
門亜の母親はそっと病室を出て行った。
「門亜、豆大福。もう、びっくりしたよ。けがはいいの?」
音環の声に、門亜は静かにうなずいた。
「きちんと食べてる?聞いたけど、事故に遭ったの数日前だって?」
門亜は再びうなずいた。
「慌てたから豆大福しか買ってこれなかったよ。何か欲しいものある?」
音環は傍らの椅子に腰を掛けた。すると、門亜はぼそっと言った。
「豚足」
その言葉を聞いた音環は噴き出した。個室だからって……ダメだろう。においが充満する。
音環が笑うのを見て、門亜はぼそぼそと続けた。
「あの時、食べ損ねたんだ。ドレス着に行っちゃったから。すべっタローが見つけた素敵なお店、どこだろうって」
一筋。門亜の目から涙がこぼれた。
「すべっタロー、空いている時間を素敵なお店を探すのに費やしている、って言ってたの聞き流しちゃったよ。もっと、どこを見つけたか聞いておけばよかった」
ホントだな……。音環は声にならない声でつぶやいた。
じわり。音環の目がかすかに潤んだ。慌てて、これ以上悲しみに引きずられないように、音環は軽い口調で言った。
「でもさ、豚足は退院したらな。袋にお店の名前書いてあったから、覚えてる。大丈夫だ。あの後ひどかったんだぜ。豚足のニンニクのニオイと、門亜の化粧水のニオイがリビングで混ざってさ。換気扇回してもなかなか出ていかないし、俺二日酔いだしで、散々」
音環は眉間にしわを寄せると、困った、と言う顔を作って言った。その顔を見た門亜はくすくすと笑いだした。そして
「あいたた……」
と肩を押さえながら笑い続けた。
「そう言えば、退院したらどうするの?確か門亜の母さん、今岩手に行ってるって言ってたよね」
音環は以前、門亜から父方の祖母の介護で仕事をやめて岩手に行った、と言う話を思い出していた。
「打撲と腕の骨折だから、早めに退院して自宅療養じゃないか?良かったらうちに来る?」
音環の言葉に門亜はうーん、と考える仕草をした。
「別に、甲斐甲斐しく世話なんてしないよ。偏食しがちな門亜の食事の管理をするだけじゃないか?放っておいたら3食豆大福だろ?」
音環の言葉に門亜はむぅ、とした。そして、ボクは小学生じゃない、と言おうとして
「草大福も食べるから大丈夫。野菜が入ってる」
と言ってしまった。その言葉を聞いた音環ははぁ、と軽くため息をついた。
「草大福を、野菜が入っているって言うのは門亜ぐらいだ。そんなこと言ってると、くっつくものもくっつかないぞ。餅は接着剤じゃないんだからな。ほら。たらこ毎食出してあげるから」
たらこ!門亜の顔が一瞬明るくなった。
「シャケも……いい?食費はきちんと払うから」
ほんの少し笑みを浮かべて言う門亜に、音環は静かにうなずいた。そして、母親が戻ってくるのを見て、音環は立ち上がった。
「また来るよ。たくさん寝て治しな」
そう言うと、軽く手を振った。門亜は静かにうなずいた。
第3章はこのエピソードで終了です。
すべっタローは素敵なお店を見つけては、仲間を誘って食事に行ったりしていたなと……。
読み返しては思い出しています。
読んでくださりありがとうございます。




