第3章 痕跡②
音環は、列車が駅に着くたびに走りたい衝動にかられた。
気持ちがもやもやするから、運転は避けたのに……こんなに目的地まで待たされるんだったら、車で来るんだったよ!
降車までわずか10分程の時間が音環には長く思えた。まるでイライラするかのように足を小刻みに揺らしていた。
列車が駅に着くと、音環は切符を運転士に渡して駆け出した。そして、そのまますべっタローの家のあるリンゴ園まで走って行った。
門亜も音環の後をついて駆けていた。事実なんて知りたくなかった。ただ、音環とはぐれたら、音環とも永遠に会えないのではないか、という気がした。
すべっタローの家に続く路地まで来た。それは、路地があったところ、だった。
やっぱり、ない。この前、車で見つけられなかったのは、気のせいじゃなかったんだ。
路地があったところは、木が無造作に生え、ツタがその間を縫うように茂っていた。まるで、入口をふさいでいるかのようだった。
音環は、ふと、その足元にうっすらとわだちのような跡があるのを見つけた。……しかも、比較的新しいわだちだ。
奥に何があるか分からない。ハチの巣はまだでも蛇くらいはいるだろう。
行ってみるか?
音環はごくりとつばを飲み込んだ。そして後ろを振り返ると、門亜に言った。
「門亜、俺行ってみようと思う。だから……今日は帰って」
門亜は、え?と言うような顔をした。
「ごめん。今日の俺はどうかしているんだ。誰かを傷つけそうだ。だから、1人にしてほしい」
そう言うと、音環はしゃがんで隙間から道らしき場所に滑り込んだ。続いて、草をかけ分ける音が聞こえ、やがて遠ざかって行った。
ぽつり、と残された門亜は迷っていた。きっと、この奥へ行ってもすべっタローの家はないだろう。それを知るのが怖かった。
つい1か月前、すべっタローのリンゴ園で3人で酒盛りをした。すべっタローは冷えるから、と言って毛布を出してくれた。星を見ながらぼんやりと、音環が買ってきてくれたお酒を飲んだ。酔いつぶれたボクを音環が連れ帰ってくれた。
ここの路地を出たんだ。
なのに、何ですべっタローは痕跡を消して、今まであった場所すらも消し去ったの?
門亜はノロノロと、木の枝の下をくぐると音環の後を追った。
先を行く、音環の草をかき分ける音が遠くに聞こえた。踏みつけて進んだ、草の折れ曲がった後が行き先を示していた。
路地らしき道は、まだ日が高いのに木々に光を遮られ、薄暗くなっていた。雑草がすでに膝の高さまで育っていた。
時折、道の真ん中に杉の木らしい木も生えていた。
何回か来たことがあるから進めるけど、そうじゃなきゃ迷ってしまいそうだ。
ぽつ、と現れた家は、屋根が崩れてかび臭い臭いがうっすら漂っていた。まるで、そこだけ時間が止まっているようだった。
いつから、ここに人が住まなくなったのだろう。
門亜の心にうっすらと黒のベールがひかれていくようだった。見えているのが本当のことなのに、何が嘘で何が真実なんだ。
それでも門亜は草をかき分けて進んで行くと、一本のリンゴの木が見えた。そのリンゴの木は以前、すべっタローが「俺のおやつ」と言っていたリンゴの木のように見えた。
ところが、リンゴの木は、しおれた実をつけていた。ずっと枝の手入れをしていなかったらしく、方々から枝を出して荒れていた。
多分、ここがすべっタローの敷地入口なのだろう。
門亜はゆっくりと奥に入って行った。
駐車場らしい、踏み固められた場所を過ぎると、やがて納屋らしいものが見えた。
やはり納屋も崩れ落ちていた。
納屋の周りをぐるりと回ってリンゴ畑が見える場所に来ると、台の脇で音環が膝をついて座り込んでいた。
門亜はリンゴ畑を眺めた。
畑は相変わらずなだらかに丘が重なり合って、緩やかにふもとまで下りていた。ただ、新緑のリンゴの木は、入口にあったリンゴの木のように、枝があちこちから出たり、伸びきった枝が隣の木と絡んだりしてやつれていた。
雪で根元から折れた木が何本も見えた。裂けた幹が、茶色く変色して、畑を一層暗くさせた。
すべっタローだったら、こんなになるまで放置しない。ううん。いつも手入れをしてとてもきれいだった。いつから、手入れをしていないんだ?
荒涼――消失した人間が行く先はこのような光景なのか……。すべっタローが寂しく佇んでいるようで、門亜は軽く震えた。
門亜に気が付いた音環はつぶやくように言った。
「俺たち……6年の時にすべっタローの家でカズヤと4人で月だの木星だの見たよな……」
門亜は音環の後ろの小屋を見た。たくさんの水分を吸って、どこもかしこも腐っていた。確かカズヤは納屋に……あの小屋に天体望遠鏡をしまったはずだ。
そして、音環の跪いているあたり……。すべっタローのお父さんがテントを張ってくれた場所だ。
「つい先月も酒盛りしたよな。例のホットケーキも、食べたよな」
音環の言葉に門亜はうなずいた。いつも通り、すべっタローは漬物の汁がかかったホットケーキに当たったんだよね。
門亜は息苦しくなってきた。手も、しびれてる……おかしい。門亜は振り切るかのように頭を振った。そして、意識を記憶に持って行った。
音環の脇にある台にピザだのお酒だのを乗せていたよね。
今でも、すべっタローがしかめっ面でホットケーキを食べているのが、見える気がするよ。
読んでくださりありがとうございます。
第3章②公開しました。
すべっタローのリンゴ園は音環が高校生の時に手伝いに行くくらい美しくて気に入っていた場所です。
思い出の場所が崩れていくのは、悲しいですね……。
高校生の時のエピソードはこの後の作品で紹介したいと思います。




