第2章 消失③
……ふぅ。カズヤは深く息を吐くと3人の目をじっと見て言った。
「これから僕が言うこと……滑稽なことを言っているって思わないでくれるか。……すべっタローがいた形跡が、消えだしているんだ」
「形跡が消える?」
どういう意味だ?音環はじっとカズヤの目を見た。
「例えば、卒業写真。あれ、高校の時にみんな見てるよな。互いに小学校や中学校の卒業写真を持ち寄って……昼休みにゲラゲラと笑い転げてたろ」
確かに。みんなで持ち寄って見た日がある。
5人で回し見ようと俺とすべっタローで小学校と中学校の分をそれぞれ持ってきた。ついでに言えば……学年が違う空河がやってきて、すべっタローが目を閉じていることを見つけたっけ。
5年たって発覚した事実に、がっくり来たすべっタローが床に這いつくばったことも……鮮明に思い浮かんできた。
何かの理由で載っていなかったんじゃない。載っていたと思っていたのは気のせいだったんじゃない。
すべっタローの卒業写真はきちんと載っていて、消えてしまったんだ。
「卒業写真のことは少し前から気づいていたんだ。2月に新曲出したとき、時間がなくてスライドだけだったろ。だから、卒業写真を加工してMV作ろうと思って出したんだ。
その時は小学校のだけだったんだけど、ぽろぽろと、こぼれるように消えだしていたんだ」
運動会とか、集合写真とか……と、カズヤは音環の卒業アルバムのページをめくっては、ここにいたんだ、と説明をした。そして、それと、と前置きして言った。
「実は、MVデータからもすべっタローが消えだしているんだ」
カズヤの言葉に音環は息をのんだ。
「データも?」
「そう。ボーカルの音源が僕になっている」
「カズヤに?」
「そう。だって、県外のライブでは僕がボーカルやっていたろ」
そういえば……。音環は記憶を一生懸命思い起こしていた。
「多分、すべっタローは青森から出られないんだと思う。だから県外のライブでは僕がボーカルをしていたんだよ。」
……りんごの世話が忙しくて出られない、母ちゃんに怒られると言っていたから信じていた。
考えてみたら、農繁期に弘前にちょくちょく来るとか、一日かけて竜飛崎に行くとかしていたんだから……日帰りで県外に出るなんてできるじゃないか。
「実は、高校の時だったんだけど……すべっタローの輪郭がすごくぼやけていた時期があってね。僕が違和感を感じていることをすべっタローは気が付いてさ。黙っててくれ、と言われたんだ」
カズヤはうつむいた。
「その時は、意味が分からなかったんだ。でも、そのあとバンド活動をしたり門亜たちと一緒にいると輪郭がはっきりしてきてね。だから、僕、音環を誘ったろ。
……いや、結果としては、すべっタローはみんなと一緒にワイワイと歌うのが好きだっただけなんだけどさ」
ふいに、高校3年生の時のカズヤとの会話を思い出した。あれは誘ったというのか?ギター本気じゃないだろ、なんて、あおりもいいところだ。
それでも、音環は思い返した。カズヤの言う通りに本格的に音楽をやっていたら、すべっタローは今でもここにいてくれたのだろうか。
「就職してさ、最初の年の夏前……仕事が落ち着いたころにライブハウスで先輩の前座、やったろ。あの時も打ち合わせ前に会ったんだけど、すべっタロー、輪郭がぼやけててさ」
……知らなかった。気づかなかった。すべっタローの輪郭がぼやけるなんて。だって……何度となく肩を組んだり、髪をいじったり触れていたじゃないか。
「その時にすべっタロー、言ったんだよ。
『オレはもう、ここまで大きくなってしまったから、戻れない。もうじき生まれるから、そのうち会いに行く』
ってね。実際に本格的に音楽を続けたのはここ1年だけど、その前から作詞とか手伝ってもらっていたら輪郭が戻ってきていて……安心していたのにな……」
カズヤの目に、涙がにじんでいた。カズヤの言葉に音環は……ああ……と思った。
MV制作は時間がかかるだろうに。オンラインでも出来る打ち合わせをわざわざこっちに来てやっていたのは……。
カズヤがマメに帰ってきたのはそう言うことだったのか。MVの注文。新譜の書きおこしの早さ。すべっタローを引き留めるためだったのか……。
「リンゴの花を見てから消えるなら消えたい、と言ってたな……」
カズヤはポツリ、と言った。まだ、早いだろ……。と消えそうな声が聞こえた。
すべっタロー、どれだけリンゴが好きなんだよ。音環は心の中で毒づいた。去るなら去るで、一言あってもいいだろ。
その時、コトン、と音がして、ナポリタンが運ばれてきた。出来立てをすぐに持ってきたのか、湯気が、白く立ち上っていた。
「湯気だ、湯気」
大河が目頭を押さえながら言った。
「ごめん。これ食べたらすぐに東京に帰るね。データからすべっタローが消失しないように、何とかしたいんだ」
カズヤはそう言うと、フォークを持った。
「何か……俺たちに出来ることはないか?思い浮かばないんだ」
音環は言うと
「ごめん。僕も思いつかない。もし上手く音源が残ったらそれからクローンを作ろうと思うけど……その時はまた、合わせて演奏してくれない?
セルフカバーでYouTubeにあげようと思ってる……それも、すべっタローの音源が残ったらだけどね」
カズヤは手を合わせると、スパゲッティを黙々と食べ始めた。
音環はしばらくカズヤの様子を見ていたが、黙って食べ始めた。
……しょっぺ!
ああ、そうだ。今頬にある水気は湯気だ。今日のナポリタンは塩気が強いんだ。
ちらり、と大河を見ると、大河は時折ハンカチで目頭を押さえていた。そして、音環もナポリタンを掻き込んでは目頭をハンカチで抑える、を繰り返した。
読んでくださりありがとうございます。
第2章はこのエピソードで終わりです。
大切な人が予兆なく消えてしまったら……私なら耐えられないかもしれません。




