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消失  作者: 群青 ひら
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第8章 残響③

――車は古いビルの前に停まった。見上げて看板を見ると[工藤探偵事務所]とあった。


いや……個人情報が洩れてるだろ。これ。間違いなく、工藤さんがやっているってわかってしまう。


本当に取り扱っているのは犬猫の捜索と浮気調査なんだろうな。危ないのに手を出したら、リスク管理の甘さもいいところだ。


困惑した顔の音環に、門亜は不安になった。


そして、名残惜しそうに、助手席のドアを開けると門亜は言った。


「ね、音環、明日遊ぼ。弘前に帰るならボク遊びに行くよ!」


ぐいぐいくるな……。門亜の手がこれでもか、と言うくらい絡んでくるのを音環は感じていた。


流れに身を任せるか、と音環は思ったが、ふと思い出した。明日は用事がある。


「いや……明日は用事があって……」


そこまで言って音環ははた気が付いた。そうだ。門亜も一緒に行っていい用事だ。


「門亜……竜飛崎の、オレオレ詐欺犯を捕えた時に世話になったジ様覚えているか?」


音環の問いに、門亜はうなずいた。


「実は、この2年、交流させてもらっていて……この前危篤だと連絡があって、呼んでいただけた。ちょうど、大河から誘いのあった日だ」


門亜はじっと音環を見た。泊まる場所手配してもらったり、何よりもオレオレ詐欺犯を捕まえるのにあのおじいさんがいなければ出来なかったというのに……ボクは一回も会いに行かなかった。


お礼は刑事課に任せてた。


とても……残念だ。会っていなかったこともだけど自分にも。門亜はうつむいた。


「先日、亡くなったと連絡があった。お葬式も終わって、初七日も終わったと言うんでご焼香に明日伺う予定で相手の家に連絡をしてある。門亜も……行かないか?」


門亜は即座にうなずいた。そして、あ、と小さく言った。


「家たたむとき、喪服捨てちゃった……。今あるスーツ、ご焼香にしては明るめなんだ」


門亜の言葉を聞いた音環は苦笑いをした。


「俺のを貸してやるよ。多分、着られるのがあるだろ」


そう言うと、音環はウィンカーをつけて自宅へと車を向けた。




「ちょっと待ってて」


そう言うと、音環は自宅の前に車をつけて、家へと入って行った。灯りが付いた音環の家を見るのは久しぶりだ……門亜は思った。


もう、離さない。音環のお荷物にならないようもっと頑張るけどさ。でもその前に……絶対に離れるもんか。


少しすると、電気が消えて音環が戻ってきた。手にはクリーニング店のタブが付いた喪服が2セット、かかっていた。


「どちらか……着れるだろ。一応ネクタイとワイシャツも持ってきた。靴は……あるのか?葬儀じゃないから、暗い色なら問題ないと思うが……」


音環の質問に門亜はうなずいた。


「しばらく家に置いておいたから、かび臭いかもしれない。ビニール外してぶら下げれば少しはかび臭さも取れるかな。……明日、10時に行くよ」


門亜は音環から喪服を受け取ると、大事そうに抱えた。……ほんのり、除虫剤の匂いがした。


車は再び、門亜が住むビルへと走り出した。15分ほど走らせると、さっきも見た古ぼけたビルが見えてきた。


……竜飛崎のおじいさんが亡くなったのは寂しいけど、音環と明日も一緒にいられる。門亜は喪服を抱きしめた。


「体調はもういいの?」


車を停める直前、さらりと音環は聞いた。体調を気にしてもらえた門亜はちょっとだけ嬉しかった。


「うん……本調子ではないけどね。たまに寝込むときはあるけど、前みたいに気がふれたりはしないよ」


気がふれる……凄い表現だな。その時、幼馴染を失った後の門亜の様子を思い出した。あれも……気がふれる、ではなかったけど前触れなく落ち込んだりして、俺とすべっタローでよくよく慰めていたな。


「あの後、伯父さんちに行ったんだ。

もう、あんな感じにはならなかったんだけど、数日目を覚まさないとかはあったよ。


きっとね、今思うと音環の家にいたのは幼虫のボクで、伯父さんちに行った時はさなぎのボク。ボクをドロドロに溶かして、成虫にしたんだよ。きちんとした蛾になったんだ」


蛾?そこは蝶ではなく?音環はハンドルに頭をぶつけそうになった。


「そう。蛾。だってしぶといもん。蝶なんてひらひらしていて……か弱いしさ。ボクはしぶとくなって、お荷物にならないで生きたいの」


そうか……。生きるのに必死だったんだな。俺もそうだけどさ。


音環は改めて門亜を見た。潜入捜査の時のような、儚げな線の細さは見えなくなっていた。そして、ぐいぐい来るあたり……門亜なりのしぶとさなんだろう。


名残惜しいけど、と門亜は言った。明日の準備しちゃうね、と言うと助手席のドアを開けた。


「明日ね。10時だったよね」


ああ、と音環は言った。


「迎えに行くから、10時に下で待ってて」


そう言葉を続けると、じゃ、と言って音環は再度自宅に向かって車を走らせた。


もう、離さないぞ。門亜は何度も繰り返した。


音環の車の音が遠ざかって行くのを聞きながら、温かい音が門亜の中で柔らかく響いているのを感じた。


読んでくださりありがとうございます。

第8章はこのエピソードで終了です。

昔のような心を許した関係に戻るのはもう少し時間がかかるのかもしれませんが、徐々に輪が戻りつつあります。

次は最終章になります。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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