第8章 残響②
少しして門亜がベースを持って戻ってきた。
「あの家、誰も住んでいないのか?」
音環は聞いた。
「もうさ、誰も住んでいないし伯父さんも自分の家があるから、あの家、たたんじゃったんだ。コインパーキングになってるよ」
門亜は気にしていない、と言った風に答えた。むしろせいせいしているようだった。
そうなのか……俺が帰ってこなかった2年、随分と変わったんだな。
「音環があの家たたまないでくれてよかったよ。少なくとも、たまには帰ってくるって、安心できるし」
門亜は言った。音環は一瞬言葉に詰まった。いや、あの家は本当は売るつもりだったんだ。
「いや……あの家も売るつもりでいたんだ。たたんで土地だけにしてでもな。ただ……なぜか行動をしようとするとインフルになったり熱が出たり……だから今まで残っていたんだ」
音環の言葉に門亜はヒュッと息をのんだ。
……危なかった。きっと、音環のじいちゃんが守ってくれたんだ。家がない音環、どこに飛んで行くかわからない。
「携帯を変えたのも、転職しようと思っていたからさ……でもなぜかエントリーしようとすると熱が出るんだ」
門亜は音環の服を再びぎゅっと握った。
本当にここから離れようとしていたんだ……。
『ただ……次、拒絶したら会わないでくれるか。俺は門亜に拒絶されるのが一番堪える』音環の言葉が静かに蘇ってきた。
ボクは音環を失う所だったけど、音環はすべてを失う寸前だったんだ。
ごめんね……あの時は必死だったとは言え、本当にゴメン……。門亜は音環の目をじっと見た。
音環の目にわずかに光がさしたような気がした。練習の時の、どんよりとした目線とは違う……ほんの少しだけ、温かみが戻った昔の音環の視線。
ふいに、音環の周りで音環のお祖父さんの声が聞こえるような気がした。優しい、音環を包み込むような声だった。
ああ、昔、じいちゃんが後悔するような声で言っていた言葉だ。
『人として大事なものを手放してしまったのだけど……じいちゃんはそこまで教えられなかった』
あの時は音環のお父さんのことを言っていたんだけど……音環はいつも、手放された結果も手放した結果も両方付いて回るんだね。
ああ、そうか。門亜は深呼吸をすると、ゆっくりと唱えるように言った。
「きっと、そう言う形で離れると、いけないんだよ。音環のじいちゃんとか、すべっタローとかさ。青森にいなさいって、言ってるんだ」
門亜の真剣な言葉に音環は眉をひそめた。……新手の宗教か?門亜、変なのに引っかかっていないか?
「伯父さんがね。音環のこと呪物だって。大河がね。地縛霊だって。きっと、離れちゃいけないんだよ。離れると、周りに厄災がかかるんだよ」
門亜の真剣な言葉に、音環は飲まれかけた。いや待て。厄災は俺にかかってるぞ。と言うか……門亜の伯父も大河もひどい言い草だな。俺はマサカドか?
まあ、なんだかんだと未練がましく離れられないのはその通りだ。
「もう……どこにも行かないでよね。電話番号、教えてちょうだい!弘前の家も。ボク、遊びに行くから!」
何だか話が滅茶苦茶だが……まあ、いいか。どうせ、青森から逃れられそうにないからな。
音環は、門亜に電話番号を伝えた。そして、番号にメッセージを送るから、一回電話をかけてほしい、と伝えた。
そう言えば……探偵事務所に勤めている、って言っていたな。
「門亜……探偵事務所に勤めているって言っていたが……あの伯父さんがやっているのか?」
音環は眉をひそめた。元刑事と元交通機動隊員。危ないことに首を突っ込んでいるんじゃないか?
ふと、心配になった。
いそいそと音環の番号に電話をかけていた門亜はあっけらかんと答えた。
「そうだよ。普段はね、迷子の犬や猫の捜索と浮気調査をしてるよ。性に合っているのか、犬猫の検挙率いいんだから」
検挙率?!その言い方はおかしくないか?音環は眉をひそめた。
「浮気調査もね。前の潜入捜査でやり方覚えたから、とってもいい調書が取れてる」
あ、調査結果ね、と門亜は慌てて言いなおした。そりゃそうだろ。浮気している二人の前でいきなり職質する気か?
ひどい言葉遣いだ……。ははは、と音環は力なく笑った。
第8章②です。
元刑事と元交通機動隊員の探偵事務所……成功率高そうですね。
音環の力なくははは……と笑う声に、ほんの少しだけ気持ちが雪解けをしたような気がします。
読んでくださりありがとうございます。




