第8章 残響①
「また、来週にでも集まらないか」
大河は言った。そして、だいぶいい所まで編曲は進んだな、とつぶやいた。
大河は続けた。
「すべっタローが残した最後の曲だから……満足いくまで作りたいよな。そんな急ぐものじゃないし」
と言うと、空河は空いているよ、といい音環は黙ったままうなずいた。その様子を見た門亜も大河に空いている、とサインを送った。
「じゃあ決まりだな。スタジオが取れたら、時間を送る」
大河がそう言ったので、音環は黙々と片づけを始めた。そして、
「じゃあ」
と言うとスタジオを出て行った。
あまりにもあっさりと去っていく姿に門亜は驚いた。
本当だ。実体がない。門亜は慌てて音環の後を追った。
音環がリモコンで車のカギを開けた時だった。助手席に門亜が乗り込んできた。
「……降りろ」
音環は抑揚のない声で言った。すると、門亜は音環に向かって言った。
「駅まで送ってよ。じゃなければ10分時間を頂戴」
音環は眉をしかめるとはぁ、と大きくため息をついた。
「10分な」
運転席の窓から外を眺めながら音環は言った。
門亜はすぅ、と息を吸うと一度に話し出した。
「うん……あのね。まずはありがとう。倒れたときとても助けてもらったのにお礼言っていなかったから……あと、ごめんなさい。あんな去り方するのは行けなかったんだけど、あのまま音環と一緒にいたら、音環を壊しちゃいそうで怖かったんだ」
ピクリ。音環の耳が動いた。音環を壊しちゃいそう、と言った門亜の言葉に音環は怪訝な顔をした。
ん?いや、あの時は「ボクがダメになる」と言ったはずだ。
ちらり、と音環は門亜を見た。ほんの少し音環の頭が門亜の方に動いたのを見て、門亜は少しだけ希望が出てきた。
「あれからね……1年。ずっとおかしかったんだ。警察もやめたししばらくプーもした。見かねた伯父さんが、始めた探偵事務所で働くようにボクに言ったんだ」
門亜は音環の横顔をじっと見た。
「ラーメン食べた日……あるでしょ。あの時、だいぶ頭がはっきりしてきて、自分の状況が分かったんだ。とても心地よくて、音環にこのままお世話されてずっと過ごせたらって思ったくらい。
でもさ。それって音環のお荷物じゃん。ボク」
確かにな……。音環は門亜の言葉に思い出していた。今までずっとしゃべっていなかったのが、あの日は急にしゃべったんだ。
正気を戻していたのか。
だから、考えて飛び出たのか。衝動的にではなく。
「立ち上がる勇気がなかったんだよ。だから、悪いボクから逃げるようにして飛び出したんだ。あのまま弘前と青森と行き来してごらんよ。
ボクは音環が壊れるのを知っていながら最後まで甘え続けるんだよ。そこまでボクはすでに堕ちていたんだ」
ごめん……と、門亜は音環の服の裾を掴みながら言った。
音環はふぅ、と大きく息を吐くと、かすれるような声で言った。
「俺は……拒絶されるのが嫌だ。拒絶されるくらいなら、最初っから付き合わない方がいい……」
門亜は、心がジン、と震えた。小学生の時にも同じこと言った。あの時は親だったけど……ボクがやっちゃったんだね。音環の服の裾を握る手に力が入った。
「ごめん。拒絶してしまってたなんて気が付かなかったんだ。ホントにゴメン……」
ふぅ。再び音環は大きく息を吐いた。そして
「いいさ。お前が壊れかかっていたのは事実だし。ただ……次、拒絶したら会わないでくれるか。俺は門亜に拒絶されるのが一番堪える」
と言った。門亜はうつむきながら何度もうなずいた。
「今度からはこうやって服の裾を持って言うようにする。そうすれば、何を言っても拒絶にならないでしょう」
ぷっ。音環は一瞬噴き出した。仕方ないな……俺も国語がだめだが、門亜はそれ以上に国語がだめだったんだっけ。
ああ、と音環はうなずいて、エンジンをかけた。一瞬、門亜はびくっとした。
「送るよ。自宅でいいのか?」
「ううん。伯父さんの探偵事務所までお願い。その上に住んでいるんだ。ボク」
そう言うと、門亜は住所を伝えた。そして、待ってて、と言うとスタジオに戻って片づけをした。
家を出たのか。じゃ、あの家はもうだれも住んでいないのか?音環は門亜が握ってしわしわになったシャツの裾を見ながら思った。
熱を出した門亜を心配して毎日通った日や、すべっタローがリンゴを毎日持って行った日がよみがえってきた。
そして、門亜が回復した日に喜んではしゃいで遅刻しそうになったことを思い出した。
家って住んでないと傷むよな……。ズキ、と一瞬、音環の心が痛んだ。
読んでくださりありがとうございます。
第8章 残響です。この章は3つのエピソードに分かれます。
門亜の言葉が音環に触れた章です。
でも、受け入れるにはまだ少し時間が必要かもしれません。




