第7章 謝絶④
その時、門亜の前にハンバーグが置かれた。ハンバーグの上にラザニアが乗せられて……さらにチーズが乗っていて……大きくないか?
門亜は目を見開いた。
同じように驚いた大河が、呆れたように言った。
「空河……これ、高校生が喜ぶメニューだろう……」
ところが、ニコニコとしながらフォークとナイフをそれぞれに配りだした空河は
「ん?今の僕も喜ぶメニューだよ」
と、涼しげに言った。
約束の日。門亜はスタジオに近いバス停でバスを降りた。
ちょっと遠いけど、気持ちを整えるにはちょうどいいや。
空はほんの少し曇っていた。冷たい、湿り気を帯びた風がほんのり流れて、じきに雨が降ることを想像させた。
すべっタローが消えて2年以上か。リンゴの花を見てから旅に出たなんてね。ボク達の顔を見てからにしてよ。
門亜は毒づいた。
スタジオの駐車場には車が2台停まっていた。1台はファミリー向けのワンボックス、もう1台は何度も載せてもらった音環の車だった。
ただ……ナンバーが青森から弘前に代わっていたのを見て、門亜の心はうずいた。
「おまたせー」
門亜はスタジオの扉を開くと大きな声で言った。音環は……どこだ。会ったらすぐに謝りたかった。
音環は、壁に寄りかかりながらギターを弾いていた。いつも見るポーズで同じような弾き方だった。ただ、門亜の声を聞いても、ちらり、とも目線を動かさなかった。
門亜はそれでも、音環に近づいて行った。すると、音環はギターを弾く手を止めて空河の元へ歩いて行った。
「ここのコード、お前ならどう叩く?」
門亜に一瞬も目線を向けなかった。まるで、そこにいないかのように振る舞った。
空河は門亜に「何とかするからちょっと待って」と目配せをした。
するり。まるで捕まえようとした魚が手の中から逃げたように門亜には思えた。
もう、ほんの少しもすれ違うこと出来ないのかな。門亜は音環の背中に向かって心の中でつぶやいた。
その時、ドアが開いて「待たせた」と言いながら大河が入ってきた。そして、音環を見つけるとニヤリ、と笑った。
大河は今日も琥太郎を連れていた。
「音環、この前話していた琥太郎だ」
音環は大河の傍らの子どもを見た。
見ているような見ていないような空虚な目。門亜は初めて音環のそのような目を見た。
琥太郎は音環の姿を見るとぺこり、と頭を下げた。
「かわいいな」
音環がそう言うと、わが意を得たり、とばかりに
「だろう」
と笑顔になって大河は言った。そして、大河パパはこれからギターの準備するから、と琥太郎に言うと、手際よくギターのセッティングを始めた。
琥太郎が音環の元にやってきた。そして、持っていたギターを不思議そうに眺めた。
「あ!琥太郎!だめだ!」
大河の慌てる声がした。音環が琥太郎を見ると、琥太郎は音環のギターに手をのばしていた。
ああ……。興味あるのか。血がつながってなくても、大河の子だな。
そっと音環がギターを琥太郎から離すと、代わりに頭を撫でた。琥太郎は音環に向かってにっと笑った。
その笑顔に、音環の目は焦点が合った。
「大河……この子ども……」
音環はそう言うと大河は静かに、はっきりと言った。
「いや。琥太郎だ。他の人の人生は歩ませたくない」
「そうか……。でも、会えてよかったよ。琥太郎君」
ふっ、と音環の口元が緩んだ。
「ねえ、いきなりすべっタローの最後の歌だとノリが悪いから、2~3曲何か合わせない?僕はひまわりの歌がいいなあ」
タタタン、とドラムを軽くたたくと空河は言った。
「それはいいな。気分が乗るしな。ただ……空河。あの歌にはタイトルがあったはずだぞ。すべっタローの最後の歌だと、何だかすべっタローが不幸に見舞われる歌に聞こえる」
大河が言うと空河はへへへ、と笑った。
「デジタルチャットだよ」
門亜はボソッと言った。ほう、と大河は門亜の方を向いた。門亜は続けた。
「チャットはデジタルだろって音環が言っていたから覚えてる。それで、すべっタローが、じゃ、アナログにする?って聞くもんだから、大河、それは筆談だ、って言ったじゃないか」
門亜の言葉を聞いた大河はははは、と笑い出した。
「そうだ。そんな話したな。あまりにもひどい話だったんで忘れてたわ」
筆談か……我ながら、いいことを言ったな……と大河は笑いながらぼそりと言った。
「タイトルはさ、後で考えるとして……時間もないし、ひまわりの歌から合わせない?」
空河はそう言うと、軽快にドラムを叩き始めた。そして、それに合わせるように門亜と大河が合わせると、遅れて音環も合わせ始めた。
琥太郎は大河と音環の間に座って、それぞれの音を楽しんでいるようだった。時折音環の指裁きを興味深そうに見ては、大河の元に戻って行った。
ファミレスでの空河、通常運転です。
計算して、空気を変えているのではないかと思うくらいです。
そんな彼の良さは、この後いくつもSAKIOTTEのトラブルを修正していきます。
第7章はこのエピソードで終了です。
読んでくださりありがとうございます。




