第7章 謝絶②
大河は続いて門亜に連絡をした。通話の先の門亜の声は弾んでいた。
「うん。行くよ。伯父さんにその日は何があっても休むって言っておくよ。ねえ……音環も来るよね?」
そして、声を潜めるように門亜は言った。
「音環の……電話がつながらないんだ。かけたら別の人が出てさ。伯父さんのスマホからかけても別の人が出るから……番号変えた?」
門亜の問いに、大河は、やっぱり知らされてなかったんだな、と思った。
1年前に音環が電話番号を変えた、と言って来た時はびっくりしたが……誰にも言うな、と言うし、何かあったんだろうと思っていたが、やっぱり門亜だったのか。
「まあ……音環が来たら直接聞いてみろ。ただ、今回の集まりは音環は来ない。外せない用事があるって言っていた」
来ないんだ……門亜は残念な気持ちになった。連絡しなかったボクが悪いんだけど……でも、落ち着くまでに1年以上かかったんだ。やっと最近になって、気持ちがふらつくことも無くなったんだよ。
空河に聞いてみるかな……教えてくれるかな。
門亜は不安になった。何回か音環の家の前に行ったけど、週末であっても家にいる様子はなかった。また会えるのかな……。
大河は続けた。
「一応、次の集まりには来るように言った。すべっタローが残した最後の曲だからな。俺としては何としても完成させたい」
詩は俺たちが覚えておいて、インストゥルメンタルで演奏するなんて洒落ているだろ、と大河は言った。
――アジサイが咲いている。門亜は入り口に水を含んだアジサイがキラキラと光を反射しているのを見た。最近は変わったアジサイを見かけるよね……これは白いアジサイだ。
大河が指定した日。時間より早くファミリーレストランに門亜が着くと、すでに空河が来ていた。
子どもちゃんたちは?と門亜が聞くと、今日は奥さんが見てくれているよ、と空河は答えた。
「もう、かわいくてさ。ぱぱ、と言って腕にぶら下がるの!」
とでれでれしながら空河は言った。
ご飯を求めてあちこちの家に出没していた空河がねぇ……すっかりパパの顔をしてるや、と門亜は思った。
「ねえ……空河は音環の新しい電話番号、知ってる?」
門亜は恐る恐る聞いた。多分、知ってるよね。きっと僕だけが知らされていないんだ。
空河はそんな門亜の気持ちを察したのか、静かにうなずいた。そして
「僕たちも教えてもらえただけ、良かったよ。大河兄ぃは弘前だから何回か音環とご飯食べたようなこと言っていたけど、僕は全然会ってない」
と言った。
「僕たちが出来るのは場所をセッティングすることだけだよ。今回のは違うけどね。でもさ、ある意味チャンスじゃない?自分で飛び込んでおいでよ。音環の心を開くのは門亜だけなんだからさ」
あ、先生みたいなことを言っちゃったよ。先生だけどさ、と空河は恥ずかしそうにオレンジジュースを飲んだ。
そう言えば、と話題を変えるように空河は言った。
「そうそう、大河兄ぃ、結婚したんだ。正確にはパートナーシップ宣言のほうだけどね」
門亜は、空河の言葉を頭の中で反芻した。
パートナーシップ宣言。いわゆる婚姻関係を結べないカップルがする、手続き。と、言うことは大河の相手は同性かな……。
「驚いた?」
空河は様子を伺うように言った。門亜は横に首を振った。
「大河はいつも1人で頑張ってたもんね。だから、一緒にいてくれる人が出来てよかったよ。相手の人はどんな人?聞いてもいい?」
門亜の言葉を聞いた空河はほっとしたような顔をした。
「うん。僕たちが行っていた高校の時の担任の先生。門亜たちの1年の時の担任、って聞いたよ」
えっ!それはびっくりだ。担任と教え子がくっつくって、漫画の世界だけだと思ってたよ。
「漫画みたい」
門亜は口をついて出た。
「あはは。確かにね。でも、卒業してから10年たっているんだから、もういいんじゃないの?」
その時、駐車場に入ってくる車が見えた。
「あ、大河兄ぃの車だ。そう言えば琥太郎連れてくるって言ってた」
「琥太郎?」
「うん。詳しくは大河兄ぃに聞いて」
空河はニコニコとしながら言った。
もう。そうやってはぐらかすんだから、と門亜は軽く膨れた。
少しして、自動扉が開いた。大河は小学生くらいの男の子を連れて入ってきた。
「遅れてすまない」
大河は門亜たちに言うと、傍らの男の子に「大河パパの友だちだ」と声をかけた。
男の子は門亜にぺこ、と頭を下げた。
「琥太郎と言うんだ。今年小学校に入った」
大河は琥太郎を空河の隣に座らせると、挟む形でその隣に座った。
門亜は琥太郎の顔をじっと見た。
不安なのか、頬を膨らませたり戻したりを繰り返していた。その、頬を膨らませる姿はかすかに見覚えがあった。
門亜の目は見開いた。
「すべっタローに似てる、と言いたいんだろう」
大河は静かに言った。
「でもこいつは琥太郎だ。他人の人生を歩ませるわけにはいかない。
確かに出会ったときは俺もそう思ったが……それはきっかけの一つで、決して代わりに育てようと思った訳じゃない」
門亜はこくりとうなずいた。
すべっタローが消える前「すでに生まれていて、会いに行く」と言っていました。
琥太郎が生まれ変わりなのかそうでないのか。
大河が「他人の人生を歩ませるわけにはいかない」と言う言葉に、覚悟を決めたんだなと思います。
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