第6章 足跡③
音環は一気に言い終えると、そっとジ様を見た。やっぱり、おかしなことを言っている、と思われているだろうか。
ジ様の聞いてくれる様子に安心してすべて言ってしまったが……その場しのぎで話を合わされてしまうのだろうか……。
音環は目を伏せた。
身の置き所がない、とでも言っているような音環の様子に、ジ様はゆっくりと言葉を紡いだ。
「青森は……不思議なことが起きてもおかしくな土地だ」
ジ様の声が聞こえた。音環が顔を上げると、ジ様は続けた。
「いる、いないではなく、ある、ない、だ。あの子はあったのであろう。」
あった……いたかもしれないけど確かにあった。音環はジ様の言葉を心の中で反芻した。
いる、と、ある、の違いは分からないけど……ある、のほうがはるかに力強く感じる。
俺たちとすべっタローの毎日は……確かにあった……。音環の目から涙がこぼれそうだった。
「休ませてあげなさい。きっと縁があったらまた会えるじゃろう」
音環の耳に波の音が戻ってきた。何度も繰り返す波の音が、高ぶる音環の気持ちをなだめているかのようだった。それでも、音環は膝から崩れ落ちた。そして……。
「すべっタロー―!!」
その場で絶叫した。嗚咽が止まらなかった。
音環はジ様にお礼を言って立ち去ると、そのまま家へと急いだ。昼過ぎ、自宅へと到着した。
「どうだった?」
リビングでぼんやりと座っていた大河が言った。
「門亜は?」
音環は聞いた。すると、大河は
「点滴を打っているときに眠りだして、そのまま寝てる」
と言った。
本当に、よく寝る。今は起きている時間など数えられるほどだ。
音環は大河の向かいに座った。
「あの時の……ジ様にあったよ。先生と同じこと言ってた。休ませてやれって」
「ふむ……カズヤが言ったこととちょっと違うが……もう、前みたいに小学校に現れたりすることはない、と言うことだな……」
大河の言葉にうなずくと、音環はコーヒーどう?と言って立ち上がった。そして、コーヒーメーカーに水を注いだ。
「もう、生まれている、って大分前に言ったんだよね。そのうち会いに行く、ともさ。リセットされて小学校に現れることはないけど、もう、あのすべっタローはいないってことだよね」
ほんのりとコーヒーの香りが漂ってきた。音環はマグカップを二つ用意した。
「大分前……俺たちが県警でしごかれた後くらいにさ、カズヤとすべっタローから新曲と言って変な曲渡されたじゃん?同じ言葉がくりかえされて、途中の~~の君、の所だけが違っている5番まである曲」
大河はあー、と言いながらスマホのメッセージ画面を開いた。
「このファイルな。まるで白飯ぶっこまれたような、ってみんなで文句言った曲な」
「うん。その中でさ『俺は俺であって、俺じゃない。出会う君も、もう違う時間の人だ』ってあってさ。このこと言ってるのかなって思った。今思えば、すべっタローの最後のメッセージだよね」
ああ、と大河は静かにうなずいた。そして、
「透明な君、と色を失った君、走り続けた君と道に迷った君。後……残響の部屋の君だったか?すべっタローは俺たちをそう見ていたんだな。誰がどれか聞いておけばよかったな」
と言った。
「ジ様がさ『青森は不思議なことが起きてもおかしくない土地だ』って言うんだよ。確かにさ、すべっタローがいて、俺、救われたことたくさんあったもんな」
音環が上を向きながら言った時だった。大河のスマホに知らない電話番号から連絡が入った。
音環はさっと番号を調べた。
「勧誘とか悪質な電話じゃないみたいだよ」
そう、音環が言うと大河は電話に出た。静かに話す大河の向こうで、少し興奮したような男の声が音環の耳にも届いてきた。
「君たちかぁ。ダメだよ、彼連れて行っちゃ。会いたくて教師になったのに、赴任しても会えなかったんだよ」
どういう事だ?大河と音環は顔を見合わせた。
「すべっタロー、彼にはとても世話になったんだよ。僕さぁ、小学校のころ一時期学校に行けなかったことがあってね。彼が何だかんだと僕の周りで馬鹿をやっているもんでいつの間にか行けるようになってさ。会いたかったなぁ」
何処かで聞いた話だ。カズヤもすべっタローのおかげで、中学から学校に通えるようになったはずだ。
「すべっタローのことを調べている人の話を聞いて、是非聞きたいことがあってね。すべっタロー、幸せそうだったかい?君たちといて」
幸せそうだったかい?その言葉に音環はハッとした。幸せ、と言うのは分からないけど、すべっタローは楽しんでいたな。
県警でのさすまたのしごきに喜んで飛び込んできたのもあいつだ。
「幸せかは分かりませんでしたけど……楽しそうでしたよ。いつも楽しそうなことを見つけては首を突っ込んでいましたから」
大河は電話の主にそう答えた。すると、電話の向こうで鼻をすする音が聞こえた。
「会いたかったなぁ。大人になった彼に。でも、楽しそうだった、と聞けて良かったよ。
ありがとう。突然ごめんね。また、何処かの研修で会ったらよろしくね」
そう言うと、その電話の主は名前も告げずに電話を切った。
よろしくって……誰だかわかるわけないだろ、と大河はつぶやいた。
「久しぶりに煮干しラーメン食べに行きたいな」
電話の後しばらくして、ふと大河はつぶやいた。
「今日は日曜日だもんな……よし、明日食べに行くか。音環、お前も付き合え」
弘前から来るのかよ……。大河の言葉に驚いた。そして、着替え、準備しておくかな、と考えながら音環はうなずいた。
第6章③です。
すべっタローが今までにかかわってきた人が出てきました。
次のエピソードでも出てきます。
読んでくださりありがとうございます。




