第6章 足跡①
「こうやって見ると、案外かわいいな」
クリームを頬に付けながらケーキをほおばる門亜を見て大河は言った。
「基本的なことは覚えているんだよ。歯を磨く、とか1人でお風呂に入る、とか。でも、ほとんどしゃべらないし、しゃべっても『トイレ』のように一言しか言わないんだ」
音環は絞ったタオルで門亜の頬を拭いた。すると、門亜は食べるのを邪魔された、と感じたのか「何をするの?」と言うようにぷっと膨れた。
コレの面倒を見ながら、仕事に行っているのか……。来月には弘前異動を控えていると聞いていたが……。
「音環、弘前の住むところは決めたのか?」
大河は思わず聞いた。すると、音環は
「まだ。門亜が回復するまでは青森から通勤するようだろうね」
と答えた。
マジか……。俺も大学の時4年間青森市から通学したが、しんどかったぞ。
転勤先の仕事を覚えながらいわば介護なんて、出来ると思っているのか。だから、気をつけろ、と言ったんだ。
……門亜の片割れの翼め。
大河はそう言いそうになって慌てて口を閉じた。そもそも、こいつの親や親族と言うやつらはどうしているんだ。
「門亜の親はどうしてるんだ?」
ん?と、音環は大河の問いに、気のなさそうに答えた。
「岩手で父方の祖母だが祖父の介護をしてるって。父親はずっと単身赴任でこっちに帰ってきてないって門亜言ってたじゃん」
まさか、俺が追い詰めちゃうなんて思いもしなかったけどさ。
と自嘲気味に音環は言った。
「そうだ、大河、この前の話……」
門亜に門亜の家庭の事情は聞かせたくなくて音環は話題を変えた。変えたところで……辛い話に変わりはないけどさ。
幸か不幸か、門亜はケーキを食べるのに夢中だった。最後に残しておいたイチゴを口に運んで、酸っぱい、と言う顔をした。
大河はスマホを取り出すと、画像フォルダの中から写真を一枚開いた。
「これを見てくれ……」
上下真っ白の体操着でバトンを持ってはしる子どもたちの写真が出てきた。
「すべっタロー……?」
音環は、手前側の子どもの写真を見て言った。白黒で丸坊主で必死になって走る姿は、パッと見誰だか分からなかったが、面影があった。
「やはり、そう思うか?」
大河は思った通りだ、と言う顔をした。音環は大河の目をじっと見るとうなずいた。
「小学校の百年史にあった。残っている写真を使うこともあるから正確な時期は言えないが、おそらく昭和30年代だと思う。
ついでに、音環から『たまに現れる』と聞いていたから年配の先生にも聞いてみたよ。そう言う伝説がある、と前置きされたが、小学校在校中に事故に遭った子どもらしい、と言っていた」
そんな昔からか。音環はびっくりした。
「そっくりな子どもに会ったことがある、と言ったら驚かれたよ。電話番号聞かれたから、もしかしたら、他にも情報が来るかもしれないな」
大河はソファに座りなおして、ふぅ、と大きく息をついた。
音環は大河に追加のコーヒーはどう、と聞いて、空になったマグカップにコーヒーを注いだ。
「俺、先生に言われたよ。休ませてやれって。一緒に育っていったから満足しただろうって……」
音環はうなだれた。
「どこに行けばすべっタローに会えるんだろうな……。せめて、最後に一言くらい、話をしたかったな……」
大河の言葉に、音環はうなずくことしかできなかった。
その時、隣で門亜があくびをした。そして、目をこすりだしたので和室へと連れて行った。
「ホントにマメだな……」
戻ってきた音環に大河は言った。
「うん……暴れないから、この状態慣れてきたよ。たださ、長引かせてしまって門亜のキャリアとか……正気に戻った時に、すべて失っていたら申し訳なくてさ。専門家なら、早めに回復させられるかなって思うんだけど、門亜、外に出たがらないんだよ」
小さい子どもなら抱えてでも外に出せるんだけどね、と音環は続けた。
俺も専門家ではないから、わからないが……恐らく、無理に外に出したり見せに行ったりすればそっちの方が悪化するような気がするぞ。
どちらかと言えば、音環が倒れる方が気になる。
「外に出られるなら、逆に弘前に連れていく手はあったんだがな」
俺もいるし、と大河は続けた。
「うん……何とかしてみるよ。幸いまだ雪の季節じゃないしね。通勤にそんなに時間、かからないだろうからさ」
ただ……。行きたい場所がある、と音環は言った。
「昨年の冬に行った、竜飛崎の……多分、普通に転勤だけだとしても当分行けないと思うんだ。ねえ……今度の週末とか、門亜の面倒見てくれない?」
音環は言った。
「門亜が一緒に行けたとしても、運転中に突然暴れ出したら俺、対応が出来ない。それに、この時期より後で行ったら多分、俺、すべっタローがいないのを受け入れていると思うんだ」
どこに行けば会えるのだろう。大河の言葉に音環は引きずられるようにして言った。
多分、竜飛崎に行ったってすべっタローはいないことは分かってる。でも、何処かで線を引かないと、諦めきれないんだ。
読んでくださりありがとうございます。
第6章 足跡です。この章は4つに分かれます。
すべっタローの今までがうっすらと見えてくる章です。




