第5章 崩壊④
だれだ?こんな朝早く。リビングにあるインタフォンのモニタをみると、見たことのない中年の男が立っていた。
ますます怪しい。
音環は階段の下に置いてあるさすまたを握ると、玄関の扉を開いた。そして、風除室のカギを開けた。
中年の男は、音環の持っているさすまたに目が行った。さすまたにいい思い出はないが……そもそも何で個人で持っているんだ?
それにこの目つきは……。あっ!あの写真の!
呪物だ。男は音環の猛禽類のような目つきにそっと目をそらした。
それでも男は平静を装って言った。
「音環くん……だね?私は門亜の伯父だ。弘前の件では大変お世話になった」
男の言葉に、音環は少しだけ警戒を解いた。こんなにタイミングよく門亜の伯父さんが3人も4人も来ないだろう。恐らく本物だとは思うんだけど。
門亜の伯父は警戒を解かない音環に、仕方なく警察手帳を胸ポケットから取り出した。
「こんな形で紹介して済まないね。門亜の上長に様子を伝えないといけないんだが、上がらしてもらっても大丈夫かい?」
音環は伯父の言葉に、どうぞ、と言うと、門亜が眠っている自室のベッドに案内をした。
「昨日、夕方に起きたきりまだ起きていません。熱もまだ下がっていないので、後で往診の先生が来てくれる予定です」
その時は和室に寝かせますけど、と音環は言い訳のように付け加えた。
伯父はそっと門亜の額に手を当てると、確かに熱いな……とつぶやいた。
その時、門亜は目を覚ました。
門亜は目を丸くして男をじっと見た。
「門亜、門亜の伯父さん」
と音環が声をかけると、門亜は部屋を飛び出して、和室へ走って逃げてしまった。
「すみません。実は往診の先生が言っていたんですが、子どもに戻ってしまったようなんです」
今、なんて?
伯父は唖然とすると、音環の顔を見た。確かに、あの姿は子どもの頃に見た仕草だが……まさか、自分の甥がそのような、今になって子どもの仕草をするとは信じがたかった。
音環は、ちょっと試したくなった。まあ、嘘ではない。
「実は、すべっタロー……友人がいなくなったんです。事件とかではないんですけど。それで門亜、ショックを受けてしまって……」
伯父はそれで納得した。いなくなった、と言うのが引っかかるが、過去にも幼馴染を亡くして熱を出して眠り続けた、と言うのがある。恐らくそれと同じなのだろう。
一方で、音環はすべっタローの名前を出しても何の反応もない伯父の姿にここでもか、と内心がっくりとした。
伯父は口を開いた。
「門亜の上長には、事故の衝撃でまだ戻っていない、と伝えておこう。職務復帰に関することも、こちらで打ち合わせておく。ただ……音環くんに甘えたままではいけないのだが、連れて帰るのは難しそうだね……」
どうしたものか。伯父はあごに手を当てた。専門の医者に見せる必要もあるし、この呪物にも仕事があるだろう。
伯父の様子を見た音環は言った。
「僕なら大丈夫です。まだ、定時で上がることが出来ますし、往診の先生、門亜のことを小さいころから見てくれていたようです。相談しながら見せに行こうとは思っています」
音環の言葉に伯父は驚いた。
……なんでこの呪物は、門亜に対してここまで手を尽くすんだ?弘前の時といい、今回といい。
伯父はふと、弘前の事件の時のことを思い出した。風船で足止めをしたのはなかなかの策だったが、もし、多人数で乗り込まれたら命はなかったんだぞ。それでもこの呪物は門亜の危機に身を投じおった。
どこまでもついて行きそうな音環に、出来れば、門亜を少し離したい、と伯父は思った。ただ、今はこの呪物に門亜を預けるしかなさそうだ……。
伯父は目線をただすと、音環に言った。
「もし、手に余るようだったら言ってくれ。強硬手段を取らないといけない時もあるだろう。それまでは……申し訳ないが、門亜を頼む」
そう言うと、伯父は音環の家を出ようとした。音環は和室に向かって「伯父さんが帰るよ」と声をかけたが、ふすまが開く様子はなかった。
そして、玄関が閉まる音がすると、そっとふすまが開いた。音環の姿を見つけた門亜はにじにじ、と音環に寄るとそっと頭を預けた。
――昼休み。大河から電話が来た。大河は土曜日、空いているか、と言った。
「用事はないけど……実は、門亜がおかしいんだ」
音環は周りに人がいないのを確認して言った。
「どういうことだ?」
「実はさ、大河とこの前電話しただろ?そのあと、門亜に話をしたんだけど、食事でもしながら、と言ったあたりで門亜が叫び出したんだ。その後熱を出して寝込んでね。今は何て言うんだろう……子どものようになってる」
マジか……。スマホの向こうで大河のつぶやくような声が聞こえた。
「分かった。音環の家に行っても大丈夫か?恐らく、俺が怖くてもどこかの部屋にもぐりこんで大人しくしてるだろう。その時は短時間で終わらせるさ。この前の話、したいんだ」
あれからもあって、情報がかびる、と大河は続けた。
「うん……予想がつかないけど、もし門亜がおびえるようだったら俺の部屋に突っ込んでおくよ。うちに来てもらってもいい?」
音環は答えた。そして、それじゃ、昼過ぎに、というと電話が切れた。
第5章 崩壊はこのエピソードで終了です。
門亜の伯父さんが音環のことを「呪物」と言っていますが、この後の話(継承)で本領を発揮します。
まるで結界を張ってその中にあるモノはすべて守り、侵入者には容赦なく攻撃をする……。
恋愛の「愛」は知らないと言っている音環ですが、それらを越えた「愛」を知っているようです。
読んでくださりありがとうございます。




