第5章 崩壊①
翌週。門亜が退院した。
音環は昼休みに職場を抜け出すと、車で門亜を迎えに行った。そして、一旦音環の家に送り届けると、再び職場に戻った。
「定時で上がるから、そしたら、門亜の家に行って必要なものを取りに行こう」
あわただしく出ていく音環に門亜はだまってうなずいた。
門亜は、リビングの脇の和室に敷かれていた布団にもぐりこむと目を閉じた。
……ここは音環のじいちゃんたちが生活していた部屋。音環のじいちゃんもばあちゃんも優しかったな……。
大学生の時に、2人とも相次いで亡くなってしまった。その前から、体調を崩したり施設に入ったりしていたらしい。
海外公演を外せない父親の代わりに、音環が喪主を務めていたことを思い出した。
……何だろう。生きるって別れの連続だ。
生きている別れですら会えないのに、そうじゃない別れは思いをはせることすらできないじゃないか。
門亜は再び息苦しくなってきた。
とりあえず、寝よう。布団を頭までかぶせると、ひざを抱えるように布団の中で丸くなった。
――夜になって、音環が帰ってきた。そして、そのまま門亜は音環の車に乗ると、自宅に戻って必要なものをボストンバッグに詰め込んだ。
ちょうど、2つ分になった。棚に飾っておいたきれいな瓶もそっとボストンバッグに詰めた。
門亜が玄関に置いたボストンバッグを、音環は車に詰め込んだ。
玄関に音環が立った時、ふと、小学生の時に何度も門亜に会いにチャイムを押したことを思い出した。
最初は門亜の母親に拒絶されて、次は門亜が寝込んで会えなかった。
拒絶された時は門亜が部屋を飛び出してきた。寝込んだときは……時間がかかったな。
積み込んだ後、運転席から音環が玄関の方を向いていると、門亜が出てきて玄関の鍵を閉めた。つづいて、風除室の鍵を閉めると助手席に乗り込んできた。
「お世話になるね。ありがとう」
穏やかな声だった。昼間によく寝たせいか、門亜の声は少し張りがあるように音環には聞こえた。
音環は家につくと、ボストンバッグを門亜がいる和室にあげた後、台所に向かった。そして、あわただしく米を研ぐと、炊飯器のスイッチを入れた。
「昼にセットするの忘れてたよ。ごめん。炊きあがるのにもう少し時間がかかる」
やっちゃったよー、と言う顔をする音環に、門亜は静かに笑顔を向けた。
「たらこはあるんでしょ?」
ボクはたらこがあれば十分だよ、と言うと、みそ汁を作るからきちんと飲んで、と音環はくどくどと言った。
その時、音環のスマホが鳴った。表示を見ると、大河からだった。
「忙しい時間にすまん。音環、今どこにいる?」
落ち着いた声が聞こえてきた。
「ん?今家にいるよ。門亜が退院したから……しばらく家で養生しつつ仕事にいくようでさ」
ん?退院?音環の言葉を聞いた大河の声が曇った。
「ごめん。事故で入院していたんだ。門亜が困ると思って言っていなかったんだけど、今日退院したんだよ」
そう、音環は答えた。うーん。半月以上入院した、と言うのは黙っておこう。心配するだろうから。
スマホの向こうで、大河のはぁ、と言う声が聞こえた。そして、
「まったく……お前は門亜のこととなるとなんでも抱える。気をつけろ。
お前たちは片翼の鳥だ。見ていて危なっかしい」
と言った。
ん?片翼の鳥?どういう意味だ?音環は言葉に詰まった。
「この前お前の通っていた小学校に調べに行って、ちょっとだけ分かったことがあるんだ。まあ、急ぎじゃないから、門亜が落ち着いたころにでも食事しながら話をしよう。休日ならそっちに行けるから」
音環はありがとう、と言うと、後で門亜にも聞いてみる、と答えた。そして、お互いにじゃあ、と言うと通話が終わった。
「大河から?どうしたの?」
門亜はリビングのソファーに座ってテレビを見ていた。音環は珍しいな、と思いながら話を続けた。
「なんか、すべっタローのことでちょっとだけ分かったことがあったらしいんだ。休日ならこっちに来れるから、時間を合わせて食事をしながら話をしようって」
音環はそう言うと、キッチンに行こうとした。その時だった。
食事……?とつぶやいた門亜は、急に立ち上がった。
「だめだよ……みんなで食事なんかしちゃ……」
感情のこもらない、抑揚のない声だった。
「門亜?」
音環は本能的に、やばい、と思った。目の焦点が……合っていない。
今まで見たことのない門亜の姿に音環は恐る恐る近づいた。
「だめだよ……だめ。楽しい時間の後は、必ず別れがやってくるんだから……」
「おい、門亜、大丈夫か」
音環が門亜の両肩をつかんだ時だった。
「カイ兄ちゃんが消えたのは、ボクがギターに夢中になっているときだったんだ。
大河の家でおやつを食べて笑い転げていた時だったんだ!
すべっタローも、あの飲み会の後に消えたんだ!やだよ!
音環が消えたらやだよ!誰も消えないでよ!!」
消えないで……!門亜は叫んだ。そして最後に絶叫をあげた。まるで体の中のすべてを絞り出すように、門亜は叫び声をあげた。
そして、叫び声がとまると、ふらり、と力が抜けたように倒れ込んだ。
門亜を抱きかかえた音環は、その体が熱を帯びていることに気が付いた。額に手をあてると、今まで触れたことがない熱さだった。
すごい熱だ……!
音環はそのまま、門亜を布団に運んだ。そして、冷凍庫に入れっぱなしになっていた冷却枕を出すと、タオルを当てて頭の下に敷いた。
読んでくださりありがとうございます。
第5章 崩壊は4つに分かれます。
どうぞよろしくお願いします。




