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消失  作者: 群青 ひら
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第4章 正体③

「ごめん。疲れさせちゃったよね。洗濯物とか、ある?門亜の母さん、昨日で帰っちゃったんだろ?」


「いいよ、左腕使えるし。病棟の洗濯機使うから」


門亜はそう言うと、布団を頭の上までかぶせた。


今日はもう帰った方がいいのかな……。音環は、布団をかぶったまま黙っている門亜を見て、休ませた方がいいんだろうな、と思った。


食事もあまり取らないから、回復が遅いらしい。

このままだと、退院と同時に職場復帰となるようだ、とも。


音環は、何の力にもなれない自分がもどかしく思った。


――帰り道。音環はクラクションの音で自分が車道にはみ出して歩いていたことに気が付いた。


……だめだ。頭がはっきりしない。


3月からずっと追われっぱなしだ。まして、今回は銀行の合併があったからなおさらだ。


そこへ来てすべっタローがいなくなった。失踪なんてもんじゃない。まさしく消失だ。

門亜はそこにいるのに、心が消えかかっている……。


もう、弘前にアパートを探さないといけない。しばらくは青森から通勤するとしても……恐らく、吸収された側だ。通勤時間が長いと、寝に帰るようなものだ。


乗り越えられるかな……俺。せめて、門亜が少しでも回復してくれれば気持ち的に安心なんだけどな……。


ふらり。音環を急な睡魔が襲った。音環はコンビニに寄ると、良く冷えたコーラを買って一気に飲み干した。




また来るよ、と言って音環が出ていくのを、門亜は布団の中で聞いていた。


ごめん。音環。よく分からない、と言うのもあるんだけど、怖いんだ。


誰が存在していて、誰が存在しない人なのか……。すべっタローと同じように音環も存在しない人だったら……。


そう、想像して門亜は凍り付いた。


やだ、やだ。音環が消えるなんて嫌だ。せめてさ、どんな形でもいいからボクのそばにずっといてよ。


……もしかしたら、ボクが存在しない人なのかもしれない。実はすべっタローが消えたんじゃなくて、ボクが消えたのかもしれない。今見ているのは、すべっタローの後ろから一緒に見ている、とかさ。


もしかしたら、ボクが記憶していた小学校や中学校の記憶も、夢を見たような作られた記憶なのかもしれないな。かりんを送った後、ボクを力づけようと音環とすべっタローで星を眺めながら飲んだ酒盛り……いや、あれは夢じゃない。


夢じゃないよ……。


寒いだろうからってすべっタローが毛布を出してくれた。凄く暖かかった。あの毛布はどこから出てきたのだろう。


瓶がきれいだからって音環が買ってきてくれたお酒。瓶をボクは離さなかったみたい。今でも部屋に洗っておいてあるよ。


3月の冷気であっという間に冷えたピザ。固かった。


あれは嘘だったの?ボクの思い過ごし?音環とすべっタローが飲んでいるところに一緒になって飲んでいた気持ちになっただけ?


それでもいいよ。すべっタローがいるならさ。音環がいるならさ。


幸せな時間があると、なんでみんな消えていくんだろう……ねえ、ボクを存在しない人にしていいから、すべっタローもカイ兄ちゃんも戻してよ。


門亜は顔を枕に押し当てた。そして、声を殺して涙を流した。


眼球が熱を帯びるのを感じた。ひたすら涙を枕に吸い込ませた。




同じころ。大河はアパートの自室に戻ると、窓に腰かけて空を見上げていた。


湿気を含んだ空気が、星の光を淡くぼかし、金星が、西の空に沈もうとしていた。


……小学生の時、星の観察をしながらテントに泊まったと言っていたな。改めて思い出すと、羨ましいな。


大河は遠くに車が走る音を聞きながらぼんやりと考えていた。


台所で鍋が沸騰する音がして、大河は我に返った。慌ててコンロに向かうと、パスタを入れて火を弱めた。


そして、菜箸で麺をほぐしながら、タイマーをかけた。


続いて、レトルトのパスタソースを、棚をごそごそと漁って探した。トマトソースとクリームソース、どちらにするか……。真剣に考えている自分の姿に、苦笑いをした。


あと2分。


レトルトの外側を水で軽く洗って、どぼん、とゆでている鍋の中に沈めた。


わずかたったこれだけのことが、今までさせてもらえなかった。大抵は朝食も夕食も作られていたが、休日の朝食だけはよく無しになっていたな……。


……今は、自由だ。


空河が結婚して、俺が家を出てそれで、自由を手にする。何とも因果なものだ。


台所問題は解決したのだろうか?まあ、頭のいい空河の嫁さんのことだ。じいさんばあさんの食事の支度のついでに空河の食事も作ってしまうのだろう。離れのキッチンを使って。


台所が聖域ならば、その責務は果たしてもらいたいものだ……。


まあ、今更それを言っても仕方ないが。


ベルの音がした。大河は鍋の火を止めた。よっ、と持ち上げて、流しに置いたざるにパスタをあけると、湯を切って皿に盛った。そして、温まったパスタソースの封を切ると、そのまま上からかけた。


再び、窓に腰かけて、フォークをパスタの山にさした。そして少しすくって息を吹きかけると、そのまま口に運んだ。


つるん、と流れ落ちる喉ごしに、ふいにすべっタローと5人でラーメンを食べに行った時のことを思い出した。


読んでくださりありがとうございます。

音環、門亜、大河の三者三様の夜を描きました。

大河が一番リアリストなのかもしれません。

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