第二話 コンプライアンス ③
森へとやって来た三人は、木々の陰に身を潜めながら奥へと進んでいた。
しばらく進んだところで、先頭を歩いていたゲスオは足を止める。
「あの小屋がヌスット一味のアジトでゲス」
ゲスオが指差した先には、生い茂る木々に囲まれるようにして、一軒の小屋がひっそりと建っていた。
「こんな所に小屋があったんですね」
ソフィは木々の隙間から小屋を覗き込み、感心したように呟く。
「潜伏するにはもってこいの小屋だな」
ゼルも周囲の様子を確認しながら小さく呟く。
するとゲスオは懐から双眼鏡を取り出し、小屋の周辺を注意深く覗き始めた。
「どうだ? 誰かいるか?」
ゼルが小声で尋ねると、ゲスオは双眼鏡を覗いたまま小屋の周囲を確認して答える。
「……誰もいないでゲス」
「ちょうどいい。潜入するぞ」
そのゼルの合図で、三人は周囲を警戒しながら小屋の中へと潜り込んだ。
すると小屋の中には、金貨の詰まった袋や宝石や装飾品の品々。その他にも各地から盗み集めたと思われるお宝が、所狭しと積まれていた。
「おいおい見てみろよ」
目の前に広がる大量のお宝を前に、ゼルは思わず声を上げる。
「オイラ、こんなにたくさんのお宝を見るのは初めてでゲス!」
ゲスオも目を輝かせながら、積まれた宝を食い入るように見つめていた。
「あの……勝手に入って大丈夫なんですか?」
一方、ソフィだけは不安そうに小屋の中を見回していた。
「盗賊団も勝手にこの小屋を使っているだけだから大丈夫でゲス」
「そういう問題ではないような気がしますが……」
どうにも納得できず、ソフィは困ったように呟いた。
そんなソフィをよそに、ゼルはさっそく本来の目的に取りかかる。
「そんじゃ、“仕事”を始めるぞ」
そう言うと、ゼルは積まれていた金貨や宝石を、持参した鞄に次々と放り込み始めた。
「…………?」
その様子を見ていたソフィは、しばらく呆気に取られていた。
しかし鞄の中へ次々と宝が消えていくのを見て、ようやく我に返る。
「ちょっとゼルさん! 何をやってるんですか!?」
「見りゃ分かるだろ。お宝の回収だ」
ゼルは手を止めることなく、当然のように答えた。
「ダメですよ! そんなのただの泥棒じゃないですか!」
「これじゃあどっちが盗賊か分からないでゲス」
二人から非難され、ゼルはムッとした様子で反論する。
「お前ら人聞きの悪いことを言うな! これは盗みではなく『富の再分配』だ!!」
「「富の再分配?」」
聞き慣れない言葉に、ソフィとゲスオは揃って首を傾げた。
そんな二人に、ゼルは得意げに説明を始める。
「いいか? この宝の山は、元々貴族とか王族とかの物だろ?」
「だから元の持ち主のところに返さないといけないでゲス」
「だからゼルさんが勝手に持って帰っちゃダメなんです」
二人の説得に、ゼルは動じることなく反論する。
「考えてみろ。このお宝を金持ちに返したところで、結局金持ちが金を抱え込むだけで、庶民との格差は何も変わらない」
「だからなんなんですか?」
いまいち話の意図が見えず、ソフィは怪訝そうに尋ねる。
「だから俺たちがこの宝の山を頂いて、庶民に還元するんだ」
「還元って……何をするつもりですか?」
「簡単な話だ。今回みたいに納税の資金にしてもいいし、繁華街で豪遊したっていい。とにかく(俺が)町で金を使えば庶民が潤い、みんな幸せになる」
ゼルは得意げに、自分勝手な理屈を並べ立てる。
「風が吹けば桶屋が儲かるってヤツでゲス?」
「その通り! 俺たちが経済を回すんだ!」
「そんなの、ゼルさんがお金を使いたいだけじゃないですか」
ソフィが冷静に本質を突く。
「ギクッ」
図星を突かれたゼルの肩が、分かりやすく跳ねた。
そのあからさまな反応を見て、ソフィはますます疑いの目を向ける。
「…………ゴホン」
その視線に耐えかねたのか、ゼルは誤魔化すように咳払いすると、急に神妙な表情を作った。
「なあソフィ。お前はこの町の現状を見て何とも思わないのか?」
「なんですか急に」
突然話が大きくなり、ソフィはさらに訝しげな顔をする。
「親を亡くした孤児。今日食べるパンにも困ってる若者。ボロボロの服を着て寒さに震えてる老人――そんな貧困に苦しんでいる人たちを見て、お前は何とも思わないのか!?」
ゼルはまるで演説でもするかのように、熱のこもった口調で訴えかける。
「それは何とかしてあげたいですけど……」
ソフィは困惑しながらも、ゼルの言葉に心を揺さぶられる。
「この宝の山はな、盗賊が持っていても誰も幸せにならないんだ。でも俺たちが持ち帰れば、人々を救える金になる」
「なんか良いことのような気がしてきたでゲス」
ゼルの説得に、徐々に感化され始めるゲスオ。
「う〜ん……もしかして良いことなんですかね?」
そしてソフィの気持ちが揺らいでいるのを見逃さず、ゼルはさらに言葉を続けた。
「いいかソフィ! 不幸な人々を救えるのは今ここにいる俺たちだけなんだぞ!?」
「でも……」
まだ迷いを捨てきれないソフィに、ゼルはさらに声を張り上げる。
「今やらないでいつやるの!!?」
その言葉を最後に、小屋の中がしんと静まり返った。
ソフィは何も答えず、ただゼルを見つめている。
ゼルもまた、真剣な表情でソフィを見つめ返した。
そしてゼルは固く拳を握りしめて、そっとソフィに囁きかける。
「今でしょ……!!」
「……ゼ、ゼルさん……!!」
ソフィは感銘を受けたように、言葉を続ける。
「私、やります!!!」
その勢いに感化されたゲスオも、すかさず拳を掲げる。
「オイラもやるでゲス!!」
二人の返事を聞いたゼルは、満足そうにニヤリと笑った。
「そうと決まればお宝を回収するぞ!」
「「はい!!」」
特にソフィは、先ほどまでの迷いが嘘のように使命感に燃えていた。
「やりましょう! みんなのために!」
完全にその気になった二人を見て、ゼルは満足そうに声を張り上げる。
「よっしゃあ! 金目の物は全部頂いていくぞ!!」
「「ヒャッハーーーー!!!」」




