第二話 コンプライアンス ①
いつもの朝。
窓の外には雲ひとつない青空が広がり、暖かな日差しがゼノビア教会を照らしている。
そんな気持ちのいい朝だというのに、ゼルはいつまでたっても神父室のベッドから出られずにいた。
「ゼルさん朝ですよ〜。起きてくださ〜い」
ソフィが元気よく神父室へ入ってくると、ベッドに潜り続けるゼルを横目に窓辺へ向かう。
そして閉め切られていたカーテンを勢いよく開け放った。
眩しい朝日が一気に部屋へと差し込み、ゼルの顔を容赦なく照らす。
「あぁ……」
ゼルは眩しそうに目を細めながら、気だるげな声を漏らした。
「おはようございます。今日もいい天気ですよ!」
ソフィは窓の外を眺めながら、明るい声でゼルに呼びかける。
「もう少し寝かせてくれ……」
ゼルはベッドの中から力のない声で答えた。
「おや? あまり調子が良くなさそうですね」
いつもとは違うゼルの様子に気が付き、ソフィは心配そうにベッドへ歩み寄る。
「お辛いのであれば回復魔法をかけますよ?」
ソフィはゼルの顔を覗き込みながら尋ねた。
しかしゼルはベッドに横になったまま、小さく首を振る。
「いや、回復魔法じゃどうにもならないんだ」
そう答えるゼルの顔色は悪く、声にもいつもの覇気がない。
「本当に大丈夫ですか……?」
「大丈夫だ。酒が抜けてきたら良くなるから……」
「酒……?」
その言葉に引っかかりを覚えたソフィは、ふと足元へ視線を落とす。
そこでようやく、ベッドの脇に転がる酒の空き瓶に気がついた。
「って、もう! また二日酔いなんですか!?」
「アイタタタ……騒ぐなって。頭が割れるだろ」
大声が頭に響いたのか、ゼルは顔をしかめながら頭を押さえた。
「心配して損しましたよ! ほら! 早く起きてください!」
ソフィは布団に潜ったままのゼルを掴むと、その身体をユサユサと揺すり、無理やり起こそうとする。
「おいやめろバカ! 今俺を動かしたら“大変なこと”になるぞ!」
「何を訳の分からないこと言ってるんですか! またそうやって理由をつけてサボるつもりですね!?」
ソフィは聞く耳を持たず、さらに激しくゼルを揺さぶる。
ユサユサ、ユサユサ――。
「分かった! 分かったから! 起きるから一旦止めろ!」
「ふむ。分かればいいんです」
ソフィがどこか満足そうな表情をする一方で、ゼルは気だるそうにのそりと身体を起こす。
「ゼルさん! 頑張って働いて、聖女様にお金を返しましょうね!」
「ああその話な、もう忘れていいぞ」
「へ?」
思いがけない返答に、ソフィはきょとんとゼルを見る。
「聖女様から借りた金、返しといたから」
「えっ!? 三十万ゴールドなんて大金、どうやって返したんですか!?」
「ちょっと連チャンが止まらなくてな」
「連チャン……?」
聞き慣れない言葉に、ソフィは怪訝そうに眉を寄せた。
「いや〜最近のパチンコ台は凄いよな! 九万五千発も出ちゃうんだぜ!?」
ゼルは興奮が蘇ってきたのか、嬉しそうに語り始める。
「まさか……またギャンブルですか……?」
ソフィの表情がみるみる険しくなっていく。
「何言ってんだよ。パチンコはギャンブルじゃないぞ?」
「じゃあなんだって言うんですか!?」
ソフィが食ってかかると、ゼルは持論を語り始める。
「パチンコってのはな、期待値のある台だけ打てば必ず勝てるんだ。だからギャンブルじゃなくて投資なんだわ」
「グギギギギ……! また意味不明な屁理屈を……!!」
ゼルのあまりにも都合のいい理屈に、ソフィは怒りを募らせながら拳をワナワナと震わせていた。
――その時。
ガン、ガン――。
玄関のドアノッカーが鳴り響き、外から少し甲高い男の声が聞こえてきた。
「ごめんくださいでゲス〜!」
「ゲッ、この声は!」
心当たりがありそうな反応を見せるゼルに、ソフィは不思議そうに尋ねる。
「お知り合いですか?」
「い、いや、あんな奴知らん! 放っとけ!」
ゼルは慌てて否定すると、露骨に居留守を決め込もうとした。
しかし、扉の向こうの男はゼルを逃がすつもりはないらしい。
「ゼルさ〜ん! 居るのは分かっているでゲス〜! このままだと脱税になっちゃうでゲス〜!!」
「だ、脱税!?」
ソフィの表情が一変する。
「私ちょっと行ってきます!」
そう言うや否や、ソフィは足早に神父室を出て玄関へと向かった。
「あっ、こら! 待てソフィ!」
仕方なくその後を追うゼル。
しかしゼルが玄関に辿り着いた時には、ソフィはすでに扉を開け放っていた。
その扉の先に立っていたのは、ソフィと同じくらいの背丈しかない小柄な中年男性。
広めの額に穏やかな目元をしたその男は、どこか真面目で誠実そうな印象を与える。
「どうも。オイラ、税務署から来た“ゲスオ”でゲス!」
「ゲスオ……さん……?」
突然の来訪者を前に、ソフィは少し戸惑いながらその名を繰り返す。
「はぁ…………」
ゲスオの姿を前に、ゼルはうんざりしたように深いため息をついた。




