第一話 二分の一 ③
教会を飛び出した二人がやって来たのは、大勢の人々で賑わう華やかな建物だった。
室内にはいくつもの遊戯台が並び、着飾った客たちが金貨やチップを片手に一喜一憂している。
そのあちこちからは、歓声や悲鳴が飛び交い、金貨のぶつかる音が絶え間なく響いていた。
ソフィは呆気に取られて辺りを見回していたが、やがて何かに気づいたようにハッとする。
「って、ここカジノじゃないですか!!!!」
ソフィの叫び声がカジノ中に響き渡った。
「仕方ないだろ。今からまともに働いたところで、三十万ゴールドなんて大金は稼げないんだし」
「だからって……」
「まあまあ、いいからここに座れって」
ゼルは渋るソフィの背中を押し、半ば強引に一台のスロット台へ座らせた。
「えっ、私スロットなんてやったこと無いですよ?」
「だからいいんだよ」
ゼルは意味ありげな笑みを浮かべた。
「……?」
怪訝そうにするソフィに、ゼルは得意げに説明を始める。
「いいか? カジノってのは監視魔法で監視されてるんだ」
「はあ……」
いまいち話が見えないソフィは、曖昧に相槌を打つ。
「監視してる奴が『コイツ初心者だな』って思ったら、遠隔魔法で勝たせてやるんだよ」
「なんでそんなことをするんですか?」
「初心者にいい思いをさせて、ギャンブルにのめり込ませる為だ。これがビギナーズラックってヤツの正体でもある」
ゼルは堂々と言い切る。
「なるほど! そうやってギャンブル依存症を作り上げるんですね!」
「ああ。そうやって俺みたいに最初にいい思いをした奴は、ギャンブルにのめり込み……勇者もクビになり……気がつけば借金まみれで……神父なんかやらされて……ブツブツ……ブツブツ……」
「あの……ゼルさん……?」
様子がおかしくなったゼルに、ソフィが恐る恐る声をかける。
「ああすまん。何が言いたいかと言うと――明らかに初心者であるお前は、このスロットで必ず勝てるってことだ」
「そんなに上手くいきますかね?」
ソフィは半信半疑のまま、目の前のスロット台に視線を向ける。
「大丈夫だって。とにかくこのレバーを叩いてみろよ」
ゼルはスロット台のレバーを指差し、ソフィに促した。
「それじゃ、いきますよ?」
ソフィがレバーをガシャンと叩くと、三つのリールが勢いよく回り始めた。
「いいか? 左のボタンから押すんだぞ?」
「はい!」
ゼルに言われるがまま、ソフィは一番左のボタンを押す。
ポチッ。
『7・・』
「「おっ」」
二人の視線が左のリールに釘付けになる。
続いて、真ん中のボタンを押す。
ポチッ。
『77・』
「「おおっ!」」
二人が揃って身を乗り出した。
残るは、あと一つ。
ソフィは緊張した面持ちで、最後のボタンへと指を伸ばす。
ポチッ。
『777』
テッテテレテ テッテテレテ テッテテレテテ〜♪♪
「「おおおおお!!!!」」
三つの数字が揃った瞬間、ゼルとソフィの歓声が店内に響き渡る。
「ゼルさん! 当たりましたよ!?」
「な!!! だから言ったろ!? ほら! どんどんスロット回そうぜ!」
「はい!!」
先ほどまで半信半疑だったソフィも、すっかりその気になっていた。
その後もゼルの読み通り、大当たりは続く。
回せば当たり、また回せば当たり――
最初は三万ゴールドだった軍資金はみるみるうちに膨れ上がり、目標としていた三十万ゴールドに到達した。
「やったあ!! ゼルさん! これでなんとか教団維持費を払えそうですね!」
「そうだな!」
満面の笑みを浮かべるソフィに、ゼルも満足げに答える。
「早速支払いに行きましょう!」
そう言ってカジノを出ようとしたソフィを、ゼルは呼び止める。
「まあ待てよ」
「なんですか?」
ソフィが足を止めて振り返ると、ゼルは店内のある一点を指差した。
「アレを見ろ」
言われるがまま、ソフィはその先へ視線を向けた。
「あれは……ルーレットですか?」
ソフィが円形の盤を見つめながら尋ねる。
「そうだ。細かいルールは色々とあるが……簡単に言えば赤か黒に賭けて、当たったら賭け金が倍になるシンプルなギャンブルだ」
「緑もありますけど」
ソフィが盤の一角にある緑色の枠に気がつく。
「緑なんて滅多に出ないから、無いものとしていい」
「そういうものですか。……それで、そのルーレットがどうしたんですか?」
不思議そうに見上げるソフィに、ゼルは不敵な笑みを浮かべた。
「あのルーレットはな、七回連続で黒が出ているんだ」
「それが何か?」
「相変わらず鈍いなお前は」
ムッとするソフィをよそに、ゼルは話を続ける。
「赤か黒の二択で、黒になる確率は分かるか?」
「バカにしないでください。二分の一、つまり五十パーセントです」
ソフィは少しムキになって答えた。
「じゃあ黒が出て、その次も黒になる確率は?」
「ええっと、五十パーセントで黒が出て、次も五十パーセントで黒だから……二十五パーセントですね」
ソフィが頭の中で計算しながら答えると、ゼルは満足そうに説明を続ける。
「そう。ちなみに、七回連続で黒が出る確率を計算すると約〇・八パーセントになる。そして八回連続となると約〇・四パーセントだ」
「もしかして……!」
ソフィがはっと目を見開く。
「アホなお前でも流石に気がついたようだな」
ソフィがゴクリと唾を飲むと、ゼルはルーレットを指差して自信満々に続ける。
「そう! あのルーレットで八回連続で黒になる確率は限りなく低い!」
ゼルの言葉に、ソフィはハッと目を見開く。
「と、言うことは……」
ソフィが恐る恐る口にすると、ゼルは力強く告げた。
「赤に賭ければ、ほぼ間違いなく勝てるってことだ……!」
「ナ、ナンダッテー!!」
衝撃の事実を知ったソフィは驚きの声を上げ、興奮した様子でゼルに詰め寄る。
「ゼルさん! 大チャンスじゃないですか!」
「行くぞソフィ! ここで勝負しないのは只のバカだぜ!」
「はい!!」
すっかりその気になった二人は、意気揚々とルーレットの卓へと向かう。
そしてゼルは手持ちのチップを力強く卓上に置くと、ディーラーのバニーガールに声をかけた。
「おいネーチャン! 赤に全ベットだ!」
「ハーイ♡」
バニーガールはにこやかに答え、二人の賭けを受け付ける。
二人が赤に大金を賭けたのを見て、周囲のギャラリーたちがざわつき始めた。
「おい、あいつら全部賭ける気か……?」
「赤に全額だと……?」
いつしかルーレットの周りには人だかりができ、その行方を見守っていた。
「それではスタート♡」
バニーガールがルーレットを回し、盤上へと球を放つ。
勢いよく回転する盤。その外周を、小さな球が軽快な音を立てながら駆け抜けていく。
カラカラカラカラ――。
ゼルとソフィは食い入るように球を見つめる。
そして次第に盤の回転が弱まり、球の勢いも落ちていく。
「いけ! 赤だ!」
「赤です! 赤!!」
二人の叫びをよそに、球はカラカラと盤上を走り続ける。
一周、また一周――。
回るたびに速度を落とし、運命の瞬間が迫ってくる。
ゼルもソフィも固唾を呑み、ただただ球の行方だけを見つめていた。
カラッ、カラッ、カラッ――。
球が跳ねるたび、赤へ、黒へ、また赤へ。
どこに落ちるのか分からないまま、盤上を激しく行き来する。
そのたびに二人の視線も右へ左へと振り回された。
――そして最後に、球が大きく跳ね上がる。
黒か――!
赤か――!
「「うおおおおおお!!! 赤ぁぁぁぁ!!!!」」
二人の絶叫が響き渡る中、球は最後の力を失い――。
カラン。




