第一話 二分の一 ②
――翌日。
ゼルは聖女から渡された地図を片手に、ゼノビア町の一角を訪れていた。
地図と目の前の建物を見比べ、足を止める。
「ここがゼノビア教会か」
目の前に建つ教会は、ずいぶんと年季が入っていた。
外壁はところどころひび割れ、屋根も色褪せている。木製の扉や窓枠にも傷みが目立ち、お世辞にも立派な教会とは言えない。
しかし荒れ果てているわけではなかった。
窓や扉は綺麗に拭かれ、入口の石段にも落ち葉ひとつ見当たらない。古びてはいるものの、掃除だけは隅々まで行き届いている様子だった。
「……」
ゼルが物珍しそうに教会を眺めていると、不意に正面の扉が開いた。
中から姿を現したのは、一人の少女。
さらりとした金色の髪に澄んだ青い瞳。まだ幼さの残る顔立ちで、純白と青を基調としたシスター服を身にまとっている。
少女はゼルに気が付くと、そのまま歩み寄ってきた。
「こんにちは。貴方がゼルさんですか?」
「おう。お嬢ちゃんは?」
「私はここでシスターをしているソフィと申します! よろしくお願いします!」
ソフィは元気よく名乗り、ぺこりと頭を下げた。
「よろしくな」
ゼルも軽く応える。
「今日から二人で頑張りましょうね!」
「そうだな!」
ゼルは威勢よく返事をしたものの、ソフィの言葉が妙に引っかかった。
「――って“二人で”ってなんだ? 他に人はいないのか?」
「へ? 聖女様から聞いてないんですか? ここには私しかいませんよ?」
ゼルの表情が固まる。
「おいちょっと待て。元々ここにいた神父はどうしたんだ? こういうのって仕事の引き継ぎとかあるんじゃないのか?」
嫌な予感がしたゼルは、矢継ぎ早に問いかける。
「前の神父様は、本部のプレッシャーに耐えきれず失踪しました」
「本部のプレッシャー?」
聞き慣れない言葉に、ゼルは怪訝な顔をする。
「このゼノビア教会は教会本部から徒歩一時間くらいの距離にありますよね?」
ソフィは確認するようにゼルへ問いかける。
「ああそうだな」
「教会の業績が悪かったり何か問題があったりすると、本部の人間が直接視察に来て色々と難癖をつけられるんです」
「なんだよ面倒くせえ奴らだな」
露骨に嫌な顔をするゼル。
「本部の近くにある支部は、それだけ期待されているということでもあります」
ソフィは少し困ったように笑った。
「ふーん。そのプレッシャーに耐えられず失踪したってことね……。そんで、他のシスター共は?」
「前神父様が失踪した後、残ったシスターの負担が増えて連鎖退職が起きてしまい……気がつけば私一人になっていました」
「そうか」
ゼルはそれ以上追及せず短く答える。
するとソフィは、気を取り直すように表情を明るくし、ぐっと両手を握りしめた。
「ゼルさん! これから一緒に頑張りましょうね!!」
「ああ頑張れよ」
ゼルはまるで他人事のように答える。
「もう! ゼルさんも一緒に頑張るんですよ!!」
「わかってるって、うるせえなあ」
――こうして、ゼルとソフィの奇妙な教会生活が始まるのであった。
★★★
ゼルが神父としてゼノビア教会で働き始めてから三週間が経った。
そんなある日の事。ゼルは神父室のベッドに寝転がりながら競馬新聞を広げていた。
ゼルのその姿に仕事をする気配はなく、新聞に載っている出走馬を眺めながら、のんびりと時間を潰している。
すると突然――神父室の扉が勢いよく開き、ソフィがずかずかと入ってきた。
「ゼルさんまたサボってるんですか!? ちゃんと働いて下さい!!」
ゼルは競馬新聞から目を離そうともせず、面倒くさそうに答える。
「いや昨日働いただろ」
「毎日働くんですよ!!」
あまりにも当然のことを言われ、ゼルはようやく新聞から目を離した。
そしてベッドに寝転がったまま、顔だけをソフィへ向けて堂々と言い放つ。
「俺、ライフワークバランスを大切にしているんだわ」
「グギギギ……相変わらず屁理屈ばかり……!」
ソフィが苛立たしげにゼルを睨んでいると――
「あっ」
ゼルが何かを思い出したように声を上げた。
「?」
ソフィは何事かと首を傾げる。
「なんか変な手紙が来てたぞ」
ゼルはベッドから身を起こすと、机の上に置かれていた赤い封筒を手に取り、ソフィへ差し出した。
「なんですかこれ……?」
ソフィは戸惑いながら封筒を受け取り、その場で封を開ける。
中から取り出した一枚の紙に目を通すと、その表情が曇った。
「催促状……?」
ぽつりと読み上げた次の瞬間、ソフィは目を見開いた。
「――ってこれ教団維持費の催促状じゃないですか! ゼルさん払ってないんですか!?」
ソフィは血相を変えてゼルに詰め寄った。
「あん? なんだその“教団維持費”ってのは」
「教会本部の運営や教団全体の活動を維持するためのお金のことですよ! 毎月本部に納めろって言われてるじゃないですか!」
ソフィが催促状を突きつけながら声を荒らげる。
「そうだったっけ?」
悪びれる様子もないゼル。
「はあ……」
ソフィは呆れたようにため息をつき、催促状に視線を落とす。
そこに記された内容を確認すると、より一層表情を曇らせた。
「しかも支払い期限明日までだし……」
「いくら払えばいいんだ?」
「三十万ゴールドです」
「ゲッ、そんなにするのか」
予想以上の金額に、ゼルは顔をしかめる。
「仕方ないじゃないですか。これだけ大きな組織を運営するのには、それなりのお金がかかるんです」
「ふーん。そんじゃ、支払いよろしく」
それだけ言うと、ゼルは再びベッドに寝転がる。
「えっ、私お金なんて持ってませんよ?」
当然のように支払いを押しつけられ、ソフィは戸惑いの声を上げた。
「いや俺だって無いぞ?」
「へ?」
あまりにもあっさりと言われ、ソフィはきょとんとゼルを見る。
「よく考えてみろ。こんなに毎日だらけていて金なんか持ってるわけないだろ」
「確かに……」
自信満々のゼルに、ソフィは思わず納得しかける。
「って、教団維持費が払えないじゃないですか!!」
「うるせえなあ。別にいいだろちょっとくらい」
ゼルが気にも留めない様子で言うと、ソフィはすかさず声を上げた。
「絶対にダメです! 維持費を滞納すると“大変なこと”になるんですよ!」
「何だよ“大変なこと”って」
ゼルは相変わらず軽い調子で尋ねる。
「まず、毎月本部で開かれる神父会議で公開処刑にされます」
「公開処刑?」
物騒な言葉に、ゼルはごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと身を起こした。
そんなゼルに、ソフィは真剣な面持ちで説明を始める。
「神父会議が始まると、維持費の滞納者は皆の前に立たされて、本部の重役の人達から激しい叱咤激励を受けます」
ゼルの表情が徐々に引きつっていく。
「そして一通り叱咤された後は、今後の目標の発表や反省文の提出もあり、当然その反省文も全員に晒されます」
「おいなんだその地獄みたいな状況は!?」
思わず声を上げるゼルに、ソフィは容赦なく追い打ちをかける。
「それだけでは終わりません。維持費を滞納した支部には、重役が視察に入ります。その視察中にも重役の激しい叱咤が――」
「やめろぉ!! それ以上やったら神父が壊れちまうだろうがぁぁ!!!」
これ以上は聞いていられないとばかりに、ゼルはソフィの話を遮った。
「いいですかゼルさん? 私たちは絶対に教団維持費を払わなければいけないんです」
ソフィは念を押すように、ゼルをまっすぐ見つめる。
「クソッ、必ず払ってやる……」
ゼルは決意を固めると、勢いよくベッドから立ち上がる。
「おいソフィ! 教会内の金をかき集めろ!」
「はい!!」
――それから、二人は教会内にあるお金を片っ端からかき集めた。
神父室の引き出しから棚の奥まで、お金がありそうな場所をくまなく探し回る。
しばらくして、二人は集めたお金を神父室の机に並べた。
「ゼルさん、いくら集まりましたか?」
ソフィが不安そうに尋ねる。
「三万ゴールドだ」
「全然足りない……」
必要なのは三十万ゴールド。どう考えても足りない。
ソフィが肩を落とす一方で、ゼルは自信ありげな表情を浮かべている。
「いや、大丈夫だ。三万ゴールドあればなんとかなる」
「へ?」
思いもよらない言葉に、ソフィは首を傾げた。
「行くぞソフィ! 付いてこい!!」
するとゼルは、机の上の三万ゴールドを勢いよく掴み取り、足早に神父室を出ていく。
「えっ? は、はい!!」
何をするつもりなのかも分からないまま、ソフィは慌ててゼルの後を追った。




