第一話 二分の一 ①
ゼノビア町の中心には、巨大な教会本部がそびえ立っていた。
その教会本部の最奥――広大な大聖堂には、一人の男の姿があった。
無造作に伸びた黒髪に鋭い三白眼。見るからにガラが悪く、黙って立っているだけでも人を遠ざけるような威圧感がある。
その男こそ、勇者ゼルである。
普段は滅多なことでは動じないゼルだったが、今ばかりは様子が違っていた。
「…………」
右を見る。
左を見る。
そして諦めたように正面へ視線を戻す。
視線の先には一人の女性の姿。
艶やかな紫紺の長髪に切れ長の紫の瞳。白金の聖衣をまとったその女性は、美しい容姿に似合わぬ威厳を漂わせていた。
彼女こそ、教会を束ねる聖女である。
そして今、聖女はすこぶる機嫌が悪かった。
「…………」
聖女は何も言わず、ただ冷え切った眼差しでゼルを見つめている。
ゼルの額にじわりと汗が滲んだ。
魔物の群れに囲まれた時でさえ、ここまで居心地の悪い思いをした覚えはない。
そしてついに聖女が沈黙を破る。
「ゼル……とうとう勇者をクビになったそうですね」
ゼルの頬がぴくりと引きつる。どうやら今日ここへ呼び出された理由は、それらしい。
「いやぁ、そうみたいですな! 残念!! ガハハハ!!」
無職ゼルは、すべてを誤魔化すように豪快な笑い声を上げた。
だがそんな見え透いた誤魔化しが通用するはずもなく――
「笑い事ではありません!!!」
聖女の一喝が大聖堂に響き渡る。
「いやその……“ちょっと”ハメを外しすぎちゃったみたいで……」
ゼルが苦し紛れの言い訳を口にすると、聖女の眉がぴくりと動いた。
「酒に溺れての暴力沙汰、博打による借金、女関係のもつれ……言い出したらキリがないほど問題を起こしておいて――ちょっと?」
聖女はゼルの悪行を一つずつ並べながら、冷ややかな眼差しを向ける。
「……すんません」
反論の余地の無いゼルは、あっさりと折れて頭を下げる。
だがこれでお説教が終わるほど、聖女は甘くはない。
「それで――教会が貴方に貸しているお金はどうするつもりですか?」
「えっと…………」
逃げ道を探すように視線をさまよわせていたゼルだったが、意を決したように口を開いた。
「無かったことにならないすかね?」
「は?」
低く、冷たい声だった。それだけで大聖堂の空気が一気に冷え込んだような気がして、ゼルの背筋が伸びる。
「いや冗談だって聖女様! 必ず返しますって!」
慌てて両手を振るゼルを、聖女は疑わしげに見つめる。
「返すアテはあるのですか?」
「まあ……なんとか……」
ゼルは歯切れ悪く答え、そっと目を逸らした。
その瞬間に聖女の目が細くなった。
「まさかギャンブルでお金を作ろうだなんて考えていませんよね?」
「そ、そ、そそそそそんな事するワケないじゃないすか!」
ゼルは分かりやすいほどに動揺し、聖女の視線はさらに険しくなる。
「では真面目に働いてお金を返すという事ですね?」
「ぐっ……」
逃げ道を塞がれ、ゼルは完全に言葉を詰まらせた。
「…………」
ゼルはしばらく抵抗するように黙っていたが、これ以上は無駄だと悟り、渋々口を開く。
「はい……必ず働いてお返し致します」
その瞬間だった。
「よい心掛けです!!!!」
「うおっ」
突然の大声に、ゼルは思わず身を仰け反らせる。
何事かと顔を上げれば、聖女は先ほどまでの冷たい表情が嘘だったかのように、満面の笑みを浮かべていた。
「……?」
あまりの変わりように、ゼルは眉をひそめる。だがそんな困惑などお構いなしに、聖女は嬉々として話を続けた。
「真面目に働いて借金を返済しようとする――そんな貴方に“やりがいのある仕事”を紹介しましょう!!」
やりがいのある仕事。
その言葉を聞いた瞬間、ゼルの胸に嫌な予感が走った。
「あの……聖女様……仕事って……?」
ゼルは恐る恐る尋ねる。
「貴方は“神父”として、このゼノビア町にある“教会”で働いて貰います」
「えっ、なんすか急に」
あまりにも唐突な話にゼルは戸惑うが、聖女は構わず続ける。
「実は今、教会は深刻なる人手不足なのです」
「はあ……」
いきなり始まった教会の内部事情に、ゼルは曖昧な相槌を打つ。
「特に神父に就いてくれる人材がいません」
「そうなんすか」
「折角若手を育成しても、やれ割に合わないだの、やれ人間関係が面倒くさいだの、文句ばかり言って逃げ出す始末」
「そうなんすか」
興味があるのかないのか分からない返事だった。
だが聖女はそんなゼルの態度など気にも留めず、大きく息を吸い込んだ。
「そこで!!!」
「うおっ」
再び大聖堂に響いた大声に、ゼルの肩が跳ねる。
「適性のある貴方に、神父を任せたいと考えた訳です!!」
「俺に神父の適性……?」
聖女のあまりにも意外な言葉に、ゼルは自分を指差しながら首を傾げる。
そして聖女は迷いなく言葉を続ける。
「上司のパワハラを適当に受け流すことが出来る壊れた心! 部下からの意見を自分に都合よく捻じ曲げる狂気の技術! そしてどんな長時間労働にも耐えうる強靭な肉体!!」
一つ、また一つと指を折りながらゼルの適性を並べていき、最後には胸を張って言い切った。
「そう!! 貴方には神父に必要な要素が全て備わっているのです!!!」
「おい全然褒められてる気がしないぞ!!!」
案の定ゼルが噛みつく。
「やかましいですね。いいから引き受けるのです!」
「いやでも急に神父とか言われてもよぉ」
あまりにも強引な話に、ゼルは困ったように頭を掻く。
その反応を予想していたのか、聖女はさらりと付け加えた。
「引き受けてくれるのならば人並み以上の給料も出しますし、借金返済の期限を延ばしてあげましょう」
「なにぃ!? 本当か聖女様!?」
食いつくゼル。
「聖女に二言はありません」
聖女がきっぱりと言い切り、ゼルの迷いは完全に消える。
「わかったぜ聖女様! 是非俺にやらせて下さい!!!」
「決まりですね」
聖女は満足げに頷いた。
「よっしゃあ! やってやるぜ!!」
そんな現金な男を前に、聖女は小さく息をつくと、改めて告げる。
「では、勇者改め神父ゼルよ――頼みましたよ」




