第九話 雨乞い ③
「では、次はオイラの話をするでゲス」
ゲスオは皆の前へ歩み出ると、空を見上げて声を張り上げた。
「オイラが子供の頃は、この国は今よりももっと活気があって……働いている大人たちも今よりずっと楽しそうで……景気もすこぶる良かったでゲス」
ゲスオはどこか遠い目をしながら、昔を懐かしむように言葉を続ける。
「だからオイラも大人になれば普通に就職して、普通に働いて、普通に家庭を持つものだと思っていたでゲス」
「ゲスオさんは一体何の話をしているんですか……?」
「全然悲しい話じゃないっす」
今イチ話の意図が掴めないソフィとユニコ。
「いや、あの世代の不幸はここから始まるんだ」
「「?」」
意味深なゼルの言葉に、二人は揃って首を傾げた。
「ところが……いざオイラたちが社会に出る頃になると、景気はすっかり冷え込んでいたでゲス」
ゲスオの表情が次第に曇っていく。
「就職活動では何社面接を受けようと不採用……。まともな会社なんて選べる状況じゃなく、結局オイラはブラック企業に入るしかなかったでゲス」
ゲスオは当時を思い出しながら、淡々と話を続ける。
「当然そんな会社で長く働けるはずもなく……辞めては次の仕事を探し、また辞めては次を探す。その繰り返しで、気がつけば派遣やアルバイトを転々とする生活になっていたでゲス」
「なんで派遣とアルバイトを繰り返すんすかぁ??」
「正社員で転職しなかったんですかね?」
事情を知らない二人は素朴な疑問を口にする。
『あの時代は正社員での転職は非常に難しく、一度レールから外れると中々正社員には戻れなかったのだ』
「そもそも求人自体全然なかったしな」
何故か事情に詳しいリザードマンとゼルが、二人に説明をする。
そしてゲスオは、これまで溜め込んできたものを吐き出すように叫んだ。
「そしてそのあとにやって来た金融危機も、大震災も、世界的な感染症も! 自己責任だとか、努力不足だとか好き勝手言われながら必死になって乗り越えたでゲス!」
『乗り越えたというより、諦めて流れに身を任せていたという方が正しいのでは?』
「……お前って意外と容赦ないよな」
ゼルは身も蓋もないリザードマンに呆れつつ、ゲスオに同情の視線を向ける。
「やがて景気が上向きになり、人手不足だ売り手市場だと騒がれ始め、今度こそオイラたちにもチャンスが来たと思ったでゲス!!」
「うおお! ここからゲスオさんの反撃が始まるっす!!」
『そんなに簡単な話ではない』
盛り上がるユニコに、冷静に水を差すリザードマン。
「でも……いざ正社員を目指せば年齢と長い非正規歴を理由に弾かれ……ならばせめて賃上げの恩恵くらいは受けられると思ったら、若者ばかりが優先されて――」
ゲスオの声が次第に熱を帯びていく。
「気がつけば! 社会に出たばかりの若い連中は! オイラたちなんかよりもずっといい待遇で働いていたでゲス!!」
「なんか段々可哀想になってきましたね……」
ゲスオを見るソフィの目に、同情の色が浮かび始める。
『落ち着け。皆が皆そんな状況になっている訳ではないぞ』
「でも……」
リザードマンになだめられるも、ソフィは何とも言えない表情でゲスオを見つめる。
「こんなのあまりにも理不尽でゲス! そして年金も少ししか貰えないオイラには、とても暗い老後が待っているでゲス〜!!」
ついにゲスオは両手で顔を覆い、その場で泣き崩れる。
『さすがに貰える年金が少ないのは自業自得じゃないのか?』
「いや、あの時代は社会保険に未加入の会社が、当たり前のように存在していたんだ」
『なん……だと……?』
ゼルから告げられた事実に、リザードマンが目を見開く。
「ちなみに、今でもそんな会社が存在するらしいっすよぉ??」
『oh……人間は何処まで愚かなんだ……』
リザードマンは絶望したように天を仰いだ。
「もうオイラの人生は手遅れでゲス〜!!!」
ゲスオが天に向かって悲痛な叫びを上げたその瞬間――滝のような大雨が勢いよく降り注いだ。
ザアアアア!!
「うおっ、すごい雨だぜ!」
「さすがですゲスオさん! このまま降り続けば干ばつも解消できます!」
興奮した様子のゼルとソフィ。
そして雨はますます勢いを増し、あっという間に大地をずぶ濡れにしていく。
誰もがこのまま降り続けることを期待していたが――
「でも!!」
「「「「うん?」」」」
突然話を続け出したゲスオに、四人が揃って首を傾げる。
「でも……! そんなオイラにも、幸せな出来事が起きたでゲス!!」
「おいどうしたゲスオ?」
ゼルに嫌な予感が走る。
「ゼルさんやソフィさんに、ユニコさん……今までろくでもない人生を歩んできたオイラにも、大切な仲間が出来たでゲス!」
雨の勢いが弱まり始める。
そしてゲスオは満面の笑みを浮かべながら、三人を見つめて言い放った。
「こんなに愉快な仲間に囲まれて、オイラはとっても、と〜っても、幸せでゲス〜!!!」
ゲスオの言葉をきっかけに、厚い雲は瞬く間に消え去り、頭上には眩しいほどの青空が広がっていく。
「ゲスオ……」
「ゲスオさん……!」
「ゲスオさん!!」
三人の脳裏には、ゲスオと共に笑い、時には苦労しながら乗り越えてきた、輝かしい日々が次々と蘇る。
やがて空が晴れ渡り、三人の胸には熱いものが込み上がってきた。
そして次の瞬間――
「「「――って、雨止んでんじゃねえかぁぁ!!!」」」
三人の怒号が山頂に響き渡った。
「おいゲスオ! 何やってんだテメェ!」
「せっかくの雨が台無しっす!!」
「ダメですよゲスオさん! 早く悲しい話をして下さい!」
三人から一斉に責め立てられるが、ゲスオは幸せそうな表情を崩さない。
「自分の心に嘘はつけないでゲス! こうやって皆と冒険出来て、オイラは幸せ者でゲス〜!!」
その言葉を祝福するかのように、雨上がりの空には美しい虹がかかる。
「ひえ〜、ゼルさんどうしましょう……?」
困り果てたソフィが、不安そうにゼルへ助けを求める。
「くそっ、こうなったら……!」
ゼルは覚悟を決めたように顔を上げて、言葉を続ける。
「おいお前ら! ゲスオをボコすぞ!」
「へ?」
突然の提案に、ゲスオが間の抜けた声を漏らす。
「皆で理不尽にゲスオをボコして、水神様を泣かせるんだ!!」
「ゼ、ゼルさん……? 何を言っているんでゲス……?」
ゲスオの顔から笑顔が消える。
「どうやらそれしか無さそうですね」
「やるしかないっす」
『私も協力しよう』
ゼルの無茶苦茶な提案に、何の迷いもなく賛同する三人。
「ちょっと待って欲しいでゲス!?」
まさかの裏切りに、ゲスオは困惑しながら後ずさる。
「行くぞ! ゲスオを犠牲にして皆で幸せになるんだ!!」
「「「「うおおおお!!」」」」
ゼルの号令と共に、一同はゲスオへと襲いかかった。
ボコスカボコスカ!
「GYAAAAAAA!!」
降り注ぐ灼熱の日差しの下、ゲスオの悲痛な叫びが山頂に響き渡る。
そして――
ザアアアアアアア!!!
空からはバケツをひっくり返したような大雨が降り注ぐ。
「みんな酷いでゲス〜!!」
――こうして、ゲスオの犠牲のお陰で干ばつが解消されたのであった。
◇◆◇ 第九話 完 ◇◆◇




