第九話 雨乞い ①
とある日。
ゼノビア町は異常なまでの暑さに見舞われていた。
空からは強烈な日差しが照りつけ、カラカラに乾いている大地には、至るところに亀裂が走っている。
さらには川の水量も日に日に減り続け、畑の作物もすっかり元気を失っていた。
まさに干ばつだった。
「くそっ、なんでこんなに暑いんだよ」
ゼルは額から流れる汗を拭いながら悪態をつく。
「もう一カ月以上も雨が降ってないんだから仕方ないでゲス」
ゼルをなだめるゲスオ。
そしてその隣では、ユニコが暑さに耐えかねてぐったりとしていた。
「それにしても暑いっす〜……」
「うるさいぞユニコ。お前が暑いって言うから余計に暑く感じるだろ」
八つ当たりするゼルに、ゲスオはぼそりと呟く。
「でも本当に暑いでゲス」
「次〝暑い〟って言ったヤツぶん殴るからな」
理不尽な宣言をするゼルに、呆れたように冷たい視線を送るゲスオ。
そんな中、ソフィは虚ろな目で宙を見つめながら、何やらブツブツと呟いていた。
「……オフロ……ハイリ……タイ…………」
「アタシもお風呂に入りたいっす」
かすかな声を漏らすソフィに、同意するユニコ。
「二人とも我慢するでゲス。飲み水以外は節水するように、国からお達しが出ているでゲス」
ゲスオが二人をたしなめていると、ゼルは不機嫌そうに口を挟む。
「風呂が入れないだけで済めばいいけどな」
「どういう事っすかぁ??」
「このまま干ばつが続くと飲み水も怪しいでゲス」
不思議そうに首を傾げるユニコに、ゲスオは深刻な面持ちで答える。
「そりゃヤバいっす!」
「その他にも作物が育たなくなったり、水や食料を巡って争いが起きるかも知れないでゲス」
「ひょえぇぇぇ! 〝世紀末〟が訪れるっす〜!!」
想像以上に深刻な話を聞き、ユニコは悲鳴を上げた。
「だから風呂くらいでガタガタ抜かすんじゃないぞ?」
ゼルが二人に釘を刺すと、ユニコは素直に返事をする。
「了解っす〜」
その一方で、ソフィは虚ろな目をしたまま呟き続けていた。
「……オフロ……フロ……フロ……フロ……」
「ソフィさん、お風呂は諦めるっす」
ユニコがなだめるように声をかけるが、ソフィの耳には届かない。
「……フロフロフロフロ……オフロロロロロロ……」
「? ソフィさん、どうしたんでゲス?」
俯いたままブツブツと呟き続けるソフィを心配し、ゲスオは恐る恐るその顔を覗き込んだ。
すると――
「フロロロ…………キエーーーーッ!! オフロォォォォ!!」
突如、ソフィが奇声を上げて暴れ出した。
「ゼルさん大変っす! ソフィさんがお風呂に入りたすぎて暴れ出しちゃったっす!!」
「ソフィさん落ち着くでゲス!!」
ユニコとゲスオが慌ててソフィにしがみつき、二人がかりで暴走を止めようとするが――
「オフロォォォォ!!!」
「「のわーっ!!」」
暴れ狂うソフィに振り回され、必死にしがみつく二人。
「ゼルさんも見てないで止めるのを手伝って欲しいっす!」
「気が向いたらな」
どうでも良さそうに、その光景を眺めているゼル。
「ウボォアァァァ!!!」
「ひえ〜、こんなのいつものソフィさんじゃないでゲス〜!!」
「そうかぁ?」
ゲスオの叫びに、ゼルは首を傾げる。
「キョエェェェェェェェ!!!」
ゼルは奇声を上げて暴れ続けるソフィをじっと見つめ――
「いつもこんなもんだろ」
と、冷静に吐き捨てる。
するとその時――
ゴン、ゴン、と玄関のドアノッカーが鳴り響いた。
「誰だぁ?」
ゼルは暴れ続けるソフィを放置して、一人玄関へと向かう。
「はいはいはいはい、どちらさんですかぁ」
面倒くさそうに返事をしながら扉を開けると、そこには一人の老人が立っていた。
「すいません。私、隣のジャグラ村で村長をしている者ですが……」
「あん? 村長?」
★★★
その後、ゼルは村長を応接室へと案内し、テーブル席へと座らせた。
「どうぞ、お茶でゲス」
「すいません。お構いなく」
村長はゲスオに頭を下げると、差し出されたお茶に手を伸ばす。
「そんで、隣の村の村長が何しに来たんだよ」
向かいの席に座ったゼルが、早速本題を切り出した。
「それがですね、ゼル様に依頼したい仕事がございまして……」
「仕事?」
聞き返すゼルに、村長はやや遠慮がちに話を続ける。
「はい。干ばつを解消するために、雨乞いのご協力をお願いし――」
「協力します!!!」
「「「「うおっ!?」」」」
突然割り込んできたソフィの大声に驚き、ゼルたちは一斉に振り向く。
そして四人の視線を一身に浴びながらも、ソフィは構わず声を張り上げた。
「雨が降るなら何でもやります!!!」
「おい、俺はまだ協力するなんて言ってないぞ」
勝手に話を進めようとするソフィに、すかさず文句を言うゼル。
その瞬間、ソフィはゆっくりとゼルに顔を向ける。
「ゼルさん、もちろん協力しますよね!?」
有無を言わせぬ凄まじい眼力で、ソフィはゼルを睨みつける。
「ぐっ……仕方ねえな……」
「ありがとうございます!」
渋々依頼を引き受けるゼルに、村長は深々と頭を下げた。
「そんで、俺は何をすればいいんだよ」
ゼルは改めて村長に尋ねる。
「アナザーゴッド山の頂上にある、ハーデス神殿をご存じですか?」
「まあなんとなく」
ゼルの返事を聞き、村長は今回の依頼について説明を始めた。
「その神殿にいる水神様に、雨を降らせるように〝お願い〟をしてきて欲しいのです」
「えっ、雨ってお願いしたら降らせてくれるもんなのか?」
「……やってみないと分かりません」
「あん? なんだそりゃ」
村長の曖昧な返答に、ゼルが眉をひそめた。
「これまでは村の娘を水神様に献上して、雨乞いを成立させていたのですが……もう村には若い娘が残っていなくて……」
「若い娘が居ないなら攫ってくればいいだろ」
「それで一件落着っす!!」
「いけません!!!」
非人道的な方法で解決しようとするゼルとユニコを、ソフィが即座に一喝する。
「つーかよ、〝お願い〟するだけなら自分たちでやればいいじゃんか」
「直接水神様と対峙するとなると、怖がって誰も行きたがらないのです」
「ふーん、だから俺のところに来たってワケか」
「その通りでございます」
村長が神妙な面持ちで肯定すると、ソフィは勢いよく立ち上がる。
「ゼルさん、早速行きましょう!」
「ちょっと待て。まだ大事な話が残ってるだろ」
「なんですか大切な話って?」
不思議そうに尋ねるソフィをよそに、ゼルは村長へと顔を向ける。
「おい村長、報酬はいくらだ?」
「……十万ゴールドです」
「なにィ!? そんなはした金で俺に命を賭けろってのかよ!?」
提示された金額を聞いた途端、ゼルが声を荒らげる。
「すいません。貧しい村でして、これ以上の金額は……」
「村長さん、その金額で大丈夫です!」
「いや勝手に決めんなよ」
横から勝手に話をまとめるソフィに、ゼルは呆れた様子で文句を言う。
「ゼルさん、命がけの仕事が高給だなんて幻想でゲス」
「あん?」
ゲスオの言葉に、ゼルが怪訝そうな顔をする。
「命がけで国を守ったり、命を扱う仕事をしている人も、実は結構薄給だったりするっす」
「えっ、そうなの……?」
衝撃の事実に困惑するゼル。
「と、言うことで! 十万ゴールドでこのお仕事を引き受けます! ゼルさんもそれでいいですね!?」
ソフィは強引に話をまとめると、有無を言わせぬ眼差しをゼルへ向ける。
「しょうがねえな、たまには人助けでもしてやるか」
「皆さん、ありがとうございます!」
――こうして四人は、水神様に雨を降らせてもらうため、ハーデス神殿へと向かうのであった。




