第七話 人を呪わば穴二つ ②
リリーさんがゼノビア教会で暮らすようになって数日がたった。
相変わらずゼルを呪おうとしては怒られ、ソフィには可愛がられる毎日。
さらにゲスオやユニコともすっかり打ち解け、いつしかリリーさんが教会にいることは、皆にとって当たり前の日常となっていた。
――そんなある日。
「あれ? リリーさんが居ませんね?」
いつもの場所にリリーさんがいないことに気が付き、ソフィが辺りを見回す。
「売ったぞ」
「……へ?」
ゼルの予想外の返答に、ソフィは間の抜けた声を漏らす。
「なんか貴族の兄ちゃんが欲しがってたから売ってやったわ」
「ちょっとゼルさん何やってるんですか! リリーさんは大切な仲間なんですよ!?」
悪びれる様子のないゼルに、ソフィは激しく詰め寄った。
「えっ、アイツって仲間だったのか……?」
「当たり前じゃないですか! あんなに可愛いんだから!」
ソフィは当然のことだと言わんばかりに言い返す。
「でもゼルさんに取り憑くより安全でゲス」
「リリーさんの安全を考えたら、ゼルさんとは距離を置いた方がいいっす」
ユニコもリリーさんの身を案じ、ゲスオの意見に同調する。
「う、確かにそうかも知れませんね……」
二人の意見に反論できず、ソフィは渋々納得した。
――するとその時。
『わ……し……さん……』
どこからともなく聞き覚えのある声が響いてくる。
「ゲッ、この声は!?」
真っ先に反応したのはゼルだった。
「まさか!?」
ソフィもすぐに声の主に気が付く。
『私……リリーさん人形……今、貴方の後ろにいるのぉぉぉぉ!!!』
全員が声のした方へ振り返ると、そこには売られたはずのリリーさんが立っていた。
「リリーさん!」
ソフィが嬉しそうに声を上げる。
「なんでお前がここにいるんだよ」
対するゼルは、露骨に嫌そうな顔をしている。
『アンタを呪うために来たに決まってるでしょ!』
「まだ諦めてなかったんすかぁ??」
「早く逃げた方がいいでゲス」
呆れた様子のユニコと、心配そうに忠告するゲスオ。
『逃げるなんてダメよ! 呪いの人形のメンツにかけて、必ずこの男を呪ってやるわ!』
一歩も引かないリリーさんに、ユニコは呆れたように口を開く。
「身の安全よりメンツを優先するなんて馬鹿げてるっす」
『馬鹿げてるかどうかは、何を大切にして生きてるかで変わるでしょ!』
リリーさんも負けじと言い返す。
「リリーさん落ち着くでゲス! メンツやプライドなんか後からいくらでも取り戻せるでゲス!」
ゲスオがなんとか思いとどまらせようと説得するが――
『取り戻せるからって今ここで失っていい理由にはならないの!!』
リリーさんの決意は固い。
「同感だぜリリー! こうなりゃ互いのメンツを賭けて決闘だ!」
『望むところよ!!』
「いけませ〜ん!!」
完全にやる気になっている二人を、ソフィが慌てて止めに入った――その時だった。
「あ、あの……」
不意に声をかけられ、全員がそちらへ顔を向ける。
そこには、裕福そうな男が困った様子で立っていた。
「さっき買った人形がいなくなっちゃったんですけど……」
「あん? 知らねえよ。お前の管理が悪かったんだろ」
ゼルは面倒くさそうに言い返す。
「それはそうなのかもしれませんが……」
男は困ったように言葉を濁す。
「仕方ねえな」
ゼルはそう言うと、近くにいたリリーさんをひょいと掴み上げた。
『ふぎゃ』
突然持ち上げられ、リリーさんは間の抜けた声を上げる。
「この人形をさっきの半額で売ってやるから、それで我慢しろよな」
『へ?』
予想外の展開に、リリーさんは戸惑った声を漏らす。
「いいんですか!?」
対する男は、嬉しそうに表情を明るくする。
「特別だぞ?」
ゼルは恩着せがましくそう告げた。
『えっ、ちょっと待っ――』
「ありがとうございます!」
リリーさんが抗議するより早く、男は嬉しそうにゼルに金を支払う。
そしてリリーさんを受け取ると、足早に教会を後にした。
「…………」
男の後ろ姿を見送りながら、ソフィは心底冷めた目をゼルに向ける。
「邪悪すぎるでゲス……」
ゲスオもソフィの視線に同意するように呟く。
「まあリリーさんが助かったならいいんですケド……」
ソフィは釈然としない表情のまま、さらに言葉を続けた。
「でもこんな無責任な売り方は、少し罪悪感がありますよ」
「あのなソフィ」
ゼルはそう前置きすると、もっともらしく持論を語り始める。
「ペットショップで買った動物が逃げたのを、ペットショップの責任にしたら可笑しいだろ?」
「そう言う話なんですか……?」
ソフィは納得できない様子で首を傾げる。
「生き物を飼うなら最後まで責任を持たなくてはいけないでゲス」
「ペットは可愛いだけじゃなくて、意外とお金がかかるっす。そこまでちゃんと計算して飼うべきっす」
ゲスオとユニコは真面目な顔で付け加える。
「確かに……」
ソフィは納得しかけるが、すぐに我に返った。
「――って、リリーさんはペットじゃありませんよ!」
『そうよ! 私は恐ろしい呪いの人形なんだから!!』
突然背後から聞こえてきた声に、ゼルたちが一斉に振り返る。
「あっ、リリーさん!」
真っ先にソフィが声を上げる。
「また戻ってきたのかよ」
ゼルは呆れたようにリリーさんを見る。
『アンタが呪い死ぬまで終わらないんだからね!』
その言葉を聞いたゼルが、何かを思いついたように不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど……いいこと思いついたぜ」
「いいことってなんすかぁ??」
ユニコが興味津々に尋ねる。
「どうせロクな事じゃないでゲス」
対するゲスオは、露骨に嫌そうな顔をする。
「これより! ゼノビア教会人形販売支部を立ち上げる!!」
『……は?』
「……何を言っているんですか?」
ゼルの突然の宣言に、リリーさんとソフィが揃って困惑する。
「手元から離れても勝手に戻ってくるんだろ? 原価ゼロで人形が売り放題じゃねえか!」
ゼルは目を輝かせながら、人形販売の仕組みを説明する。
「確かに凄い商売でゲス!」
「まさに錬金術っす!」
ゲスオとユニコはその画期的な商売に目を輝かせる。
『まさかまた私を売る気なの?』
嫌な予感を覚えたリリーさんが、警戒するようにゼルを見る。
「当たり前だろ! 早速闇市で販売だ!」
「ゼルさんいけません! そんなの人として間違ってます!」
「うるさいぞソフィ! 俺の金儲けを邪魔するな!」
ゼルは聞く耳を持たず、リリーさんを捕まえようとジリジリとにじり寄る。
『やめて! 来ないで!』
迫り来るゼルから逃れようと、リリーさんが後ずさる。
「リリーさん逃げるでゲス!」
「ゼルさんに捕まったら終わりっす!」
「さあリリーさん! こちらへ!」
三人は揃って、リリーさんに逃げるよう呼びかける。
「遠慮するなよリリー。俺が高値で売ってやるからさ」
対するゼルは、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら距離を詰めていく。
『最低! アンタみたいな”オッサン”は地獄に落ちればいいのよ!!』
――ブチッ。
その一言で、ゼルの中の何かが切れた。
「ワタシ ゼルサン ニンギョウ。 キレイナ オニンギョウヲ ヤツザキニ シチャウノォォォォ!!!!」
『GYAAAAA!!』
豹変したゼルを見たリリーさんは、凄まじい悲鳴を上げて一目散に教会の外へと逃げ出した。
「行っちゃったでゲス」
ゲスオはその後ろ姿を見送りながら呟く。
「リリーさんも災難っす」
「無事に逃げ切れればいいんですケド……」
ユニコとソフィも心配そうに、リリーさんが消えていった方を見つめる。
「無駄だぜリリー! どんなに逃げようと、テメェは俺の後ろに来る運命なんだよォ!!」
そんな三人をよそに、ゼルは逃げていったリリーさんに向かって声高に叫ぶ。
そして――。
「ガハハハ!!」
ゼルの邪悪な高笑いが、教会中に響き渡るのであった。




