第七話 人を呪わば穴二つ ①
とある日の夜。
教会の仕事を終えたゼルとゲスオは、町の酒場で散々酒を飲んだ後、すっかり出来上がった様子で夜の繁華街を歩いていた。
「おいゲスオ! もう一軒行くぞ!」
ゼルは隣を歩くゲスオに向かって、陽気に声を上げる。
「ゼルさん! オイラ次は”おさわり”有りの店がいいでゲス!」
ゲスオも負けじと声を張り上げ、鼻の下を伸ばしながら下品な笑みを浮かべた。
するとゼルはニヤリと悪そうな笑みを浮かべ、ゲスオの耳元で囁く。
「おいおい、おさわりするだけでいいのか?」
「どういう意味でゲス?」
「あのなあ。この町にはもっとハレンチな店が沢山あるんだぞ?」
「ゲ、ゲスゥ!?」
ゲスオの目が大きく見開かれる。
「ゲスオ……もっと激しい店に行くぞ」
ゼルは意味ありげな笑みを浮かべながら、ゲスオを次の店へと誘う。
「ゼルさんオイラ一生ついて行くでゲス! オイラ、たまらないでゲス〜!!」
完全に意気投合した酔っ払い二人。
そのまま次なる店を目指して歩いていると――。
コツン。
ゼルの足先に何かが当たった。
軽い音を立てて、それが道端を転がっていく。
「あん? なんだこれ」
ゼルが足元を見るとそこには――
「人形でゲス」
「なんでこんな所に人形があるんだよ」
二人は揃って人形を覗き込む。
「汚れているし、きっと誰かが捨てたでゲス」
「ふーん。ま、どうでもいいか」
ゼルはあっさりと興味を失い、再び歩き出した。
「じゃあ次の店に行くぞ!」
「了解でゲス〜!!」
二人は声高らかに夜の街へと消えていく。
――道端に転がる人形を、その場に残して……。
★★★
翌朝。
見るからに具合の悪そうな男が二人、死んだような顔で仕事をしていた。
「嗚呼……飲み過ぎた……」
「気持ち悪いでゲス……」
ゼルとゲスオは青ざめた顔で、のろのろと手を動かしている。
そんな二人を見かねて、ソフィが呆れたように声をかけた。
「お二人とも、ちょっとハメを外しすぎなんじゃないですか?」
「男にはな、呑んで熱く語らないといけない夜があるんだ」
「そうでゲス。昨晩は熱くて激しかったでゲス」
「熱くて……激しい……?」
男二人の何やら引っかかる言い方に、ソフィが眉をひそめた。
すると、近くにいたユニコがあっさりと答える。
「ピンサロの話っす」
「ピ、ピンサロ!?」
ソフィの声が裏返った。
「おいなんでお前がその事を知ってんだよ!?」
ゼルがぎょっとしてユニコを見る。
対するユニコは、ニヤニヤと笑いながら一枚の名刺を取り出した。
「名刺を見ちゃったっす〜」
「なんだとォ!?」
ゼルの顔色が変わる。
そしてユニコは名刺をひらひらさせながら、楽しそうに暴露を続けた。
「ゲスオさんのお気に入りは”泡姫”ちゃんっす! マンジャロダイエット(笑)に夢中っす〜!!」
「ユニコさん余計な事は言っちゃダメでゲス〜!!」
焦ったゲスオが名刺に手を伸ばすが、ユニコはひょいと身をかわして逃げ回る。
「グギギギ……!!」
その一部始終を見ていたソフィが、怒りに顔を引きつらせながら歯ぎしりをした。
――その時だった。
『……し……さん』
「あん? なにか聞こえないか?」
ゼルがふと辺りを見回す。
「話をそらさないで下さい!」
ソフィがすかさずゼルを睨みつける。
「いやそうじゃなくて」
『……わ……し……さん……う』
どこからともなく、かすかな女の声が聞こえてくる。
「オイラも何か聞こえるでゲス!」
「確かに何か聞こえますね……」
ゲスオとソフィも、恐る恐る辺りを見回す。
「うおおお!! こりゃ心霊現象(笑)っす! スピリチュアル(笑)っす!! パワースポット(笑)っす〜〜!!!」
そんな三人をよそに、怪奇現象に大興奮しているユニコ。
そして次の瞬間――。
『私リリーさん人形……。今、貴方の後ろにいるのぉぉぉぉ!!!』
「「「「うおっ!?」」」」
突如響いた大声に、全員がびくりと肩を跳ねさせる。
その中でゼルは、謎の声が自分のすぐ後ろから聞こえたことに気が付き、すぐさま後ろを振り返る。
「おいっ! なんか居るぞ!」
ゼルが驚いて声を上げた。
「お人形さん……?」
ソフィが不思議そうに首を傾げる。
その人形を見たゲスオが、何かに気づく。
「昨日の人形でゲス!」
「多分あれは呪いの人形っす!」
ユニコの言葉に、ゼルがぎょっとして身構える。
「呪いの人形だとぉ?」
ゼルは警戒するように目を細め、目の前の人形をまじまじと見つめた。
すると人形は、待ってましたとばかりに叫ぶ。
『私リリーさん人形!! 今、貴方の後ろにいるのぉぉぉ!!!!』
「わかったってうるせえな!!!」
ゼルは負けじと怒鳴り返す。
『きゃあ!』
「ちょっとゼルさん、怒ったら可哀想ですよ」
ソフィは慌ててリリーさんを抱き上げると、ゼルから庇うように胸元へ抱き寄せる。
そんなやり取りを見ていたゲスオが、ふと素朴な疑問を口にした。
「それで、リリーさんは何をしに来たんでゲス?」
『えっ、あの……呪いに来たんだけど……』
リリーさんはソフィに抱かれたまま、少し気まずそうに答えた。
「なんでそんな事すんだよ」
ゼルが呆れたように問いかける。
『なんでって言われても……私は呪いの人形だし』
「呪われたらどうなるんですか?」
ソフィが不思議そうに尋ねる。
『嫌な目に遭ったり、殺されたり……とか』
「そんなのダメですよ」
即座に否定するソフィ。
「なんだお前、俺を殺すつもりなのか?」
ゼルがじろりとリリーさんを睨む。
『そのつもりで来たんだけど……』
「リリーさん、やめといた方がいいっす」
「ゼルさんは人形にも容赦しないでゲス」
ユニコとゲスオは、心配そうな表情で忠告する。
『あんたら呪いの人形が怖くないの?』
「呪いの人形よりゼルさんの方がずっと邪悪で怖ろしいでゲス」
「なにィ!?」
ゼルがギロリとゲスオを睨みつける。
「ひぃぃ、冗談でゲス!」
ゲスオは慌てて身を縮めた。
そのやり取りを見て、リリーさんは思わず狼狽える。
「とにかく、ゼルさんを呪うのはやめたほうがいいっす」
改めて忠告するユニコ。
『ダメよ! 呪いの人形が人間に負けるなんて許されないわ!』
「よし、じゃあ今ここで斬るか」
「ダ・メ・で・す!」
ソフィはリリーさんをゼルから守るように、強く抱き締める。
「何だよ俺が呪われてもいいってのかよ?」
ゼルが納得いかない様子で問いかけた。
「ゼルさんならちょっとくらい呪われても平気そうじゃないですか」
「むしろ少し呪われたほうがいいっす」
「お前らなあ……」
悪びれる様子もなく好き勝手なことを言うソフィとユニコに、ゼルは呆れたように顔をする。
「それに、こんなに可愛いお人形さんを斬るなんて酷すぎます」
「あん? 可愛いかそれ?」
「可愛いですよ」
ソフィはそう言うと、リリーさんについた汚れをハンカチで丁寧に拭き取り、乱れた髪を優しく整えていく。
「ほら」
ソフィは綺麗になったリリーさんを持ち上げ、皆に見せる。
「確かに可愛らしくなったでゲス」
「でもこのサイズだとダッチワイフにはならないっすよぉ???」
『ちょっとアンタらいい加減にしてよ! 私は呪いの人形なのよ!?』
好き勝手に品評され、リリーさんが怒りの声を上げる。
「リリーさん、貴方はこんなに可愛いんだから呪いの人形は卒業です」
しかしソフィはまるで取り合わず、優しく言い聞かせる。
「リリーさん、誰かを呪ったり恨んだりして生きていると、心が辛くなっちゃうでゲス」
「呪うより祝う方が皆幸せになるっす〜!!」
二人もソフィに続き、リリーさんを優しく諭す。
『ナメるな! アンタたち全員呪ってやるからね!!』
だが、リリーさんに改心する気はなかった。
「やっぱり斬るか」
再び物騒なことを口にするゼル。
「ダメです!」
ソフィが即座に制止すると、ゼルは不満そうに舌打ちした。
『絶対に呪ってやるぅぅ!!!』
「ああもう! うるせえなテメェは!!」
――こうしてゼノビア教会に新たな住人が加わり、リリーさん人形との奇妙な生活が始まったのであった。




