第六話 あの聖 ③
その後、俺たちは無事に山を下りて教会本部へとやって来た。
聖女様に応接室へ通され、俺たちはテーブルを囲むように席についている。
持ってきた満月草はすでに職員に渡しており、廊下では何人もの職員が慌ただしく行き来していた。
「ご協力感謝します」
俺の向かいに座る聖女様が、静かに礼を述べる。
「いえ、当然のことをしたまででありまぁす!!」
俺は胸を張って答えた。
よっしゃ! 報酬ゲットだぜ!!
すると忙しそうに働く職員たちを見ていたソフィが、居ても立ってもいられず席を立つ。
「私も手伝います!」
「アタシもやるっす!」
ユニコもソフィに続いて立ち上がる。
「オイラも手伝うでゲス!」
そしてゲスオまで二人に続き、三人は職員たちを手伝うため応接室を出ていった。
部屋に残ったのは、俺と聖女様の二人だけ。
三人が出ていくのを見届けると、聖女様は表情を崩さないまま口を開いた。
「まさか貴方が手伝ってくれるとは思いませんでした」
奇遇ですね。
まさか俺も手伝うことになるとは思いませんでした。
「困ったときはお互い様ですからね!」
俺は爽やかな笑みを浮かべて答える。
さあ聖女様!
さっさと報酬を寄越すんだな!
「それで、報酬の件ですが……」
俺の期待に応えるように、聖女様が静かに口を開いたその時――。
「大変です聖女様!!」
応接室の扉が勢いよく開き、一人の職員が血相を変えて駆け込んでくる。
「どうしたのです?」
聖女様が職員へ視線を向ける。
「新しい患者が運び込まれてきたのですが、満月草が足りなくて……!」
「それはいけませんね」
聖女様の表情が僅かに険しくなる。
「かなりの重症で、今すぐ満月草を投与しないと命が危ない状況なんです!」
職員は焦った様子で言葉を続ける。
「あと一本……あと一本でも満月草があれば助かるんですが…………!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の身体が固まった。
一本。
ある。
俺の懐に。
……いや待て。これは俺の物だ。
俺が自分のために、自分で取ってきた物だ。
魔物が蔓延る危険な山を、命懸けで攻略して手に入れたんだ。
他人のために使う義理なんかない。
「なんで……なんで子供たちがこんな理不尽な目に遭わなきゃいけないんだ……!」
職員が悔しそうに拳を握りしめる。
関係ないね。
これは俺の満月草だ。
俺の状態異常を治すために使うんだ。
「私にもう少し力があれば……!」
聖女様も悔しそうに呟く。
「おい」
俺は職員に声をかける。
「へ?」
「使えよ」
懐から満月草を取り出し、職員へ差し出す。
「えっ……?」
職員は目を丸くする。
「なんでゼル殿が満月草を持ってるんですか……?」
「ポケットに入ってたんだよ」
俺が適当に誤魔化すと、職員は困惑した様子で満月草と俺の顔を見比べる。
「あの……その……」
「いいから持ってけって!」
俺が苛立ったように満月草を押しつけると、職員は慌てて受け取った。
「ありがとうございます! ありがたく使わせていただきます!」
職員は深々と頭を下げると、満月草を大事そうに抱え、急いで応接室を出ていった。
閉まった扉を、俺は黙って見つめる。
くそっ、なんでこうなるんだよ……。
俺は椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰ぎながら深いため息を吐く。
これで俺の満月草はなくなった。
あの地獄みたいな山に、また挑まないといけないのか……。
俺がそんなことを考えていると、不意に聖女様が口を開いた。
「――それで、どこが悪いのですか?」
「へ?」
突然の問いかけに、俺は聖女様へ顔を向ける。
聖女様は相変わらず表情を崩さず、じっと俺を見つめていた。
「貴方が子供たちの為に動く訳がありませんからね。どうせ自分で使うために満月草を取りに行ったのでしょう?」
「ギクッ」
図星を突かれ、思わず肩が跳ねる。
聖女様はそんな俺の反応を見て、小さく息を吐いた。
「満月草のお礼です。私が治して差し上げましょう」
その言葉を聞いた瞬間、俺は勢いよく身を乗り出す。
「マジすか聖女様!? ありがとうございます!!」
助かったぁぁぁぁ!!
さすが聖女様だぜ!
一生ついていきます!!
俺は勢いよく椅子から立ち上がると、聖女様のそばまで歩み寄った。
そして、おもむろに腰のベルトへ手をかける。
「? 何をしているのです?」
聖女様が怪訝そうに俺を見る。
いや〜、助かった。
これでようやく、この忌々しい痛みから解放されるぜ。
「それじゃ聖女様! よろしくお願いします!」
俺は治療してもらうため、何の迷いもなくズボンを下げて患部をさらけ出した。
ボロン。
「GYAAAAAAA!!!!!」
聖女様の絶叫が応接室に響き渡った。
「回復お願いしまぁす!!」
俺はそんな聖女様の反応など気にも留めず、治療を催促する。
「あ、あ、貴方は一体何をしているのですか!?」
聖女様は顔を赤らめながら、慌てて俺の患部から目を逸らした。
「そんなモノ早くしまいなさい!!」
「えっ、そんな……!」
聖女様の予想外の反応に、今度は俺が困惑する。
「そりゃないぜ聖女様! もう痛くて痒くて限界なんだよ!」
俺は納得がいかず、聖女様に食ってかかった。
「痛くて……痒い……?」
聖女様が眉をひそめる。
「そうなんだ! 小便するたびに、とんでもない激痛がするんだ!」
「……そういうことですか」
俺の話を聞いた途端、聖女様はすべてを察したように深いため息を吐く。
「頼むよ聖女様ぁ!」
俺が懇願すると、聖女様は恐る恐る患部へ視線を向けた。
途端に、その顔がみるみる赤くなっていく。
「私が……コレを……触る……?」
聖女様は頬を真っ赤に染めたまま、動揺した声を漏らす。
「いいだろちょっとくらい! オトナなんだから男の患部なんていくらでも見てきたでしょ!?」
俺のその言葉に、聖女様の肩がピクリと跳ねる。
「そ、そ、そそそそそそそそうですね!」
なぜか聖女様が声を張り上げる。
「私はオトナの女ですから! 殿方のモノなんて腐るほど見てきました!!!」
「…………?」
なんだ?
急にどうしたんだこの人?
……まあいいか。
「じゃあ頼むぜ、聖女様!」
「…………」
聖女様は真っ赤な顔のまま固まっている。
「さあ!」
俺は治療を急かすように、聖女様との距離を詰める。
「さあ!!!」
「~~~~~~っ!!」
聖女様は耳まで真っ赤に染めながら、声にならない声を漏らす。
そして覚悟を決めたのか、震える手を恐る恐る患部へと伸ばす。
やがて、まるで牛の乳を搾るかのように、そっと俺の患部を握りしめた。
「…………っ!」
聖女様の顔がさらに赤くなる。
だが、その手は離さない。
恥ずかしさに耐えるように唇をきゅっと結び、聖女様は覚悟を決める。
そして――。
「リフレッシュ……!」
聖女様は目をぎゅっと閉じたまま、震える声で呪文を唱えた。
★★★
夕方。
教会本部を後にした俺たちは、ゼノビア教会への帰り道を歩いていた。
状態異常もすっかり治り、俺の足取りは軽い。
「子供たちの病気が良くなってよかったですね!」
ソフィが嬉しそうに笑う。
「そうだな」
俺のムスコも良くなってよかったですね!
心の中でソフィの真似をしてみる。
「それにしても忙しかったでゲス」
ゲスオが疲れたように呟く。
「目が回るようだったっす!」
ユニコもぐったりと肩を落とす。
「本部の人たちは特に大変そうでしたね」
ソフィの言葉に、ユニコが何かを思い出したように口を開く。
「聖女様もお顔が真っ赤っ赤だったっす!」
確かに。
……でもなんであんなに顔が赤かったんだろ?
俺は帰り道を歩きながら、ぼんやりと考える。
………………ま、どうでもいいか。
――あの日見た聖女様の赤面の理由を、俺達はまだ知らない。
◇◆◇ 第六話 完 ◇◆◇
次回からまた三人称に戻る予定です。
今後ともよろしくお願いします。




