第六話 あの聖 ①
このお話は、ゼルの一人称となっております。
それでも良ければお付き合い下さい。
とある日の朝。
目が覚めた瞬間、頭の奥で鈍器で殴られたような痛みがした。
口の中はからからで、舌には妙な苦味が残っている。
頭は重いし胃も気持ち悪い。
昨晩どれだけ酒を飲んだのか思い出そうとしたが、途中から記憶が曖昧だった。
酒場に入ったところまでは覚えているんだけどなぁ……。
最初は一杯だけのつもりだった。
でもそれが二杯になって、三杯になって、四杯になって、五杯になって六杯になって七杯になって八杯になって九杯になって…………。
ダメだ。その先は思い出せない。
「クソッ……」
しばらくベッドの中で固まっていた俺は、次なる問題に気づく。
「トイレ」
行きたい。
かなり行きたい。
滅茶苦茶行きたい。
昨夜あれだけ酒を飲んだのだから当然だった。
俺は重たい身体を引きずるようにしてベッドから降りる。
「うっ……」
気持ちが悪い。
壁に手をつきながら、ふらふらと部屋を出る。
朝の光がやけに眩しい。
廊下の窓から差し込む光を見るだけで頭痛が増す気がして、俺は目を細めた。
「酒なんかもう二度と飲まないぞ……」
毎回同じことを言っている気がするが、多分気のせいだ。
やっとの思いでトイレにたどり着くと、俺は扉を開ける。
便座が下りているのを確認し、ズボンを下ろした。
「よっこらせ」
便座に座る。
実は俺はこの教会で働き始めてから、小でも便座に座って用を足すようになった。
そうしないとソフィがうるさいからだ。
どうやら俺が思っているより、男の小便は跳ね返って飛び散るらしい。
俺は早速、下腹部に力を入れて放尿を開始する。
ジョロロロロ。
――ズキン。
「――んあっ!?」
俺は尿道に鋭い痛みを感じ、放尿を一旦止める。
おいなんだ!? なんか一瞬チ〇コが痛くなったぞ!?
俺は恐る恐るムスコを見る。
別に血が出ているわけでもないし、何かがおかしい様子もない。
気のせいか。
きっと勢い良く放尿したせいで尿道が圧迫されただけだろう。
「まったく、脅かしやがって」
俺は小さく息を吐いた。
まだ用は済んでいない。
今度は少し慎重に力を入れて、再び放尿を開始する。
ジョロロロ。
その瞬間だった。
――ズキン!!
「アガッ!!」
とてつもない激痛が尿道を駆け抜けた。
「いってぇぇぇぇぇぇ!!」
思わず便座から腰が浮く。
さきほどの比ではない。
焼けた針でも突っ込まれたような痛みが、尿道を容赦なく突き刺してくる。
俺は思わず股間を押さえ、便座の上で身体を丸める。
あれだけ辛かった頭痛も吐き気も、一瞬でどうでもよくなっていた。
「な、なんだこれ……!?」
おいなんだこの痛みは!?
なんでこんなに尿道が痛いんだよ!!
「…………」
嫌な予感がした。
「まさか……」
俺はここ最近の生活を振り返ってみる。
酒場で知り合った女の子と、そのまま一晩。
街でナンパした女の子とも、一晩。
そういえば、あの子とも遊んだな。
……いや待て。あの子ともだ。
「…………」
思い返せば返すほど、次から次へと心当たりが出てくる。
冷や汗が頬を伝った。
遊び過ぎた。
間違いなく遊び過ぎた。
あのときは楽しかった。後先なんて何も考えていなかった。
だがそのツケが、今になって尿道へ襲いかかってきたのだ。
「やっちまった……」
俺は頭を抱えながら小さく呟く。
「完全に性病だ……」
★★★
朝食を済ませた俺は、食後のコーヒーを飲んでいた。
「ふぅ……」
温かいコーヒーを一口すすりながら、今朝の出来事を思い返す。
さて、どうしたもんか。
性病って、放っておいて治るものなのか?
いや、さすがに無理だよな。
「どうすっかな……」
俺がどうしたものかと頭を悩ませていると、向かいに座っていたソフィが不思議そうに声をかけてきた。
「ゼルさん、どうしたんですか?」
「あん?」
俺が顔を上げると、ソフィは心配そうにこちらを見つめていた。
「さっきから難しい顔をしてますけど……何かあったんですか?」
「いや……」
コイツに話したところでしょうがないよな……。
いや待てよ? こいつ、たしか――。
「おいソフィ。たしかお前って、状態異常を回復する魔法を使えたよな?」
「はい。状態異常を回復する魔法なら使えますよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の顔が明るくなる。
ラッキー! 助かったぜ!
教会で働いてて良かったぁぁ!!
「じゃあちょっと頼むわ」
俺はさっそくソフィに状態異常の回復を頼む。
「わかりました」
ソフィはあっさりと了承し、言葉を続ける。
「では患部をお出しください」
「…………は?」
俺は思わずソフィに聞き返した。
「ですから、患部をお出しください」
「患部を……出す……?」
俺は耳を疑った。
こいつ今、俺に患部を出せって言ったのか……?
俺が困惑していると、ソフィは不思議そうに説明を続ける。
「状態異常の回復魔法は、ちゃんと患部に触れないと効果が無いんですよ?」
ソフィは、そんなこと常識だと言わんばかりの顔で言い放つ。
いやいやいやいや、無理に決まってんだろ!
たしかこいつ、まだ十〇歳だろ!?
三十〇歳のチンコを触らせるなんてあってはならんぞ!!
「どうしたんですかゼルさん? 早く患部を出してください」
何も知らないソフィが俺を急かしてくる。
「い、いや……もう治った」
「治った?」
ソフィがきょとんと首を傾げる。
無理だ。
未成年にそんなところを触らせるなんて絶対に無理だ。
下手すりゃ捕まっちまう。
「本当に大丈夫ですか?」
ソフィは心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
俺は内心の動揺を押し殺し、何でもないように答える。
「ああ問題無い。どうやら気のせいだったみたいだ」
「そうなんですか……?」
ソフィはどこか腑に落ちない様子で俺を見つめる。
クソッ、仕方ない。
〝アレ〟しかないな。
俺は覚悟を決め、椅子から立ち上がった。
「どうしたんですか?」
突然立ち上がった俺を、ソフィが心配そうに見つめる。
残念ながら、こいつに治してもらうのは無理そうだ。
となれば、別の方法で治すしかない。
たしかこの町の近くの山には、あらゆる状態異常を治す〝満月草〟が生えていたはずだ。
少し手間だが仕方ない。
自力で満月草を取ってきて、自分で治そう。
「ちょっと出てくる」
困惑するソフィをよそに、俺は部屋の片隅に乱雑に置かれていた戦闘用の装備を身につけ始める。
「ちょっとゼルさん、どこに行く気なんですか!?」
突然の行動に、ソフィが慌てた様子で問いかけてくる。
「ちょっとな」
俺が曖昧に答えて装備を整えていると、それまで黙って様子を見ていたユニコが口を挟んだ。
「もしかして、山に行く気っすかぁ??」
「――なっ!?」
ゲッ、なんで分かったんだコイツ!?
俺は驚いてユニコを見る。
すると俺の反応を見たソフィが、何かを察したように頬を緩める。
「やだもう、ゼルさんったら」
「さすがゼルさんっす」
ユニコまで感心したように俺を見る。
「なんだかんだ言っても、ゼルさんは正義の味方でゲス」
ゲスオもどこか嬉しそうにそう言った。
「あん?」
なんだコイツら。
三人は揃って微笑ましそうに俺を見ているが、何の話をしているのかさっぱり分からんぞ。
「おいお前ら、さっきから何言ってんだ?」
堪らず俺が問い詰めると、ゲスオはニヤニヤしながら口を開く。
「ゼルさん、照れなくていいでゲス」
「はぁ?」
ますます意味が分からない。
俺が困惑していると、ソフィがテーブルに置かれていた新聞を手に取った。
「これのことですよ」
ソフィはそう言って新聞を広げると、とある記事を指差しながら俺に見せてきた。
『冒険者求む! 〜子供たちを救う為に〜
現在、町では子供たちの目が突然見えなくなる謎の病が広がっています。
回復魔法も効かず、この病を治すには町外れの山に生えている〝満月草〟が必要不可欠です。
しかし、山には多くの魔物が生息しており、一般人では採りに行くことができません。
そこで、腕に覚えのある冒険者の皆さんにお願いします。
どうか山へ向かい、〝満月草〟を採ってきていただけないでしょうか。
病に苦しむ子供たちを救うため、どうか皆さんの力をお貸し下さい!
教会本部より』
――って、なんでだよ!!
なんでこんなにタイミングよく謎の病なんか流行ってんだよ!?
しかも治療に必要なのがよりにもよって〝満月草〟だとォ!?
「ゼルさんは私たちに気を遣って、一人で行こうとしてたんですよね?」
ソフィが感心したように俺を見つめる。
「水臭いっすよゼルさん」
ユニコも優しい笑みを浮かべる。
「当然オイラたちも協力するでゲス!」
ゲスオまで乗り気になっている。
「い、いや、ダメだ! 俺一人で行く!!」
三人を振り切るように、俺は声を張り上げた。
満月草は俺のもんだ!
よくわからんガキ共に使われてたまるか!!
そんな俺の本心を知るはずもない三人は、なぜか感動したようにこちらを見つめていた。
「子供たちだけじゃなく、私たちの身まで心配してくれるだなんて……」
ソフィが胸の前で両手を組み、感激したように呟く。
「ゼルさん……アンタ、漢っすよぉ」
ユニコは目を潤ませながら、熱い眼差しを俺に向ける。
「オイラたちも絶対について行くでゲス!」
ゲスオも決意を固めたように拳を握る。
だぁぁぁぁ!! 来るんじゃねぇぇぇぇ!!!
「じゃあ、オイラたちも準備してくるでゲス!」
「うおおお! やってやるっすよ〜!!」
そんな俺の願いも虚しく、ゲスオとユニコは意気揚々と準備を始める。
おいおい、コイツら本当についてくる気かよ……。
俺が呆然と二人を眺めていると、ソフィもやる気に満ちた表情で声をかけてきた。
「頑張って満月草を見つけましょうね!」
「あ、ああ……」
俺は引きつった顔で返事をする。
コイツらは俺がガキ共を救うために山へ向かうものだと思い込んでいるけどよ――
俺が見ず知らずのガキ共なんか助けるわけないだろバーカ!
俺はただ自分の状態異常を治したいだけなんだよ!!
…………………………。
「はあ……」
俺は特大のため息をつく。
なんでこうなるんだよ……。




