第五話 適材適所 ①
その日、ゼルが目を覚ましたのは昼を過ぎた頃だった。
「ああ……飲み過ぎた……」
昨晩の酒がまだ残っているのか、ゼルは頭を押さえながら苦しそうに顔をしかめる。
そして二日酔いの身体にムチを打ち、重い上体を無理矢理起こした。
すると、妙に静まり返った教会に、ゼルはふと違和感を覚える。
「あれ? 今日はやけに静かだな」
普段ならけたたましく聞こえてくるソフィやユニコの声も、今日はまったく聞こえてこない。
不思議に思ったゼルは、二人を探して礼拝堂へ向かうことにした。
礼拝堂に入ると、そこではゲスオが一人で掃除をしていた。
「おいゲスオ、ソフィとユニコはどうした?」
ゲスオは掃除の手を止め、ゼルを振り返る。
「本部に助勤に行っているでゲス」
「助勤?」
聞き慣れない言葉に、ゼルが首を傾げる。
「本部に急な退職者が出て、それを補う為に二人が駆り出されたでゲス」
「ほーん」
事情を聞いたゼルは興味なさそうに返事をすると、礼拝堂に並べられた長椅子にゴロンと横になる。
そんなゼルを見かねて、ゲスオは小言を漏らした。
「ゼルさん、早く手伝って欲しいでゲス」
「そのうちな」
ゼルは長椅子に寝転がったまま、面倒くさそうに返事をする。
「今日はオイラ達二人しか居ないから忙しいでゲス」
「お前が四人分働けばいいだろ」
「酷いでゲス! そんなのオイラ過労死しちゃうでゲス!!」
あまりにも無茶な要求に、ゲスオが悲鳴を上げる。
「わかったようるせえなあ」
ゲスオの訴えに根負けしたゼルは、心底面倒くさそうに長椅子から身体を起こした。
「やればいいんだろ、やれば」
そう文句を漏らしながら、ゼルは渋々ゲスオを手伝い始める。
それからしばらく、二人は黙々と作業を続けていた。
そんな中、ふとゼルは呟く。
「なあゲスオ」
「なんでゲス?」
ゼルに呼びかけられたゲスオが、掃除の手を動かしたまま返事をする。
「なんでソフィとユニコが助勤なんだ?」
「? どういう事でゲス?」
ゼルの質問の意味が分からず、ゲスオが不思議そうに首を傾げた。
「いやほら、俺とお前が助勤に呼ばれてもいいワケじゃんかよ」
ゼルがそう説明すると、ゲスオはようやく質問の意図を理解する。
「ああ、それはオイラ達がオジサンだからでゲス」
「おい俺はまだ三十〇歳だぞ」
オジサン扱いされたゼルは、すかさずゲスオに反論した。
「世間的に三十〇歳は十分オジサンでゲス」
「そ、そうなのか……」
思いがけない現実を突きつけられ、ゼルは戸惑ったような表情を浮かべる。
「とにかく、本部の人間からしたらオイラ達みたいな年上のオジサンなんて気を遣うし、指示も出しにくいから扱いに困るでゲス」
「そういうもんかねぇ」
ゲスオの説明を聞き、今ひとつ納得できない様子のゼル。
「特にゼルさんみたいな横暴なオジサンは、いつ何にブチギレるか分からないから絶対に一緒に働きたくないでゲス」
「なんだとォ!?」
「ひぃぃ、冗談でゲス〜!!」
ゲスオは慌てふためきながら、必死にその場を取り繕おうとした、その時だった。
「あ、あの……」
二人の背後から、遠慮がちな声が聞こえてくる。
「あん?」
ゼルが振り返ると、いつの間にか数人の信者達が礼拝堂の入口に立っていた。
「祈りに来たんですが……」
どうやら二人の騒ぎに声をかけるタイミングを失っていたらしく、信者の一人がおずおずと用件を伝える。
「ほ、ほらゼルさん! 迷える子羊が来たでゲス! みんなで一緒に祈るでゲス!!」
「仕方ねえな」
ゼルは面倒くさそうに答えると、ようやくゲスオへの追及をやめる。
「よろしくお願いします」
信者達はホッとした様子で頭を下げた。
「じゃあ今日は世界平和と環境問題について祈ろうぜ!」
「「「はい」」」
信者達が素直に返事をすると、今度はゲスオが祈りの準備を進める。
「それじゃあ皆さん、ゼルさんの後ろに並ぶでゲス〜!」
ゲスオに促され、信者達は祭壇の前に立つゼルの後ろへ並び、胸の前で両手を組む。
全員が並んだことを確認すると、ゲスオがゼルに声をかける。
「ゼルさん、準備が出来たでゲス」
その言葉を聞き、ゼルは信者達の方へ軽く振り返る。
「よ〜し、それじゃ祈るぞ〜」
「「「はい〜」」」
ゼルの呼びかけに、信者達が揃って返事をする。
そしてゼルは再び祭壇へ向き直ると、胸の前で両手を組み、静かに目を閉じた。
それに合わせるように、信者達も目を閉じる。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように消え、礼拝堂が静寂に包まれた。
しばしの沈黙の後、ゼルは厳かな声で祈りを捧げ始める。
「神よ………………」
信者達はゼルの言葉に耳を傾け、その続きを静かに待つ。
そして――。
ゼルはゆっくりと、その言葉を唱えた。
「ザー〇ン」
その言葉に、信者達も続く。
「「「〇ーメン」」」
信者達の祈りの声が、静かな礼拝堂に響き渡る。
――こうして、ゼルとゲスオは教会の仕事を勤勉にこなしていくのであった。
★★★
そして夜。
夕食を済ませたゼルとゲスオは、談話室でのんびりと余暇を過ごしていた。
すると、教会の入口から扉の開く音が聞こえてくる。
「あっ、二人が帰ってきたでゲス」
ほどなくして、ソフィとユニコが談話室へと入ってきた。
「すいません遅くなっちゃって。ただいま帰りました」
「ただいまっす〜」
二人はそう言いながら着ていた上着を脱ぎ、壁の衣掛けに掛ける。
「おう、おかえり」
「おかえりなさいでゲス」
いつもの軽い調子で二人を迎えるゼルとゲスオ。
「お前らメシは食ったのか?」
「本部の食堂で頂いて来ました」
「とっても美味しかったっす〜!」
「おおそうか」
ゼルは二人の嬉しそうな返事を聞き、軽く相槌を打つ。
「それで、本部の仕事はどうだったでゲス?」
「仕事の内容はここと変わりませんが、人手が足りなくてとにかく忙しかったですね」
ソフィは疲れた様子でゲスオに答えると、近くの椅子に腰を下ろした。
「もうクタクタっすよぉ」
ユニコもそう言うなり、ぐったりとソファに横になる。
「そんなに人が居ないのか?」
二人の話を聞いていたゼルは不思議そうに尋ねた。
「私も詳しくはありませんが、少子高齢化で働き手が減っているみたいですよ?」
「ふーん」
ソフィの返答に、ゼルはどこか他人事のように相槌を打つ。
「最近では企業側が人材紹介会社に紹介料を払って、人材を紹介して貰うらしいでゲス」
「なにィ!? 人材を紹介したら金が貰えるのか!?」
金の話を聞いた途端、ゼルが食いつくように身を乗り出した。
「あくまで紹介した人材が“企業に採用されれば”の話でゲス」
ゲスオは重要な条件を付け加える。
「なるほど……」
ゼルは腕を組み、珍しく真剣な表情で考え込む。
そして――
「俺もやる!!」
「へ?」
突然のゼルの宣言に、ゲスオが間の抜けた声を漏らした。
「人材を紹介すればいいんだろ? そんなもん俺でも出来らぁ!!」
ゼルはすっかりその気になり、自信満々に言い放つ。
「そんなに簡単な話じゃないと思いますよ?」
ソフィが呆れた様子で釘を刺す。
「そもそも企業に紹介出来るような“人材”はどうやって確保するんでゲス?」
「探してくる!」
ゼルは何の迷いもなく即答し、外へ出る支度を始める。
「探してくるって……今からですか!?」
思いもよらない返事に、ソフィが驚きの声を上げる。
「おう。お前らは先に寝てていいぞ」
ゼルはそう言うと、三人が止める間もなく教会を出て行く。
「行っちゃったっす」
閉まった扉を見つめながら、ユニコがポツリと呟いた。
「こりゃあ大変な事になったでゲス」
ゲスオは早くも嫌な予感を覚え、顔を引きつらせる。
「面倒な事にならなければいいんですけど……」
ソフィも心配そうに、ゼルが出て行った扉を見つめるのだった。




