第三話 馬主 ③
――パ〜♪ パパパ〜♪ パパパ〜♪♪
雲ひとつない青空の下、競馬場いっぱいに高らかなファンファーレが鳴り響く。
広大なコースでは、これからレースに出走する馬たちが騎手を背に乗せ、ゆっくりと歩き回っていた。
間近で見るその姿は、なかなかの迫力である。
「私、競馬場なんて初めて来ました」
初めて目にする競馬場の光景に、ソフィは興味津々といった様子で辺りを見回す。
「天気もいいし、なかなか良いもんだろ?」
そんなソフィに、ゼルが慣れた様子で声をかける。
「お馬さんも可愛いし、ちょっと楽しいかも知れませんね」
ソフィは目の前を歩いていく馬を眺めながら、楽しそうに微笑んだ。
そんな馬たちを見守る観客席には、大勢の競馬好きが詰めかけていた。
「相変わらず凄い熱気でゲス」
ゲスオの視線の先では、観客たちが馬の名前を叫んだり、競走馬に声援を送ったりと、レースが始まる前から大いに盛り上がっている。
そしてゼルが出走を控えた馬たちを眺めていると、見覚えのある一頭を見つけた。
「あっ! おいお前ら! ユニコーンがいたぞ!」
ゼルが指を差した先には、ツノを隠して普通の馬に成りすましたユニコーンの姿があった。
「本当だ! ユニコーンさんカッコいい!」
騎手を背に乗せて堂々と歩くユニコーンの姿に、ソフィが嬉しそうに声を上げる。
「騎手はバナジでゲス」
ゲスオはユニコーンに跨がる騎手を見て、その名を口にした。
「おおっ、いいじゃねえか」
「凄い人なんですか?」
ゼルの反応が気になり、ソフィは尋ねる。
「何故かはわからんが、一番ユニコーンを乗りこなせそうな気がするんだ」
「そうなんですか……?」
何の根拠もないゼルの言葉に、ソフィは困惑した表情を浮かべた。
一同がそんなやり取りをしている間にも、出走する馬たちは次々とスタートゲートへ向かっていく。
その列に混ざって歩くユニコーンを眺めていたソフィは、ふとある疑問を口にした。
「それにしても、飛び入り参加って出来るものなんですね」
「普通は無理でゲス」
ゲスオが当然のように答える。
「コネを使って無理矢理ねじ込んでやったぜ」
「そういう事ですか……」
まさかの事情を知り、呆れたようにゼルを見つめるソフィ。
――そして次の瞬間。
『さあ皆さん!! いよいよレースの時間がやってまいりました!!』
突如、どこからともなく聞こえてきた大きな声が、競馬場全体に響き渡る。
「な、なんですかこの声は!?」
突然の大声に驚いたソフィが、慌てて辺りを見回す。
「実況魔法だ」
「実況魔法……?」
ゼルの発した聞き慣れない言葉に、ソフィは不思議そうに首を傾げた。
「魔法で実況者の声を拡散して、競馬場全体に臨場感を持たせるでゲス」
「はえ〜、そんな事が出来るんですね」
ソフィは感心した様子で、競馬場に響き渡る実況者の声に耳を傾けた。
『各馬、ゲートインが完了しました。間もなくレース開始です』
実況の声が響く中、ゼルはスタートゲートに収まったユニコーンをじっと見つめる。
「頼むぞユニコーン……必ず1位となって賞金を掴み取るのだ……!」
賞金への期待を膨らませながら、ゼルはユニコーンに声援を送った。
「なんだかこっちまで緊張しますね……!」
「ユニコーンさん、頑張るでゲス」
二人も祈るような気持ちでユニコーンを見守る。
静まり返る競馬場――。
緊張の一瞬――。
そして――。
ガシャンッ!!
大きな音を立てて、一斉にスタートゲートが開かれた。
『今、スタートが切られました!!』
実況の声と同時に、各馬が勢いよくゲートから飛び出す。
『先頭へ飛び出したのは一番人気のホクトムーソ! 外から二番人気のウミノモガタリも前へ出ます!』
「ユニコーンはどこだ!?」
ゼルは走り去っていく馬群の中から、必死にユニコーンの姿を探す。
「あそこにいるでゲス! 真ん中あたりでゲス!」
ゲスオが馬群の中を走るユニコーンを見つけ、その姿を指差す。
「大丈夫なんですか!?」
先頭から離れているユニコーンを見て、ソフィが不安そうに声を上げた。
「まだまだこれからでゲス」
対するゲスオは、落ち着いた様子でレースを見守っている。
『さあ、各馬第一コーナーへ向かいます! 先頭はホクトムーソ! そのすぐ後ろに一馬身差でウミノモガタリ!』
『さらにそのすぐ後ろに三頭が固まり、少し離れて六番手にはユニコーン! ……バナジ騎手、じっくり構えています!』
ユニコーンは無理に前へ出ようとはせず、中団を落ち着いたペースで走っていた。
『各馬第一コーナーを回りましたが、隊列は大きく変わりません!』
『先頭のホクトムーソが軽快なペースでレースを引っ張り、後続のウミノモガタリもぴったりマーク!』
先頭では激しい競り合いが続く一方で、ユニコーンは六番手を保ったまま走り続ける。
バナジも焦る様子はなく、手綱を握りながらじっくりと前の馬たちの様子を窺っていた。
「おい! 大丈夫なのかユニコーン!?」
前との差がなかなか縮まらない状況に、ゼルは次第に焦りを募らせる。
「頑張って下さいユニコーンさん!」
ソフィも走り続けるユニコーンに向かって、精一杯の声援を送った。
『残り千メートルを通過! 依然先頭はホクトムーソ!』
それでもユニコーンは焦らず、一定の速さを保ったまま馬群の中を駆けていく。
『ここで二番手のウミノモガタリが先頭との差を詰める! 三番手以下もそれに続きます!』
先頭を追うように後続の馬たちもペースを上げ、馬群全体が徐々に前へと詰まっていく。
「ユニコーンさん頑張るでゲス……」
なかなか順位を上げないユニコーンに、ゲスオは不安そうな表情を浮かべる。
『残り八百メートル! ここでさらに先頭集団がペースアップ!』
実況の声と共に、先頭を争う馬たちが次々と速度を上げていく。
『ユニコーンもペースを上げる! だが中々前との差が縮まりません!』
「頑張れユニコーン!」
苦戦するユニコーンに、ゼルが声を張り上げて声援を送る。
しかしここでも大きな順位の変動はなく、各馬は第三コーナーを抜けていく。
『残り六百メートル! 先頭集団は今、最後のコーナーへと入ります!』
各馬がさらに速度を上げ、次々と第四コーナーへ飛び込む。
『ホクトムーソ先頭! その後ろには二番手のウミノモガタリ!』
先頭を走る二頭が激しく競り合う中、ユニコーンも少しずつ前との差を詰めていく。
しかし順位は六番手のまま。
『そして第四コーナーを抜けて、最後の直線です!!』
「行けユニコーン! 勝負だ!!」
ゼルが身を乗り出し、声の限り叫ぶ。
その瞬間、ユニコーンの走りが一変した。
『おおっと! バナジ騎手、ここで勝負を仕掛ける!!』
ユニコーンが力強く地面を蹴りつけると、その身体が弾けるように前へ飛び出す。
『ユニコーン、一気に加速ぅ!!』
「よし!!」
待ち望んでいた加速に、ゼルが思わず拳を握る。
「速いでゲス!」
「ユニコーンさん凄い!」
ゲスオとソフィも興奮を隠せず、身を乗り出して声援を送る。
『ユニコーンが先頭集団を捕らえる! そのまま五番手のダイクーゲン、四番手のチンポギア、三番手のシッコクケイジをまとめてかわし、三番手に浮上!!』
「いいぞ! 行け!!」
ユニコーンの追い上げに、ゼルの声にもますます力が入る。
『おおっと止まらない! ユニコーン止まらない!!』
「行けぇ!!!」
ゼルが声の限り叫ぶ。
『ユニコーンはその勢いのままウミノモガタリをかわし、二番手に!!』
ついに残るは、先頭の一頭だけとなった。
「凄い! あと一頭ですよ!」
ソフィは興奮した様子で、先頭を追いかけるユニコーンを指差す。
『そしてユニコーン、ついに先頭のホクトムーソに並んだぁ!!』
「行け!! 行けぇ!!!」
ゼルは拳を握りしめて精一杯声を張り上げる。
「ユニコーンさん!!」
ソフィも祈るように両手を握りしめ、必死にその名を叫ぶ。
「ここで決めるでゲス!!」
ゲスオも身を乗り出し、力いっぱい声援を送った。
そしてユニコーンは、三人の声援に応えるかのように、さらに速度を上げる。
――その光景に、三人の興奮は最高潮に達した。
「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」
ズキュゥゥゥゥゥン!!!!
「「「ユニコォォォォォォォン!!!!!」」」
一段と加速したユニコーンが、ホクトムーソの横を一気に駆け抜ける。
『かわしたーっ!! ユニコーン、ホクトムーソを華麗にかわして先頭に躍り出ます!!』
「凄い! 凄い!」
ソフィが興奮した様子で声を弾ませる。
「たまらないでゲス!」
ゲスオもすっかり熱狂し、拳を握りしめながら叫んだ。
「ユニコーン! そのまま行けぇ!!」
ゼルは先頭を駆けるユニコーンに向かって、力の限り声援を送る。
『ユニコーン、そのまま後続を突き放して――今、一着でゴォォォォル!!』
「「「やったぁぁぁ!!」」」
三人は揃って両手を突き上げ、喜びを爆発させた。
『飛び入り出走のユニコーン! 最後の直線で怒涛のゴボウ抜き! 豪快な末脚で見事に差し切りました!!』




