第三話 馬主 ①
とある日の夕方。
今日も大きな問題が起こることなく、教会での一日が終わろうとしていた。
「さて、今日はここまでにしましょうか」
一通りの仕事を終えたソフィは、身の回りを片付けながらゲスオに声をかける。
「お疲れ様でゲス」
ゲスオも仕事を終え、ほっとした様子で返事をした。
そんな中、ソフィはふと辺りを見回す。
「あれ? そういえばゼルさんがいませんね」
「ゼルさんなら馬を捕まえに行ったでゲス」
「馬?」
予想外の言葉に、ソフィはきょとんと首を傾げた。
「これでゲス」
するとゲスオは傍らに置かれていた競馬新聞を手に取ると、とある記事を指差しながらソフィに差し出した。
「なんですかこれ?」
ソフィは怪訝そうに新聞を受け取ると、ゲスオが指差した記事に目を落とす。
『競馬で勝ちたいなら馬券を買うな! 〜馬主という逆転の発想〜
「競馬で勝ちたい!」
そう願い、毎週のように馬券を買い続けていませんか?
しかし、競馬で本当に夢を掴んでいるのは、馬券を買う側ではありません。
“馬を走らせる側”つまり【馬主】です。
名馬がレースで活躍すれば、高額賞金を獲得するチャンスもあります。
さらに名馬となれば、多くのファンに愛され、その名は競馬史に刻まれるでしょう。
一攫千金を夢見るなら、発想を変えてみるのも一つの手。
「馬券を買う人生」から「馬を走らせる人生」へ。
次に夢を掴むのは、今この記事を読んでいる、あ・な・たです!!!』
「…………」
記事を読み終えたソフィは、ゼルの行動の理由を察し、呆れた様子でゲスオに尋ねる。
「まさか……こんな胡散臭い記事に触発されて、馬を捕まえに行ったんですか?」
「そうでゲス」
ゲスオはあっさりと肯定した。
「はぁぁ…………」
もはや怒る気力すら湧かないのか、ソフィは肩を落としながら特大のため息をついた。
★★★
翌朝。
ソフィとゲスオが教会の庭を掃除していると、門の向こうから見慣れた人影が姿を現した。
「今帰ったぞ〜」
「ちょっとゼルさん! 勝手にいなくなったらダメじゃないですか!」
ゼルの姿を見つけるなり、ソフィは箒を握ったまま声を張り上げる。
「いや悪かったって。あんまり怒るなよ」
「グギギギ……!」
ゼルの悪びれない態度に、ソフィの中でふつふつと怒りが込み上げてくる。
そんな二人のやり取りを見ていたゲスオは、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば馬はどうしたでゲス?」
「ちゃんと捕まえてきたぜ」
得意げに答えるゼル。
しかし肝心の馬の姿が見当たらず、ゲスオは辺りをキョロキョロと見回した。
「馬なんてどこにもいないでゲス」
「ここだよ、コ・コ」
ゼルはそう言うと、ポケットの中から握り拳ほどの大きさをした球を取り出した。
「なんですかそれ?」
見慣れない球体を目にしたソフィが、不思議そうに尋ねる。
するとゼルは、手にした球を二人に見せつけながら得意げに答えた。
「これは魔球だ」
「「魔球??」」
聞き慣れない名前に、ソフィとゲスオは揃って首を傾げる。
「魔物を捕まえるための球――すなわち……『魔球』だ!」
ゼルは自信満々に言い放つ。
そしてゲスオはゼルの手にある小さな球を、不思議そうに見つめながら問いかけた。
「こんな小さな球の中に、馬が入っているんでゲス?」
「その通り」
「う〜ん、なんだか信じられませんね」
ソフィは半信半疑といった様子で、ゼルの手にある魔球を見つめていた。
「せっかくだから見せてやるよ」
そう言うとゼルは、手にしていた魔球を地面へ向かって放り投げた。




