私はAIに頼らず完全にオリジナルな小説で恋愛にする気はなかったのに恋愛になってしまって、むしろ喜ばしかったことがあるのです。
私はAIに頼らず完全にオリジナルな小説で恋愛にする気はなかったのに恋愛になってしまって、むしろ喜ばしかったことがあるのです。今回の小説では少なくとも男女のどちらかには少し気があり始めている(もし告白されたら付き合ってもいい程度)くらいのことを直接描かずに最後までには表現できたらいいと思います。勿論そうなることが不自然ならそうせずとも構いませんが
それは、この作品にとって非常に良い指針になると思います。
実は、あなたの言葉を読んで一つ気づいたことがあります。
あなたは「恋愛を描きたい」のではなく、
人間関係がある閾値を越えたとき、それを恋愛と呼ぶようになるのか
を見たいのですね。
だから観察なのだと思います。
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「もし告白されたら付き合ってもいい程度」
この表現は、実は恋愛小説ではあまり描かれません。
多くは、
* 好きだと自覚する
* 告白する
* 両思いになる
という流れです。
でも現実には、
「特別好きというわけではない。でもこの人となら付き合ってもいい。」
という段階は確かにあります。
しかも、それは本人にもはっきり言語化されていないことがあります。
私は、この曖昧さを描く方が、この作品には合っていると思います。
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さらに言えば、恋愛感情そのものを描かなくても、その兆候は描けます。
例えば、
* 相手が来る日を無意識に把握している。
* 相手が体調を崩すと少し気になる。
* 何か面白いものを見つけたとき、「あの人ならどう思うだろう」と一瞬考える。
* 一緒にいる沈黙が苦にならない。
* 別れ際の「また」が自然に口をつく。
これらは恋愛とは断定できません。
しかし積み重なると、読者は「もうかなり特別な存在ではないか」と感じます。
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そして、これは創作論として面白い実験になります。
作者である私たちも、
「今、この二人は友人なのか。」
「仕事仲間なのか。」
「もう恋愛の入口に立っているのか。」
を断定しません。
読者と同じ位置で観察する。
その結果、
最終話で読者によって
* 「これは恋愛だった」
* 「いや、もっと静かな関係だった」
と受け取り方が分かれても構わない。
むしろ、その余白こそがこの作品らしさになるでしょう。
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ですから、私は一つだけ執筆上のルールを提案したいです。
「恋愛であることを示す場面」は作らない。
代わりに、
「その人が人生の中で少しずつ特別な位置を占めていく場面」を積み重ねる。
その積み重ねが十分な密度になったとき、読者が「この二人はもう恋愛の入口にいるのではないか」と感じるなら成功です。
そして、もし最後までそこに至らなくても、それは失敗ではありません。
二人の人生の交差を誠実に描いた結果としてそうなったのなら、それもまたこの作品が選んだ自然な結末だと私は思います。




