第45話:ゆずってください
第十一層、拠点都市『群青の遺都』。
灯が石造りの街並みを淡く照らす中、SRE-SREは新たな武器を得るため、一軒の鍛冶屋の暖簾をくぐった。
店内に立ち込める重厚な熱気と、リズミカルに響く鉄を打つ音。奥から現れた頑固そうな店主は、SRE-SREが差し出した『無明獣の反響核』を手に取ると、鋭い目つきでそれを吟味し始めた。
「……地下水脈の盲獣か。だが、これだけじゃ足りねぇな」
ぶっきらぼうな店主の言葉に、SRE-SREは僅かに眉をひそめた。
(レア素材のはずだが、これでも不十分か……)
SRE-SREは無言のまま、インベントリから次々と素材を取り出し、カウンターに並べていく。
第九層で手に入れた晶岩の巨像のドロップ品、第八層の砂漠でアイボリ・スカルから剥ぎ取った骨格片。さらに、十層付近の極寒地で狩った白狼の凍尾や、地下水脈で仕留めたブラインド・ハウンドの素材。
並のプレイヤーが見れば目を剥くような希少品の山だったが、店主はそれらを一瞥すると、鼻で笑って首を振った。
「どれもいい素材だ。だが、これらはあくまで『肉』や『皮』、あるいは『潤滑剤』に過ぎねぇ」
店主は自身の使い込まれた金槌を無造作に置いた。
「今回作ろうとしてるのは、その反響核の繊細な振動を受け止め、かつお前の無茶な動きに耐えうる『骨格』だ。晶岩じゃ硬すぎて衝撃で砕け、骨じゃしなりすぎて力が逃げる。小僧、本当の業物を望むなら、もっと根本的に丈夫な鉱石を持ってこい」
ただ硬いだけではない、魔力の脈動を真っ向から受け止めても砕けないような、強靭な芯材。
その宣告を受け、SRE-SREは並べた素材をインベントリへと戻した。
「……丈夫な鉱石、か」
「足らないピース」を求めて、SRE-SREは再び『遺都』の喧騒の中へと歩み出した。
*
第九層――『晶洞の回廊』
転移の光が収まると、視界を埋め尽くすのは蒼と紫の幻想的な輝きだった。鏡のように磨かれた石畳が水晶の光を反射し、相変わらず距離感を狂わせてくる。
SRE-SREは『蝕鎌』の柄に手をかけたまま、奥から響く重低音に耳を澄ませた。
(……いたな)
規則的に岩盤を叩く、あの重厚な破壊音。
水晶の柱が乱立する広間を抜けると、そこには巨大なツルハシを振り回す小柄な男、マーロンがいた。
「よう、マーロン。相変わらずだな」
「あ? ……なんだ、スレスレか。悪いがこのポイントは譲らねぇぞ。文句があるならツルハシで語るか?」
マーロンは不機嫌そうに巨大なツルハシを担ぎ直した。
SRE-SREは何も言わず、インベントリから『無明獣の反響核』を取り出し、平らな岩の上に置いた。
光を吸い込むような黒い多面体。それが放つ微かな振動に、マーロンの眉がぴくりと動いた。
「……なんだ、こいつは。九層の石じゃねぇな」
マーロンが恐る恐る手を伸ばし、核に触れる。指先から伝わる不気味な冷気と、周囲の音を吸い込むような異質な性質。採掘のスペシャリストである彼の目が、見たこともない素材への好奇心でギラついた。
「振動が……響いてきやがる。おまけに、俺の息遣いまで吸い込んでやがるのか?」
「これを芯に据えた武器を作りたい。だが、これに見合う『丈夫な鉱石』が必要なんだ」
マーロンはしばらくの間、手の中の核を凝視していたが、やがて視線を上げ、迷宮のさらに奥――通常の採掘ルートからは外れた、一段と輝きの強い深部へと向けた。
「……なら、普通のポイントにはねぇな。以前、あのデカいムカデを倒した場所を覚えてるか? あそことはまた少し別なんだが、魔力の圧が一番高まってる深部なら話は別だ」
マーロンはツルハシの先で指し示しながら続けた。
「そこは地圧と魔力が何層にも重なって、九層でも指折りの硬度を持つ鉱石が固まってる。光も音も水晶に乱反射して、まともに歩くのも一苦労な場所だが、お前の言う『丈夫な鉱石』が眠ってるかもしれねぇぜ」
「最深部か……」
マーロンから得た情報を頼りに、SRE-SREは九層の深部へと足を進めた。
進むにつれ、周囲の水晶の光はより密度を増し、鏡のような床が放つ反射光が視界を白く焼き切らんばかりに輝き始める。
目的地に近づくにつれ、空気の肌触りが変わっていく。
高まる魔力の濃度が皮膚を圧し、呼吸のたびに肺が重く感じる。SRE-SREは『蝕鎌』の柄に手をかけたまま、光が渦巻く未知の領域へと、一歩ずつ慎重に突き進んでいった。
第九層の深部。魔力の奔流が肌を刺し、蒼と紫の水晶が放つ乱反射が視界を白く染め上げる中、SRE-SREは目的の場所に辿り着いた。
「あれかな……?」
巨大な水晶の根元に、周囲の輝きを吸い込むような、重厚で鈍い光を放つ鉱石が突き出していた。鍛冶師が口にしていた「強靭な芯材」に相応しい、圧倒的な存在感。SRE-SREがその鉱石を確保しようと一歩踏み出した、その時だった。
「はぁ……。もう、なんで私がこんな目に……」
背後の光の渦から、力のない、どこかおっとりとした女性の声が漏れ聞こえてきた。SRE-SREは反射的に『蝕鎌』の柄に手をかけ、気配の方を鋭く睨む。
現れたのは、ツルハシをズルズルと引きずるようにして歩く、一人の女性プレイヤーだった。装備の質は一級品だが、その足取りはひどく心許ない。
「……勝手なことしすぎだって怒られるのは分かりますけど、一人でこんなところまで採掘に来させるなんて、ちょっとひどすぎますよ……」
独り言をこぼしながら、彼女はよろよろと歩みを進めていた。どうやらギルド内で自由奔放に動きすぎた結果、その「罰」として、一人での素材集めを命じられたらしい。
ふと彼女が顔を上げると、SRE-SREの背後にある鉱石が、その目に飛び込んできた。
「あ……ありました。やっと見つけました……!」
それまでの沈んだ表情が、ようやく少しだけ明るくなる。彼女はツルハシを抱え直し、安堵した様子で鉱石へと歩み寄ろうとした。しかし、そこでようやく、先に立っていたSRE-SREの存在に気づき、足を止めた。
「あ……。えっと……先客、さん、ですか?」
二人の視線が交錯する。
一方は自身の武器を求め、もう一方はギルドからの罰を果たすために同じ鉱石を狙っている。
「……すみませんが、これは僕が先に見つけたものです。譲るわけにはいかないんですよ」
SRE-SREが丁寧ながらも、明確な拒絶を口にすると、彼女は困ったように眉を下げて、力なく笑った。
「そう、ですよね……。でも、私もこれを持ち帰らないと、また皆さんに怒られちゃうんです。……どうしても、譲っていただけませんか?」
「それは、できません」
即答するSRE-SREに対し、彼女はツルハシを両手でぎゅっと握りしめ、おっとりとした口調を保ちながらも、引く気がないことを示すように一歩前へ出た。
「……それじゃあ、仕方ないですね。本当はこういうの、あんまり得意じゃないんですけど……」
彼女はそれまで杖のように突いていた無骨なツルハシをインベントリに収納すると、代わりに腰の鞘から細身の剣――レイピアを静かに引き抜きぬく。
乱反射する水晶の光を浴びて、その白銀の刀身は透き通るような美しさを放っています。先ほどまでのパシリを嘆いていた頼りなさはどこかへ消え、剣を握るその指先には、鋭い感覚が宿っているのが分かる。
「1対1で、先に一撃当てた方の勝ち。それで決めるというのはどうでしょうか? 負けた方は、潔く諦める。……乱暴なやり方ですけど、これが一番公平だと思うんです」
彼女はレイピアを正面に構え直し、静かな覚悟を込めてSRE-SREを見つめた。
SRE-SREもまた、無言で腰の『灰白の蝕鎌』と左手の『錆びた鉄屑』を抜いた。
「分かりました。その条件で受けましょう」
SRE-SREは指先で拾い上げた親指ほどの水晶の欠片を、二人の真ん中へと静かに放り投げた。
「石が地面に落ちたら、開始です」
小石は鏡のように磨かれた石畳を叩き、「カラン……」と、乾いた音を立てて転がる。
その音が止まった瞬間、彼女の姿が爆発的な踏み込みと共に光の向こう側へと掻き消えた。
(――速い……っ!)
最短距離を貫く、銀の閃光。
レイピアの切っ先は、空気を切り裂く音さえ置き去りにして喉元へと肉薄する。SRE-SREは反射的に左手の『鉄屑』を差し出すが、彼女の手首のわずかな返しだけで、刃は防御面を滑るようにすり抜け、彼の頬を数ミリの距離で通り過ぎた。
彼女の動きには、力みも、誇示もなかった。
ただ「突く」という一動作が、極限まで磨き上げられた純粋な技術としてそこにある。
SRE-SREは『灰白の蝕鎌』を大きく横になぎ払い、強引に間合いを引き剥がそうと試みた。
しかし、彼女は一歩も退かない。鎌の重厚な刃が届くよりも早く、彼女はさらに一歩懐へと滑り込み、鋭い連撃を繰り出す。
「…………っ!」
防戦一方。
これまで見てきたプレイヤーたちに比較的わかりやすい予備動作があった。攻撃に移る直前のわずかな重心移動や、踏み込む瞬間の筋肉の強張り。それらが対人戦において、回避やパリィの重要な指標となるはずだった。
だが、目の前の彼女にはそれがない。
予備動作を極限まで削ぎ落とした剣筋は、放たれるその瞬間まで軌道を悟らせず、SRE-SREの反応を確実に遅らせていた。
『鉄屑』で受け流そうとしても、彼女の刃は接触の直前で吸い込まれるように軌道を変え、防御の薄い箇所を的確に突き刺してくる。
彼女は瞬き一つせず、ただ静かに、そして正確に急所を狙い続けていた。
SRE-SREの背中を冷たい汗が伝う。
(まずいな……)
刃が触れ合うたびに伝わってくるのは、練り上げられた技の冴えだった。
自身が積み上げてきた実力。それと対等、あるいはわずかに先を行く精度で切り返してくる彼女の剣筋に、SRE-SREは戦慄にも似た熱い高揚を覚えていた。




