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第42話:総仕上げ

「――よし、今日はここまでにしましょう」


 延々と続いた泥臭い反復練習を止めさせ、SRE-SREはパンッと一度手を叩いた。


「これ以上やっても、肉体の疲労で集中力が落ちて、変な癖がつくだけです。今日の感覚を忘れないうちにログアウトして、しっかり休んでください」


「は、はいっ……! ありがとうございました!」


 その言葉に、限界歯車の八人はその場にバタバタとへたり込んだ。

 誰もが疲労困憊で息を切らしているが、その瞳には昨日までの焦燥感はなく、確かな達成感と熱が宿っていた。


 テッサが代表して深く頭を下げ、その日の特訓は解散となった。


 そして、翌日。


 再び第十一層の岩場に集結した八人の前に立ち、SRE-SREは少し離れた高台の岩の上へと軽やかに跳び乗った。

 そこからは、開けた岩場全体と、限界歯車の八人の配置が将棋盤のように見渡すことができた。


「さあ、昨日の反復練習の総仕上げです」


 SRE-SREは眼下の八人を見下ろし、よく通る声で告げた。


「今日は俺、武器を抜きません。ここから全体を見て、必要なら指示だけ飛ばします。……あなたたちだけで、どこまでやれるかのテストですね」


 SRE-SREが顎でしゃくった先。

 平原の奥から、二つの巨大な影が地響きを立てて接近してきていた。昨日、彼らを全滅寸前まで追い込んだ岩石虎――『グラナイト・タイガー』の二体同時エンカウント。


「げっ、またあのコンビかよ……!」


「昨日俺たちをボコボコにした奴らだ……しかも今日は、スレスレさんの直接の援護はなしだぞ」


 一瞬、八人の間に昨日のトラウマと緊張が走る。彼らが思わず身構えたその時、SRE-SREの張りのある声が上から降ってきた。


「ビビる必要はありません! 相手が何体だろうが、やることは昨日と全く同じです! 六角さん、前に! 小春さんはバフの準備!」


「は、はいっ!」


 昨日、体に叩き込んだ条件反射が恐怖を上回る。SRE-SREの号令で、八人が弾かれたように所定の位置についた。

 二体の虎が獲物を見定めて咆哮を上げ、左右から挟み込むように同時に突進を開始する。


「来るぞ! 六角さん、盾の角度! 足の裏!」


「指の付け根……っ、十五度……ッ!」


 六角が大盾を構え、足の指先で仮想の地面を鷲掴みにする。


「今です、小春さん!」


「『プロテクション』!!」


 虎が激突するコンマ数秒前。小春の防御バフが六角を包み込んだ直後、二頭分の暴力的な質量が同時に大盾に叩きつけられた。


 ――ガガァァァァンッ!!


 凄まじい衝撃音が弾け、六角の足元から土埃が吹き飛ぶ。

 だが、土埃が晴れた後、六角は元の位置からわずか半歩しか下がっていなかった。二体同時の突進の威力を、絶妙な盾の角度で左右に逃がしたのだ。


「耐えた……! リリィさん!」


「『ヒール』!」


 六角の削れたHPが、待機していたリリィの魔法で即座に満タンまで戻る。無駄撃ちゼロの、完璧なタイミングでの回復だった。


「オージさん、JAKEさん! 虎の肩を見ろ!」


 SRE-SREの指示が飛ぶ。


 突進を阻まれ、苛立った虎の一体が前肢を大きく振り上げた。その肩が沈み込んだ瞬間――オージとJAKEが、一切の躊躇なく左右の死角から飛び込んだ。


「おおおおおっ!!」


 大剣と双剣の重い一撃が、虎の脇腹に深々と突き刺さる。


「欲張るな、離脱!」


 SRE-SREの声を待つまでもなく、二人は一撃を入れた瞬間にバックステップで距離を取った。


「グルルァッ!」


 反撃しようと虎が二人に牙を剥いた瞬間。


「させないっすよ!」


 ――ヒュッ、ドスッ!


 @Type=Bの放った矢が、寸分の狂いなく虎の眉間に突き刺さった。アタッカーが離脱する一番の隙を、完全にカバーしたのだ。


「よし、回ってきた……!」


 高台の上で、SRE-SREは思わず口元を歪めた。


 自分の指示と、八人の動きのラグがどんどん無くなっていく。彼らはもう、自分の手元や目の前の恐怖ではなく、仲間が「次にどう動くか」を視界全体で捉え始めていた。


 だが、相手も強力なモンスターだ。

 もう一体の虎が、硬すぎる六角をあきらめ、後方で強大な魔力を練り上げている灯へとターゲットを変えて跳躍した。


「しまっ……! 灯!!」


 六角が叫ぶが、もう一体の相手をしていて大盾を動かせない。


「テッサさん!!」


「わかってる!!」


 SRE-SREが叫ぶより早く、遊撃のテッサが動いていた。

 彼は器用貧乏と言われた片手剣の身軽さを活かし、虎と灯の間に割り込むと、SRE-SREの鉄屑のパリィを見様見真似で実践し、剣の腹で虎の爪を斜めに弾き落とした。


「ぐぅっ……お、重っ……!」


 ダメージは受けたが、致命傷にはならない。リリィのヒールが即座にテッサを癒やす。

 テッサが稼いだ、その「たった数秒」の時間が、決定的な隙を生み出した。


「――お待たせしました!」


 灯の杖の先端で、限界まで圧縮された炎の魔力が臨界点に達していた。

 もう、SRE-SREが指示を出す必要はなかった。全員が、今何をすべきかを完全に理解していた。


「前衛、伏せろぉっ!!」


 テッサの叫びと共に、前衛陣がバッとその場にしゃがみ込む。

 射線が、完全に開いた。


「消し飛びなさい……!『エクスプロージョン』!!」


 灯の放った極大の火炎魔法が、二体の虎をまとめて飲み込んだ。

 平原を揺るがす大爆発。熱波が収まり、もうもうと立ち込める煙が風に流されていく。


 そこには、光の粒子となって崩れ落ちる二体の『グラナイト・タイガー』の残滓だけが漂っていた。


「…………」


 静寂。

 誰一人、欠けていない。昨日は手も足も出なかった格上の魔物二体を、彼ら自身の力だけで完全に圧倒したのだ。


 高台から飛び降りたSRE-SREが、ゆっくりと彼らの方へ歩み寄る。


「見事な噛み合いでした。文句なしです」


 SRE-SREがそう告げた瞬間。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」


 第十一層の平原に、八人の爆発するような歓喜の叫びが轟いた。


 歓喜に沸く八人の輪から少し離れ、SRE-SREは静かに『蝕鎌』を背中に納めた。

 やがて興奮が落ち着くと、ギルドマスターのテッサが、仲間たちと頷き合ってからSRE-SREの元へ歩み寄ってきた。


「スレスレさん……! 本当に、何とお礼を言えばいいか。昨日までの俺たちじゃ、絶対に勝てない相手でした」


「礼なら不要です。最初から『取引』だと言ったでしょう。俺は俺の欲しい情報のために教えただけですから」


 淡々と返すSRE-SREに対し、テッサは改めて深く頭を下げ、システムメニューを展開した。

 ピロン、とSRE-SREの視界にウィンドウがポップアップする。


「約束の報酬です。俺たち『限界歯車』が、この第十一層で集めたモンスター情報と、ドロップ品のデータです。大まかな湧きポイントや、レア素材のドロップ率も俺たちなりにまとめています」


 SRE-SREが承認ボタンを押すと、インベントリに情報データが転送された。


(……これはありがたいな。ネットの攻略サイトに載っているテンプレ情報より、ずっと解像度が高い。これで素材集めの時間が大幅にショートカットできる)


 SRE-SREが内心でホクホクしていると、テッサはさらに言葉を続けた。


「それと、これも受け取ってください。情報だけじゃ対価として全く割に合わないとメンバーで話し合って……少しですが、アイテムも用意しました」


 追加で送られてきたのは、高品質なポーションや、武器のメンテナンスに使える消耗品の数々。そして――そのリストの最後に、見慣れないアイコンが一つ混ざっていた。


【アイテム:???の招待状】


「……テッサさん、この最後のは?」


 SRE-SREが眉をひそめて尋ねると、テッサは少し困ったように頬を掻いた。


「ああ、それですか。実は俺たちがこの層で宝箱を探している時に、偶然手に入れたアイテムなんですけど……」


「アイテム?」


「ええ。でも、鑑定屋に持っていっても詳細が不明で、使用条件も場所も一切わからない、ただの謎の『招待状』なんです。俺たちみたいなギルドが持っていても宝の持ち腐れですし、スレスレさんのような凄いプレイヤーなら、何か使い道がわかるんじゃないかと思いまして」


 SRE-SREはインベントリからその実体を取り出してみた。

 漆黒の羊皮紙で作られたような、分厚い封筒。宛名も差出人もなく、ただ中央に、赤い蝋が押されているだけだ。タップしても、詳細ウィンドウには【???】としか表示されない。


(……謎の招待状、ね。いいね、面白そうじゃん)


 得体の知れないアイテムだが、こういう「正体不明の要素」こそがVRMMOの醍醐味でもある。ゲーマーとしての好奇心が、SRE-SREの胸の奥で微かに疼いた。


「……なるほど。確かに受け取りました。素晴らしい情報とアイテムをありがとうございます」


 SRE-SREが招待状をインベントリに仕舞い、満足げに頷くと、テッサをはじめとする限界歯車の面々はパッと顔を輝かせた。

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