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第41話:固まる軸

「では、六角さん。前に出てください」


 SRE-SREの言葉に、六角はゴクリと唾を飲み込み、手にした分厚い大盾を構えて前に出た。

 距離を取っていたグラナイト・タイガーが、新たな標的を見定めて低い唸り声を上げる。


「まずは、さっきまでのいつも通りの受け方で構いません。一度、あの突進を受け止めてみてください」


 六角は頷き、両手で大盾をしっかりと握りしめ、足を前後に開いて強く踏ん張った。

 直後、虎が爆発的な脚力で地を蹴る。巨大な岩の塊が、特急列車のような速度で六角へと迫る。


(怖い……! でも、下がるな、下がるな……ッ!)


 六角は必死に目を見開いたまま、盾を真正面に構えて衝撃に備えた。


 ――ドゴォォォンッ!!


 鈍く重い衝突音が平原に響き渡る。


「ぐあぁっ……!」


 六角は歯を食いしばったものの、圧倒的な運動エネルギーを相殺しきれず、靴底で地面を削りながらズルズルと「二歩、三歩」と後退してしまった。さらに、受け止めた際の反動で体勢が崩れ、盾が大きく上へ跳ね上がってしまう。


「ストップ」


 追撃に出ようとした虎の鼻先に、SRE-SREが素早く小石を投げつけてヘイトを切り、戦闘状態を強制的にリセットする。


「……すみません、やっぱり俺じゃ……」


「謝る必要はありません。気合いや根性だけで勝てるなら、誰も苦労しませんから」


 項垂れる六角の横に立ち、SRE-SREはその大盾の表面を軽くコンコンと叩いた。


「六角さん、あなたは真面目すぎます。敵の攻撃を『100パーセント真正面から受け止めなきゃいけない』と思い込んでいる。だから、スピードや質量の差で押し負けるんです」


「真正面から、受け止めない……?」


「ええ。泥臭い技術ですが、今すぐ教えます」


 SRE-SREは六角の横に並び、大盾の構え方を手で直接直していく。


「まず、盾を敵に対して垂直に構えるのをやめてください。ほんの少し、外側に向けて『15度』ほど角度をつける。衝撃のベクトルを正面から受け止めるのではなく、盾の表面を滑らせて横に『逃がす』んです」


「威力を、逃がす……」


「次に足元です。あなたは今、足の裏全体が地面にベッタリついている『ベタ足』で踏ん張っています。これだと、後ろへの力に耐えきれずにズルッと滑る。……踵をほんの数ミリ浮かせて、足の親指の付け根に体重を集中させてください。仮想の地面の土を、足の指で鷲掴みにするイメージです」


 盾の角度。そして、重心の置き方。


「……やってみます」


 六角は大きく息を吐き、SRE-SREに言われた通りに構えを微調整した。


 盾をわずかに傾け、足の指先に意識を集中させて地面を強く踏みしめる。見た目の姿勢は先ほどとほとんど変わらないが、その内側にある『芯』の強さが全く別物になっていた。


 SRE-SREが後ろへと下がり、入れ替わるように魔法使いの灯が六角の背後に立つ。


「六角さん。私、詠唱始めます。六角さんの背中、信じてますから!」


 灯の力強い言葉に、六角の目の色が変わった。

 ただ漠然と「敵が怖い」と怯えていたタンクの目に、「絶対に後ろの仲間を守る」という明確な覚悟の火が灯る。


「……来いッ!!」


 六角の咆哮に呼応するように、グラナイト・タイガーが再び地を蹴った。

 先ほどと全く同じ、あるいはそれ以上の速度と質量を持った死の突進。


 六角は目を逸らさない。

 迫り来る巨体の軌道を見極め、衝突の瞬間に合わせて、母指球に全神経を集中させて地面を掴み、盾を構えた腕の筋肉を硬直させた。


 ――ギガァァァンッ!!


 先ほどの「鈍い音」とは違う、金属と岩が激しく擦れ合う「甲高い摩擦音」が鳴り響いた。


 虎の突進の威力は、傾けられた盾の表面を滑るように横へと逸らされ、巨大な身体が六角の横をすり抜けていく。


 六角の腕には強烈な痺れが走った。しかし、地面を掴んだ両足は、ただの「一歩」も後ろへ下がることはなかった。


「……耐え、た……」


 土埃が晴れた後、元の位置から一ミリも動かずに立ち尽くす六角の姿があった。

 背後では、誰にも邪魔されることなく詠唱を終えた灯の杖が、煌々と魔力の光を放っている。


「完璧です」


 SRE-SREが静かに拍手をした瞬間。


「うおおおおおおっ!! 六角、すげええええええっ!!」


「やりました! やりましたよ六角さん!!」


 見守っていたオージやJAKE、テッサたちが一斉に歓声を上げ、六角の元へと駆け寄った。六角自身も、自分の足元と盾を交互に見つめ、信じられないといった顔で震えている。


(……これで、一番大事な『軸』はできたな)


 SRE-SREは歓喜の輪から少し離れた場所で、満足げに微笑んだ。


 六角が完璧な盾受けを成功させ、歓喜に沸く限界歯車の面々。


 その輪が少し落ち着いたのを見計らい、SRE-SREは二人のサポート役――付与術師の小春と、弓使いの@Type=Bへと視線を向けた。


「さて。前衛と後衛の『軸』ができたところで、最後に小春さんと@Type=Bさんですが……」


「は、はいっ!」


「俺たちですね。どう動けばいいでしょうか」


 二人が真剣な表情で姿勢を正す。しかし、SRE-SREは少しだけ困ったように首を掻いた。


「正直に言うと、俺自身は付与術師や弓使いの経験がないし、普段パーティを組む時も、細かいスキル回しをガチガチに決めて戦うようなスタイルじゃないんです」


「えっ、そうなんですか?」


「ええ。各々が割と好き勝手動いて合わせるようなパーティばかりで。だから、一般的な最適解までは教えられません。ただ……『合わせるべきタイミング』なら分かります」


 SRE-SREは言葉を切り、先ほどまで彼らが戦っていた平原を指差した。


「小春さん。あなたはさっき、焦りから防御バフの効果時間が切れる前に上書きしていました。でも、もう焦る必要はありません。六角さんが一歩も下がらないタンクになったんですから」


「あ……」


「これからは、六角さんが衝撃に備えて足を踏ん張る瞬間に合わせて防御バフをかけてください。そしてリリィさんのヒールが届くまでの間、絶対に彼を死なせない。それがあなたの役目です」


 小春がハッとしたように六角の背中を見つめ、力強く頷く。

 続いて、SRE-SREは弓使いの青年へと向き直った。


「@Type=Bさん。適当に攻撃を当ててもたいしてサポートにはなりません」


「じゃあ、いつ撃てば……?」


「さっきアタッカー陣に教えた予兆を思い出してください。敵の予備動作が見えた瞬間に出鼻を挫くように撃つか……あるいは、オージさんたちが攻撃を終えて『離脱する瞬間』です」


 SRE-SREは弓を引くジェスチャーを交えながら説明を続ける。


「アタッカーが離脱する隙は、敵にとって一番の反撃のチャンスです。そこに矢を一本ねじ込んで、仲間の背中を守ってやってください」


「仲間の背中を……カバーのデバフ……。なるほど、わかりました!」


「自分の攻撃を単体で考えるんじゃなく、誰かの動きのパズルのピースとして嵌め込むんです。それができれば、あなたたちの支援は劇的に化けると思いますよ」


 専門的な技術ではなく、あくまで「観察」と「連携」の基礎。

 だが、そのシンプルなアドバイスは、これまでバラバラに動いていた二人の視界をクリアにするには十分すぎるものだった。


「――よし、座学はここまでです」


 SRE-SREはパンッと一度手を叩き、全員の意識を自分へと向けさせた。


「初日の今日は、いきなり実戦や強い魔物の討伐には行きません。今の感覚が頭から抜け落ちないよう、今日はひたすら『反復』します」


「反復、ですか」


「はい。オージさんたちは俺の石を避け続ける。六角さんはひたすら魔物の突進をいなす。サポート組はそのタイミングを完璧に掴む。……頭じゃなく、体に直接覚え込ませるんです」


「望むところだ……! やってやろうぜ、みんな!」


 テッサが拳を突き上げると、全員から「おおっ!」と気合の入った声が返ってきた。


 それから数時間。

 予定していたログアウトの時刻が迫るまで、第十一層の青い草が揺れる平原には、限界歯車の面々の泥臭い掛け声と、SRE-SREの容赦ない指導の声が響き続けた。


 何度も小石をぶつけられ、何度も吹き飛ばされ、何度も詠唱を失敗する。


 だが、誰一人として弱音を吐く者はいなかった。失敗するたびに彼らは言葉を交わし、数センチの立ち位置、コンマ数秒のタイミングを修正し合っていく。


 SRE-SREは少し離れたところからその光景を静かに見つめていた。


(……悪くない)


 最初はただの寄せ集めだった八人の動きが、反復練習を重ねるごとに無駄を削ぎ落とし、一つの生き物のように連動し始めていった。


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