第40話:見て避けるな?
「……では、まずはアタッカー陣の『突っ込みすぎる癖』から矯正しましょう。オージさん、JAKEさん、それから遊撃のテッサさんと、デバフを入れるタイミングを掴みたい@Type=Bさん。前に出てください」
SRE-SREの指名を受け、四人がおずおずと前に出る。
するとSRE-SREは、足元の岩場から手頃な大きさの小石を十個ほど拾い上げ、彼らから数メートル離れた位置に立った。
「今から俺が、あなたたちに向かって不規則なタイミングでこの石を投げます。武器は使わず、ステップだけで避けてみてください」
「い、石を……? 分かりました」
オージが大剣を背負い直し、身構える。JAKEたちもそれに倣い、SRE-SREの手に握られた石を食い入るように見つめた。
「いきますよ」
――シュッ!
SRE-SREの腕がブレたかと思うと、見えない弾丸のような速度で石が飛来した。
「うおっ!?」
「痛っ!」
オージの肩と、JAKEの太ももに小石が直撃する。ダメージ判定こそほぼないものの、鈍い衝撃が走った。さらに間髪入れず、テッサと@Type=Bにも立て続けに石が飛ぶが、誰一人としてまともに回避することができなかった。
「ストップ。……なぜ避けられないか、分かりますか?」
四人が悔しそうに首を振るのを見て、SRE-SREは手の中で残りの石を転がしながら淡々と告げた。
「あなたたちは全員、空を飛んでくる『石』を見てから避けようとしているからです。飛び道具にせよ、魔物の爪にせよ、放たれた後の軌道を見てから反応したのでは、絶対に間に合いません」
「じゃあ、どこを見れば……」
「俺の体です。さっき言った予兆を思い出してください」
SRE-SREはゆっくりと、石を投げるフォームの構えをとった。
「石が手から離れる直前、俺の右肩の筋肉が僅かに収縮します。そして重心が前のめりになり、肘が引かれる。その『予備動作』の段階で、誰に向かってどんな速度で石が飛んでくるかは既に確定しているんです」
「予備動作……」
「飛んでくる石を点で捉えようとするのではなく、俺の全身の動きを、一枚の絵としてぼんやりと広く視界に入れてみてください」
SRE-SREの言葉に、四人の目つきが変わった。
彼らはSRE-SREの手元から視線を外し、彼の肩、腰、そして足元へと、視界全体を広げるように意識を切り替える。
「いい目になりましたね。じゃあ、いきます」
SRE-SREの右肩が、僅かに沈み込んだ。
(来る……!)
オージとJAKEが同時に反応する。SRE-SREの腕が振り抜かれるより一瞬早く、二人は左右にステップを踏んだ。
――ヒュッ!
小石は、彼らが先ほどまで立っていた空間を空しく通り過ぎていった。
「おっ……!」
「見えました! 肩が動くのが!」
歓喜の声を上げるオージとJAKE。続くテッサと@Type=Bも、飛来する石の軌道を予測し、最小限の動きで首を傾げて躱すことに成功した。
「その感覚です」
SRE-SREは残った石を地面に放り捨て、満足げに頷いた。
「魔物も同じです。スノー・ウォーカーなら飛びかかる前に必ず後ろ足が力む。グラナイト・タイガーなら、尻尾の付け根が硬直する。それが攻撃の『予兆』であり、逆に言えば、その予兆がない時間はすべてあなたたちの『攻撃のチャンス』なんです」
アタッカー陣は、先ほどまでの前のめりな焦りが消え、静かに、しかし確かな熱を帯びた瞳でSRE-SREの言葉を反芻していた。
「敵のモーションを観察し、安全な隙にだけ最大火力を叩き込む。そして予兆が見えたら、欲張らずにすぐ離脱する。これがアタッカーの鉄則です。……分かったら、次は防衛組の番です」
SRE-SREの視線が、残る四人――大盾の六角、魔法使いの灯、ヒーラーのリリィ、付与術師の小春へと向けられた。
「次は防衛と後衛組です。六角さん、灯さん、リリィさん、小春さん」
SRE-SREに呼ばれ、残りの四人が緊張した面持ちで前に出る。
SRE-SREはまず、魔法使いの灯に向き直った。
「灯さん。あなたが発動できる魔法の中で、一番詠唱時間が長くて、威力の高いものを準備してください」
「えっ……? で、でも、一番大技の『エクスプロージョン』は詠唱に十秒近くかかります。いつもは途中で前衛が崩れてタゲがこっちに向くから、最後まで撃ち切れたことなんて……」
不安そうに杖を握りしめる灯に、SRE-SREは静かに首を振った。
「俺が前衛に立ちます。あなたはただ俺の背中だけを見て、絶対に詠唱を止めないでください。リリィさんと小春さんは、俺への回復もバフも一切不要です。ただ見ていてください」
そう言い残すと、SRE-SREは灯の数メートル前に立ち、平原の奥からリスポーンして近づいてきた『グラナイト・タイガー』へと視線を向けた。
右手の鎌は抜かず、左手の『錆びた鉄屑』だけを構える。
「さあ、詠唱を」
SRE-SREの静かな声に背中を押され、灯は震える唇で呪文を紡ぎ始めた。杖に高密度の魔力が集束していく。
それに反応したグラナイト・タイガーが、明確な殺意を伴って咆哮を上げた。
地響きを鳴らし、巨大な岩の塊のような巨躯が一直線に突進してくる。
(ああ……っ、来る!)
迫り来る虎の威圧感に、灯は思わず目を閉じ、後ずさりしそうになった。いつもならここで六角が弾き飛ばされ、自分に牙が向く。その恐怖が体に染み付いているのだ。
だが。
「……ッ!」
目を開けた灯の視界に映ったのは、微動だにしないSRE-SREの背中だった。
――ガゴンッ!!
虎の巨大な前肢が振り下ろされる直前、SRE-SREは左手の鉄屑の面を絶妙な角度で差し込んだ。
力と力が衝突するのではなく、虎の全体重が乗った一撃が、滑るように横へと逸らされる。凄まじい轟音と共に地面が抉れるが、SRE-SRE自身吹き飛ばされることなく、後退していない。
「グルルルゥッ!」
苛立った虎が、今度は噛みつきと連続の引っ掻きを繰り出す。
しかしSRE-SREは、まるで事前に決まっていたように、最小限のステップと鉄屑のパリィだけで全ての攻撃を捌き切っていく。
(すごい……。前衛が、まったく下がらない……!)
灯の視界から、虎の姿が消えた。
正確には、SRE-SREの背中が完全に「壁」となり、虎の視線も、攻撃の余波も、一切こちらに届かないのだ。
恐怖が消え去ったことで、灯の集中力が極限まで研ぎ澄まされていく。
周囲の風の音すら遠のき、ただ自身の内側にある魔力とだけ向き合う絶対的な時間。これが、前衛が完璧に機能している時にだけ後衛に訪れる「背中の安心感」だった。
「……詠唱、完了しました!」
「上空に撃ち放て!」
SRE-SREの指示に従い、灯は杖を空へと掲げた。
直後、空気を震わせる轟音と共に、極大の火炎魔法が平原の空で爆発した。熱波が広がり、これまでにないほど完璧な魔法が発動したことに、灯自身が一番驚いていた。
「よし、そこまで」
SRE-SREは虎の攻撃を躱した勢いを利用して大きくバックステップを踏み、戦闘状態を解除した。虎も手出しできないと悟ったのか、警戒しながら距離を取っていく。
SRE-SREは振り返り、呆然と立ち尽くす防衛組の四人を見た。
「リリィさん。今の十秒間、俺にヒールが必要でしたか?」
「い、いえ……かすり傷一つ負ってなかったので、まったく」
「灯さん。詠唱中、怖かったですか?」
「……最初は怖かったです。でも、スレスレさんの背中を見ていたら、絶対に攻撃が飛んでこないって分かって……魔法だけに集中できました」
SRE-SREは頷き、最後に、自分の大盾を握りしめて震えている六角へと視線を向けた。
「六角さん。これがタンクの役目です。タンクが『一歩も下がらない』というだけで、後衛の火力は二倍にも三倍にも跳ね上がる。逆にあなたが怯えて半歩下がれば、パーティ全体の命綱が断ち切られる」
SRE-SREの言葉は厳しいが、決して六角を責めているわけではなかった。タンクという役割の「重さ」と「尊さ」を、物理的な体験として伝えたのだ。
「……さあ。タンクの本当の楽しさが分かったところで、次はあなたの番です」
SRE-SREは鉄屑を下ろし、六角に向かって手招きした。
「次は俺が、衝撃を真正面から受けず、一歩も下がらないための技術を教えます。覚悟はいいですか?」
六角は一瞬だけ息を呑み、これまでにないほど力強い眼差しで、深く頷いた。




