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第39話:問題点

「――まずは、現状の確認からですね。全員、武器を構えて一列に並んでみてください」


 即席の特訓会場となったのは、先ほどの戦闘から少し離れた岩場に囲まれた開けた場所だった。

 SRE-SREの指示に従い、『限界歯車』の八人がおずおずと武器を構えて横並びになる。


 このゲームには、他人のレベルや筋力値といったものはなく、正確な数値を見ることはできない。プレイヤーの実力を推し量るには、その立ち振る舞いや装備から情報を拾い上げるしかない。


 SRE-SREは顎に手を当てながら、流れるような視線で彼らの装備の重量感、リーチ、そして何より「どう構えているか」を一人ずつチェックしていった。


 大剣を背負うオージや双剣使いのJAKEは、重心が極端に前のめりだ。今すぐにでも飛び出そうとするその姿勢は、攻撃への意識が強すぎる証拠。

 後衛であるはずの灯やリリィ、小春、@Type=Bの四人は、どこか落ち着きなく視線を彷徨わせている。前衛が壁として機能していないため、常に自分にタゲが向くかもしれないという恐怖が染み付いているのだろう。


 そして、SRE-SREの足が、一人のプレイヤーの前で止まった。


「あなたがメインタンクの六角さんですね」

「は、はいっ!」


 ビクッと肩を揺らした大盾使いの装備を、SRE-SREはじっと観察する。分厚い金属で作られたその大盾には、これまでの激戦を物語るように無数の傷が刻まれていた。


「この大盾……傷が『下半分』に異常に集中していますね」

「えっ? あ、本当ですね……。俺、よく下の方を狙われるんでしょうか」


 不思議そうに自分の盾を見下ろす六角に、SRE-SREはため息混じりに首を振った。


「違います。魔物がわざわざあなたの足元ばかり狙うわけがありません。あなた自身の癖ですよ。敵の攻撃を受ける瞬間、恐怖で目を背けて、無意識に姿勢を極端に低くして丸まっているんです」


「あっ……」


「盾の構えが下がれば、当然、傷は下半分に集中します。でも問題はそこじゃない。姿勢を低くして地面に押し付けられるような受け方をすれば、衝撃を逃がすことができずに、そのまま後ろに弾き飛ばされてしまいます。さっきの戦闘で陣形が圧縮されていった一番の原因はそれです」


 図星を突かれた六角は、顔を真っ赤にして俯いた。彼自身、巨大な魔物の突進を真正面から受ける恐怖を克服しきれていない自覚があったのだろう。


 SRE-SREは六角から視線を外し、八人全体を見渡した。


「なるほど、絶望的に装備の質が低いわけじゃありませんね。……ただ、絶望的に『噛み合ってない』です」


 SRE-SREの率直すぎる言葉に、ギルドマスターのテッサをはじめ、全員が痛いところを突かれたように顔をしかめる。


「厳しいことを言うようですが、今のあなたたちは『パーティ』じゃありません」


「え……?」


「あなたたちはパーティを組んでいるつもりかもしれませんが、実際は『ソロプレイを八人でやっているだけ』です」


 その冷徹な宣告に、平原を吹き抜ける風の音だけがやけに響いた。


「全員が、自分の手元の武器と、目の前の敵しか見ていない。タンクは攻撃にビビって下がり、アタッカーはタンクがヘイトを稼ぐ前に功を焦って突っ込む。後衛は前衛の背中ではなく、迫り来る魔物の牙ばかりを見て魔法を撃とうとする。だから連携が崩壊するんですよ」


 息継ぎなしで事実だけを的確に叩きつけるSRE-SREの言葉に、八人はぐうの音も出ない様子で項垂れた。自分たちの弱点は、この通りすがりのソロプレイヤーに数分の戦闘を見られただけで、完全に丸裸にされていた。


 SRE-SREは愛用の『灰白の蝕鎌』を肩に担ぎ、静かな、しかし確かな熱を帯びた声で告げた。


「わかりました。……ではまず、あなたたちの『いつも通り』を見せてください。俺は一切手を出さずに見ていますから」


 即席の特訓会場となった開けた岩場。SRE-SREの提案により、『限界歯車』の八人は平原を徘徊していた数体の『スノー・ウォーカー』と対峙することになった。


「いくぞお前ら! 見せ場だ!」


 テッサの号令と共に戦闘が始まる。しかし、SRE-SREは武器を抜くことすらなく、少し離れた岩の上に腰掛け、その様子を静かに傍観し始めた。


(……なるほど。確かにこりゃあ、ひどいな)


 数分間、彼らの立ち回りを観察したSRE-SREは、小さくため息をついて立ち上がった。


「ストップ。そこまででいいです」


 SRE-SREが通る声で指示を出すと、疲労困憊の八人が動きを止めた。テッサが息を切らしながら駆け寄ってくる。


「ど、どうでしたか……?」


「そうですね……とりあえず、致命的な『穴』だけを言います」


 SRE-SREは淡々とした口調で、先ほどの戦闘で感じた違和感を、解像度の高い言葉で切り取っていく。


「六角さん。あなたは敵が飛びかかってくる度、無意識に『1.5歩分』くらい後退しています。そのせいで後ろにいる灯さんの魔法の射線が半分近く塞がれ、彼女は二回も詠唱をキャンセルする羽目になっていました」


「えっ……?」


「それから、オージさんとJAKEさん。スノー・ウォーカーが爪を振り上げる直前、肩が沈み込む『1秒弱』――体感で0.8秒くらいの明確な予備動作があります。あなたたちはそれを完全に見落として突っ込み、結果としてカウンターをもらってリリィさんのヒールを無駄撃ちさせています」


「0.8秒……」「1.5歩……」


 自分たちの無意識の動きを、まるでお手本のような解説動画の如く正確に指摘され、八人は言葉を失った。


「……言葉だけじゃピンとこないでしょうから、実際に見せます。少し下がっていてください」


 そう言ってSRE-SREは、岩場の奥から現れたもう一体のスノー・ウォーカーの前に、たった一人で歩み出た。


「えっ、スレスレさん!?」


「一人じゃ危険だ!」


 テッサたちの制止を片手で制し、SRE-SREは右手の『灰白の蝕鎌』を腰に納めたまま、左手の『錆びた鉄屑』だけをだらりと下げて構えた。


「俺は一切、攻撃しません」


 直後、白い狼が弾丸のようにSRE-SREの喉元へ飛びかかってくる。


 ――シュッ!


 狼の鋭い爪が空を切る。SRE-SREは首をわずかに傾けただけで、その凶刃を紙一重スレスレで回避した。


「なっ……!?」


 限界歯車の面々が息を呑む。


 狼が着地と同時に振り返り、今度は連続で噛みつきと引っ掻きを繰り出す。しかしSRE-SREは、ステップの歩幅を最小限に抑え、まるで嵐の中を散歩するようにすべての攻撃を躱していく。


 どうしても避けきれない広範囲の薙ぎ払いが来た瞬間だけ、彼は左手の鉄屑の『面』を敵の爪の側面にそっと添えた。


 ――キィンッ!


 甲高い音と共に、攻撃の軌道がズレて狼の姿勢が大きく崩れる。完璧なタイミングのパリィだった。


 攻撃を当てられず、無駄に体力を消耗した狼が、ぜえぜえと息を荒らげて距離を取る。その間、SRE-SREのHPバーはただの1ミリも減っていなかった。


「……見ましたか?」


 SRE-SREは狼から視線を外さず、背後の八人に語りかける。


「敵の攻撃には必ず予兆があります。距離感とタイミングさえ見切れば、無駄に後退して陣形を崩す必要も、被弾覚悟で突っ込む必要もない」


 彼は狼の突進をひらりと躱し、振り返りざまに告げた。


「極論ですが……『当たらなければ、HPなんて関係ない』んですよ。タンクの役目は攻撃をただ『受ける』ことじゃない。敵のヘイトを買い、その場に留まって攻撃を『捌く』ことです。そしてアタッカーの役目は、敵の動きをよく観察し、隙ができた瞬間にだけ最大火力を叩き込むこと」


 まぁこれは理想論ですけどね。とSRE-SREは苦笑する。


 絶対的な実力差。それを物理的に突きつけられた限界歯車の面々は、ただ呆然と、魔法のようなSRE-SREの立ち回りを見つめることしかできなかった。


「さあ。理屈がわかったら、次はあなたたちの番です」

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