第38話:目標と手助け
第十一層、拠点都市『群青の遺都』。
見上げるほど高い石造りの尖塔がいくつも立ち並び、その隙間を縫うように、外に広がる青い草むらから運ばれてきた風が吹き抜けていく。かつての栄華を象徴するかのような美しい都市の残骸。それが今では、プレイヤーたちの新たな足場となっていた。
SRE-SREは、行き交うプレイヤーたちの喧騒を避け、都市の中を散策していた。
今日から数日間、L-NAと浪manの二人は現実世界での予定が重なり、ログインできないことはオフ会の別れ際に確認済みだ。久しぶりの完全なソロ行動。だか、やりたいことは決めてある。
(……馴染んではいる。けど、これじゃダメだ)
SRE-SREは、腰に下げた愛用の『灰白の蝕鎌』と『錆びた鉄屑』を見つめた。
第10層の骸骨騎士戦 に至るまで、数多の死線を共に乗り越えてきた相棒たちだ。
しかし、先日屋敷で見た『翡翠の宝石箱』や『荒獅子』の動画が、脳裏にこびりついて離れない。
彼らのプレイスキルは確かに高い。今の自分より数段上だろう。しかし、SRE-SREの眼を引いたのは彼らの武器だった。
彼らトッププレイヤーたちの武器は、単に攻撃力が高いだけではない。自身のプレイスタイルを極限まで拡張し、プレイヤー自身の良さを引き出している様に見えた。
これからの層階、今の装備はすでに「底」が見え始めているのではないか。ゲーマーとしての直感が、静かに警鐘を鳴らしていた。
「新しい武器がいるかもなぁ」
SRE-SREは決意を込めて独り言を漏らす。
新たな武器を調達するか、あるいは今の獲物を根底から叩き直すか。どちらにせよ、それに見合うだけの素材が必要だ。
この第十一層の広大な平原には、希少な素材や、強力なスキルが眠る『宝箱』が隠されているかもしれない。
攻略を進めるついでに、今の自分を突破するための手がかりを探す。
SRE-SREは蝕鎌の柄を一度だけ強く握り直すと、青い草の海がざわめく平原の入り口へと、迷いのない足取りで踏み出した。
草むらを割って飛び出してきたのは、雪のように白い毛並みを持つ二足歩行の狼『スノー・ウォーカー』だった。高い敏捷性を持ち、その鋭い爪には冷気が纏っている。
「……よし」
SRE-SREは冷静に武器を構えた。狼が地を蹴り、弾丸のような速度で肉薄する。鋭い爪が空気を切り裂き、彼の喉元を狙うが、SRE-SREは最小限のステップでその軌道を紙一重でかわした。
空振りした狼の姿勢が崩れた瞬間、左手の鉄屑を爪の側面に添える。
――キィィィィィィィン!
【特殊効果:『刹那の残滓』発動】
色が抜け、静止した世界。
SRE-SREは加速した意識の中で、右手の『灰白の蝕鎌』を保持し、狼の首筋の継ぎ目へと滑らせた。
加速が解けた瞬間、深緑の腐食毒が傷口から侵食し、狼の巨躯を内側から崩壊させる。
断魔の叫びと共に、狼は光の粒子となって霧散した。
ドロップしたのは、青白く光る『白狼の凍尾』。
SRE-SREはそれを拾い上げ、まじまじと見つめた後に、小さく溜息をついた。
(……この素材じゃあいいものは作れそうにないよなぁ)
素材としての質は悪くない。だが、昨日見たトッププレイヤーたちの装備が放っていたあの威圧感はこの程度の素材では決して得られないと直感していた。
さらなる高みを求めて平原を歩き始めて数分。
風に乗って、金属がぶつかり合う不協和音と、悲痛な叫び声が聞こえてきた。
小高い丘から見下ろした先。そこでは、十人近いプレイヤーの集団が、二体の巨大な岩石虎『グラナイト・タイガー』に追い詰められていた。
集団の連携は不自然なほどにバラバラだった。前衛の盾役が後退しすぎて魔法使いの射線を塞ぎ、アタッカーが功を焦って死角から飛び出しては、返り討ちに遭っている。
「あらま。このままじゃ全滅しそうだな」
一際大きな咆哮を上げ、岩石虎が動けなくなった一人のプレイヤーにトドメを刺そうと前肢を振り上げる。
SRE-SREは迷いなく斜面を駆け下りた。
「すいません!俺も参加していいいいですか!?」
叫びながら距離を詰めると、リーダー格らしい青年が必死な形相で「頼む、助けてくれ!」と声を絞り出した。
許可を得ると同時に、SRE-SREは『跳躍』で虎の頭上を取った。
空中で独楽のように回転しながら、右手の『灰白の蝕鎌』を一閃させる。純粋な速度と精密さだけの一撃。鎌の先端が虎の硬質な首の関節に吸い込まれると、武器特性の『腐食』が瞬時に装甲を食い破った。
「今です!畳み掛けてください!」
SRE-SREの鋭い声に弾かれたように、ギルドの面々が動き出した。
装甲を剥がされた一点を目掛け、アタッカーたちが震える手で武器を振るう。
一方で、もう一体の虎がSRE-SREへ突進してくるが、彼は左手の鉄屑の面でその牙を撫でるように受け流した。
SRE-SREは虎の懐へと深く潜り込み、その巨体を強引にギルドの魔法使いの方へと押し出す。
「魔法!お願いします!」
指示に反応した魔法使いが、必死に詠唱を完成させる。放たれた衝撃がSRE-SREがこじ開けた急所に直撃し、最後はギルドメンバー全員の攻撃が重なるようにして虎の巨体を削りきった。
轟音と共に二体の魔物が粒子へ還る。
壊滅寸前だった集団は、自分たちの手で最後の一撃を叩き込んだ感触に震えながら、呆然と立ち尽くしていた。
「すいません……! 助かりました!」
震える声で話しかけてきたのは、先ほどの男性だった。彼が纏っている防具には、歯車を模した小さな紋層が刻まれている。
聞けば、彼らは小規模ギルド『限界歯車』。今回の「アビス・ジェネシス」への参加こそするものの、実力は予選一回戦敗退が確実視されているようなレベルだという。
「俺たち、本当はわかってるんです。自分たちが大舞台に立てる器じゃないことくらい。でも……一回でいいので、勝ち進みたいのです。このメンバーで、一度だけでも景色を変えたいんです」
男性の言葉には、必死さと、諦めきれない切実さが混じっていた。
「アビス・ジェネシス……。あの公式大会ですよね」
SRE-SREが呟くと、男性は力なく頷いた。
「はい。今の僕らの装備や連携では、予選の一回戦すら突破できないのが現実で……。他のギルドには足元にも及ばない弱小なのは自覚してるんです。でも、どうしても諦めきれなくて」
「なるほど」
「少しでもマシな装備を整えようと、素材集めをしてたんです。でも、今の僕らじゃこの平原の魔物一体倒すのにも全力を出し切る有様で。もっと強力な武器の素材や、特殊な強化アイテムが必要なんですけど、とてもそこまで手が回らなくて……」
男性は手元の折れかかった剣を悔しそうに握りしめた。
「周りからは『思い出作り』だって笑われてます。でも、一回だけでいい。格上の連中をあっと言わせて、このメンバーで次の階層の景色を見たい。そのための『足がかり』が、僕らにはどうしても必要なんです」
効率や損得ではない。かつて第1層で無謀なリトライを繰り返していた自分 や、泥臭くボスの挙動を研究していた夜 を思い起こさせるような、真っ直ぐなゲーマーとしての渇望がそこにはあった。
男性は、藁にもすがるような思いでスレスレに向かって深々と頭を下げた。
「あの、もしよければ……私たちに戦い方を教えていただけないでしょうか! 今のままじゃ、予選で一太刀も報いられずに終わってしまいます。お願いします!」
SRE-SREは少し意外そうに眉を寄せた。自分は教えるような柄ではないし、何より今は一刻も早く自分の武器を新調するための手がかりが欲しかった。
だが、彼らの装備に刻まれた『限界歯車』の紋章と、その切実な瞳を見つめ、SRE-SREは一つの提案を口にした。
「教えるのは構いませんけど、代わりに、あなたたちが持っているレア素材の情報や、隠し宝箱の噂を全部教えて欲しいです。それでいいなら、引き受けましょう」
「はい! もちろんです! 私たちの持っている情報なんて、それでよければいくらでも!」
こうして、即席の『特訓』が始まった。




